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霞草  作者: 椋原紺
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中学一年生の時に、真歩は斎藤と同じクラスだった。だが、真歩は剣道部や同じ小学校だった面々と話す機会が多く、斎藤もまた他の生徒と一緒にいたため、二人の縁はさほど深くはなかった。

 事態が急転したのは、梅雨入りの時期だった。その日、真歩は昼間に剣道部の部室まで行かなくてはならず、早めに昼食を終え、席を立とうとしていた頃だった。

「あの・・・・・・マリアさんとお友達なんですか?」

 ふいに頭の上から声がした。真歩が目を向けると、斎藤は薄桃の縁をした眼鏡を掛け、色白の頬を少し赤く染めながら、真歩の脇に立っていた。

 真歩は直感的に、少し不審だなと思った。まるで話す機会が無かったのも一理あるのだが、マリアという単語が彼女から唐突に出てきたことに、あてのない不満を持ったのかもしれない。

「そうだけど」

「私、マリアさんと同じ部活・・・・・・」

「ああ、美術部の」

「はい。そうなんです」

 斎藤は子猫のような愛くるしい声で言いながら、真歩の顔を恥ずかしそうにちらちらと見ていた。真歩は痺れを切らし、単刀直入に聞いた。

「で、何か私に」

「えっと・・・・・・その」

 唇を頻りに舐め、斎藤は言うべきか言うまいか迷っているらしかった。紅潮していた頬がみるみるうちに赤々と膨れていく。それらを見ると、なぜだか真歩は虫酸が走って仕方がなかった。自分でも後悔するような、冷たい言葉を斎藤に掛けた。

「何もないなら、急がないといけないんだけど」

「あ、ああ、あの!」

 椅子をひいて立ち上がろうとする真歩を遮るよう、斎藤は手を広げて目の前で通せんぼうをした。一度大きく息を吸い、数度小さく頷く。どうやら意を決したらしい。

「マリアさんのこと、色々教えてくれませんか?」






 真歩は正直、少し意表を突かれた。そればかりか、話を聞いてみるうちに斎藤の思いに心を打たれたのも、また衝撃だった。

 要約すれば、マリアとの仲を深めたい、との事だった。それなら、わざわざ私を介さなくとも本人に直接言えば良いのに、と真歩は思ったのだが、彼女の引っ込み思案な性格は、真歩の想像を越えるものがあった。

 例えば、同じ部屋で絵を描いている時に、何か世間話でもしようにも恥ずかしくてできず、大して面白くもない、美術だったりコンクールの課題だったり。そんな話題を振ることしかできないそうだ。それでも、マリアは嫌な顔一つせず快く応じてくれる。お節介とも言うべきこのマリアの対応が、斎藤を余計に苦しめた。しかしまた、彼女の優しさが嬉しくもあったのだ。

 苦汁をなめる日々が暫く続いた。が、積極的に声をかけ続けたお陰なのか、マリアと斎藤の仲は徐々に打ち解けてきたらしい。その日も、二人は部活のコンクールへ自分の絵を提出するためにキャンバスへ向い、何気ない話をしていた。と、何かの拍子で、真歩の話題になったそうだ。聞いてみれば、マリアとは小学校以来の親友らしい。そこで、真歩に白羽の矢が立ったわけだった。

「そもそも、斎藤さんはなんでマリアと仲良くなりたいわけ?」

 話を一通り聞き終えた真歩は、廊下をずんずん歩きながら尋ねた。部室まで行かなきゃいけないからまた今度にしようと逃げ腰だった真歩に、それなら歩きながらでもと斎藤は引くどころか押し返してきたのだった。

「わかんないです」真歩のやや後方を歩きながら、斎藤は力なく首を振った。

「でも、なんというか・・・・・・凄く好きなんですよ。マリアさんって可愛らしいし、元気だし、みんなから愛されていて。私もあんな風になれたらいいのになって思うんです。ひょっとすれば、憧れてるのかも・・・・・・」

「ふーん」

 相槌を打ちながら、真歩は斎藤をじっくり観察していた。前を見据えた真剣な眼差し、丁寧に吟味されかつ力強い言葉。そこには、先ほどまでのおどおどした彼女の面影はなかった。どうやら、本格的にマリアに惚れているらしい。そう考えが終点に辿りつくと、斎藤への不満が潮のひいていくように、真歩からさあっと離れていった。

「その気持ち、ちょっと分かるわ」

 斎藤の顔がぱっと一瞬だけ晴天の模様を見せたが、次には畏まった顔つきで「すいません」と、少し頭を下げていた。

 真歩は斎藤の事を気にくわないと思っていなかったと言えば嘘になるが、嫌悪していたわけではなかった。その証拠に、斎藤が相談に来たら懇切に対応していた。「私、嫌われてるんじゃないですかね」と、泣きながら来たこともあった。その度、真歩は「マリアは馬鹿だから気の利いたことが言えないけど、その分好き嫌いはしない性分だから」と、励ましてやった。

 実際、真歩は斎藤に頼られていることで、形容しがたい満足感を得ていたのかもしれなかった。しかし、マリアが少しずつ遠くなっているような気がして、複雑な心地がしたのも事実だった。

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