表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霞草  作者: 椋原紺
8/12


「コーラ、サイダー・・・・・・あとオレンジだっけ」

 真歩は自動販売機の前に佇みながら、注文通りの飲み物を買っていた。エレベーターホールは、厚みのある真紅の絨毯が敷かれ、四方の壁には流線型のセンスのある模様が描かれており、ホテルらしい仕上がりとなっていた。その端っこに、まるで迷子にでもなったみたいに、自動販売機がぽつんとそびえていた。

 ポーカーの勝負に負け、仕方なく真歩は「罰ゲーム」を受ける羽目になったのだ。とはいえ、本来はマリアが買いに行くべきなのだが、彼女は班長であったので、就寝前に行われる班長会議とやらに出席しなければならなかった。上手く逃げられたな、と真歩は苦笑した。

 ガコン、ガコン。人気のないエレベーターホールに、飲み物の落下する音だけが虚しく響いた。壁伝いに取り付けられたほの明るいランプを頼りに、真歩は飲み物を回収していると、やがて絨毯の上を歩く、ポクポクした足音が耳に入ってきた。

 ふと顔を上げると、足音の主は斎藤だった。

「どうしたの。今更変えにきても、もう買っちゃったよ」

 腕に抱えた缶ジュースの山からオレンジジュースを一本、斎藤に手渡した。しかし、斎藤は受け取ろうとせず、真歩の顔とジュースの山の中間点に視線を彷徨わせていた。

 嫌だな。真歩は直感でそう思った。これを第六感が働くとでも言うのだろうか。斎藤のえも言われぬ表情と醸し出す雰囲気が、いつもの彼女とは違う事を現していた。大抵、それはマリアの事だということも、真歩には三年間の付き合いで予想がついたのだ。




「・・・・・・・・・どうかした?」

「明日、自由行動ありますよね」

「あるけど」

 修学旅行二日目は、各班の自由行動がメインだった。寺社巡りも良し、古い街並みを練り歩くのも良しで、夕方のホテル集合まで何でもありだった。真歩の班は嵐山に行く予定だったのである。

「私、この修学旅行で、自分にけじめをつけたいんです」

 話題の飛躍は、恐怖の味がした。それ以上言わないでくれと真歩は内心願った。何となく、次の言葉に察しがついたのだ。

「マリアちゃんに、告白しようと思うんです」

 ずんと胸に鋭利な刃物が刺さり、ぽっかり穴が空いたような感じがした。そこからぼろぼろと、肉片が剥がれていく。少しでも気を抜けば、両腕からジュース缶が落ちていきそうで、真歩は必死に平常心を保とうとした。

 斎藤からマリアの事を打ち明けられた時。その時から薄々気づいていたじゃないか。ぐらりとした揺れが収まり、真歩は徐々に冷静さを取り戻した。とはいえ、返答に困った。喉の奥に大きいものがつっかえてるみたいで、声が出そうになかった。

 黙って立ち尽くしている真歩を一瞥した後、斎藤は自分の足元を見つめながら話し始めた。

「前からずっと、マリアちゃんの事が好きだったんです。その、友達としてではなくて、異性として恋愛対象として。でも、普通おかしいじゃないですか。女の子が女の子を好きになるなんて。だから、今日まで一歩を踏み出せずにいた」

 真歩が口を挟む隙もなく、斎藤は流暢に続けた。

「いつも真歩さんが相談に乗ってくれたから、私、ここまで来れたと思うんです。私だけだったら、自分の気持ちに嘘をついていたかもしれませんし。本当にありがとうございました」

「いいよ、そんな」

 自分の声じゃない違和感を覚えながら、真歩は一つの疑問を感じていた。なぜ、わざわざ私に伝えたのだろう。

「実は・・・・・・真歩さんに訊きたい事があるんです」

 斎藤の顔に少しばかりの陰影が浮かび上がったのを、真歩は見逃さなかった。エレベーターホールには、不思議と二人以外誰もいなかった。ただ、壁伝い取り付けられたランプが、赤い絨毯で敷き詰められた舞台を、その上に立つ二人を照らしていた。

 少し間を置いてから、真歩は「何?」と言った。

「真歩さんは、マリアちゃんのこと・・・・・・好きじゃないんですよね?」

 その瞬間、雷鳴とどろく稲妻が、頭のてっぺんから足先までを駆け巡っていくのを真歩は感じた。衝撃のあまり、何も思い浮かばない。好き、スキ、すき。変換処理も上手くいきそうにもない。ただ、唯一分かったのは、自分にとってマリアとはどんな存在であったのか、その一点のみであった。

 その事実は、斎藤に最悪の結果をもたらすものである。しかし、一度認識してしまえば、もう今までの自分には戻れない。だが、真歩の眼には、斎藤の不安な表情が映っていた。それはまた、真歩に一つの過去を連想させた。

 小学生の頃、マリアと互いを嫌いにならないと約束した、あの過去だ。なぜ今、あの映像が脳裏に流れたのか真歩には定かではなかったが、彼女にある決意を促せた。

 真歩は取り繕った笑みを浮かべ、斎藤に優しい言葉を掛けた。

「安心して。私はマリアの事、そんな風に見てないから」

「良かった・・・・・・」

 ほっと斎藤は息をついて、この事は二人だけの秘密にと念を押した。真歩は相槌を打ったのだが、視線は何も捉えていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ