5
翌日。
俺は約束の時間になるとこの『寮』と呼ばれる建物の入り口で待機していた。
今日の予定を決めた昨日に、グレイドは俺の寝床としてここを紹介してきたのだ。
何でも学び舎【ラグナロク】に通う生徒は、この『寮』という建物で寝食を共にするらしい。
ミリアは同じ『寮』でも女性専用のモノがあるらしくそちらにいるのだが、セオルドは俺と同じこの『寮』にいた。
しかし……まだ若いというのに、親元から離れての独り立ちとは立派なものだ。
それにこの『寮』というのは素晴らしいもので、生徒が無償で朝食と夕食を食べる事が出来るのだ。
そのため、俺も他の生徒と同じように朝食を食べたのだが……うむ、実に美味であった。あそこまで柔らかいパンは初めてであり、他にも新鮮な卵を使用した目玉焼きなど……人間たちは素晴らしい発展を遂げたようだ。
ただ、俺の服装は周囲の生徒とは違うため、いささか視線を多く集めてしまったが……些細な問題であろう。
朝食を思い返し、幸福に浸っているとセオルドがやって来た。
「おう、おはようさん――――って何でその服なんだよ!?」
「? おかしいか? 俺の装いは昨日と同じなのだが……」
「いや、昨日学園長から制服貰っただろ!? あれ着て来いよ!」
「ん? あれはこの学び舎の中で着るものなのだろう? 今日は外出すると聞いていたのだが……」
「制服着るのにルールなんてねぇよ! はぁ……お前のその格好のほうが目立つんだ。大人しく着替えて来い」
「ふむ……」
よく見ると、セオルドは見たこともない動きやすそうな半袖の一枚着に、何やら見慣れない素材の青みがかったズボンを穿いており、履物もなかなか動きやすそうだ。
「……この時代では、セオルドのような格好が一般的なのか?」
「は? この時代って……まあTシャツとジーパンはかなり普通だな。てか、お前本当にいつの時代の人間だよ……」
呆れたように俺を見てセオルドはそう告げた。うむ、俺もいつの時代かは正確に把握できていないため何も答えられない。
「まあいいや。とにかく昨日貰った制服に着替えて来い!」
背中を押されてそう言われてしまったため、俺は昨日から過ごすことになった部屋に戻った。
慣れない服に多少苦戦しながらも着替え終えて外に出ると、セオルドとミリアの姿も見えた。
ミリアはセオルドと似たような材質でいてとても短いズボンに、何やら派手な絵の描かれた服の上から薄手の上着を羽織っており、ブーツを履いていた。
「あ、来たみたい――――」
「……」
二人は俺の姿を見ると、なぜか動きを止める。
「……恐ろしいほどに似合ってるわね」
「……だな。つか、コイツなら大抵の服着こなせるんじゃねぇか? そもそも【討滅者】にならなくてもモデルとしてやっていけるような……」
「?」
こそこそと何やら話し合う二人に首を捻ると、二人は顔を見合わせてため息を吐いた。
適当に話を切り上げると、俺は二人に連れられて【ラグナロク】の外に出た。
「おお……!」
外は俺の知っているものとは大きく変わっており、舗装された道を自動で走る車が行き交っている。
他にも、セオルドと似たような格好の若者もたくさん見受けられ、周囲の建物は当時では考えられないような高さのモノばかりだ。
周囲を忙しなく見渡していると、セオルドは苦笑いを浮かべる。
「おいおい、そんな露骨に周り見てると田舎者に思われるぜ?」
「そうはいっても俺には新鮮なのだ。許せ」
「まあいいけどよ」
「お兄ちゃん、ゼフィウス! こっちに早く来なさいよ!」
「ああ」
ミリアに連れられて訪れたのは、何やら巨大な施設だった。
「ここは?」
「ショッピングモールよ。ここなら雑貨も服も、必要なモノは全部揃えられるわ」
「なんと……」
本当に便利な時代になったのだな。
俺が睡眠に入る前は、皆山を一つ二つ超えて街まで移動するなど当たり前のようにあったのだが、今は自動の車まである。
その結果か、こうして一つの施設であらゆるものが手に入るとは驚愕だ。
「まず下着や肌着ね。男物のコーナーに行けばあるだろうから、そこはお兄ちゃんに任せるわ」
「ん? ついでだしよ、そこで服も同時に買わなくていいのか?」
「服は私が選ぶの。お兄ちゃんに選ばせるとTシャツにジーパンだけになっちゃうでしょ」
「うぐっ……それは否定できねぇ……」
「そういうワケで、下着とかだけ買っておいて。私はその間に必要そうな雑貨を買って来るから」
「分かったよ。どこで集合する?」
「じゃあ入り口の看板前に12時に集合ね」
「分かった」
そういうとミリアは慌ただしく立ち去った。
うむ、話のほとんどが分からなかったな。まあ何とかなるだろう。
「話は聞いてたな? じゃあ下着から買いに行くぜ」
「頼む」
とはいえ俺に肌着類のこだわりなどは特になく、セオルドの言葉にただ頷くだけになっていた。
そうこうしていると集合の時間が近づいてきたため、俺たちは約束の看板前に移動する。
すると……。
「なあ、いいじゃんよ。少し付き合ってくれてもさぁ」
「しつこいわね。私は待ち合わせしてるの。他を当たって」
「まあまあそう言わずにさ」
「そうそう! 一緒にお茶してくれるだけでいいんだからさ」
何やら妙な若者たちにミリアが話しかけられていたのだ。
ミリア自身はキッパリと拒否しているのだが、若者たちの方がやけにしつこい。
その光景を見て、セオルドはため息を吐いた。
「はぁ……またか。まあ贔屓目に見てもミリアは可愛いからなぁ。一人にするのは失敗だったか?」
「このようなことがよくあるのか?」
「あん? まあソコソコあるなぁ……」
「そうか」
俺はそういうとミリアに近づいていく。
俺がミリアに近づくのと、若者の一人がミリアに手を伸ばすのとほぼ同時だった。
「ほら、いいからおいでよ」
「ちょっ!」
「失礼。少しいいだろうか?」
「あ?」
「え、ちょっ、ゼフィウス!?」
ミリアに触れる直前に、俺は若者の腕を掴んで止めた。
そんな俺の行動を見て、セオルドは目を丸くして驚く。
若者たちも突然俺が声をかけてきたことで一気に視線を向けてきた。
「なんだ? てめ、え……」
「おいおい、何する、んだ……」
「……」
若者たちは俺の姿を確認すると、なぜか言葉が尻すぼみになっていく。
「すまない、そちらの女性は俺の連れなのだ。……さあ、来なさい」
「え? う、うん……」
若者たちと同じように俺の出現に驚いていたミリアに手を伸ばすと、ミリアはその手を取って俺の背後に回った。
すると我に返った若者が声を荒げる。
「ハッ! お、おい、テメェ! 何勝手なことしてくれてんだっ!」
「いきなり出てきてどういう――――」
「おいバカ! アイツの服よく見ろ!」
「あ?」
俺に迫って来ていた若者を別の若者が急いで止めると、俺の制服とやらを指さして話し始めた。
「あれ、【ラグナロク】の制服だって!」
「【ラグナロク】!? ってことは……【討滅者】の訓練生か!?」
「た、確か……超厳しい訓練をしてるんだったよな?」
「?」
突然俺の目の前で始まった内緒話を俺は黙って見ている。
少しの間そんな状態が続いていると、話し合いが終わったのか若者の一人が代表して口を開いた。
「あー……アンタの連れだとは思わなかったよ。悪いな」
「ん? いや、気にする必要はない。今日は天気もいいのだ、よい休日を過ごしたまえ」
「あ、ああ。そうするよ……行こうぜ」
そう言うと若者たちは少し足早にその場を去っていった。
それを見送ると、俺は振り返ってミリアに声をかける。
「無事だったか?」
「え? あ……だ、大丈夫よ。てか、助けてもらわなくても自分で何とかできたわ」
「そうか、それはすまないことをしたな。許せ」
「許すも何も……いえ、ごめんなさい。助かったわ。……ありがとう」
「うむ」
俺とミリアがそんな会話をしていると、少し離れた位置で見ていたセオルドがやって来る。
「はぁ……ゼフィウスが急に出ていったときはどうなることかと焦ったぜ……」
「そうか?」
「そうだよ。お前、俺らが考えてる以上に常識がねぇから何しでかすか分かったもんじゃねぇ」
「ううむ……まあ、向こうは穏便に話を済ませてくれたようだし、よいではないか」
「そりゃあ【ラグナロク】の制服着てるもんな。よほどのバカじゃなけりゃ突っかからねぇよ」
「そう言えば……先ほどの若者は制服を見て態度が変わったな」
「【ラグナロク】って言えばこの世界に五つある【討滅者】を育成する学園の一つだしな。【討滅者】ってのも一般人じゃ対処のしようがない【天使】や【神】どもを相手にするわけで、生半可な訓練は受けてねぇ。そんな【討滅者】になるための学園にいるんだから、生徒もかなり厳しい訓練を受けてるのさ。そこら辺の不良が勝てるわけねぇの」
なるほど、そういうことだったのか。
そういう理由ならば無益な争いも少なくなるだろう。
一人で納得していると、セオルドは苦笑い気味に続けた。
「まあ、向こうはゼフィウスの存在感にもビビってたみたいだけどよ」
「む? 俺がどうしたのだ?」
「あー……いや、分からねぇんならいいや。別に悪いことでもねぇしな」
「?」
何やらはぐらかされたが、まあいいのだろう。
「とにかく、ミリアともこうして合流したんだし、とっとと服も買って帰ろうぜ」
「そうね」
「うむ、手間をかけさせるな」
俺は二人に任せて、必要だというモノを買いに行くのについて行くだけだった。
「ゼフィウス、見た目はかなりスマートだものね。やっぱりそのスタイルを活かさないと損だわ」
「任せよう」
ミリアは次々と服を手にとっては俺の体に合わせ、確認していく。
そしてミリア的に納得のいったものがどんどん買われていった。
「おいおい……完全にミリアの趣味じゃねぇか?」
「そう? でもぜんぶ似合いそうでしょ?」
「いや……まあな」
「なら文句言わないで。……どう? ゼフィウス。着れた?」
「うむ」
セオルドが呆れた様子でミリアと会話をしている中、俺は試着室とやらで着るように指示された服を着ていた。
何着か買ったが、ここでも買って、それを着て帰ろうということらしい。
そんな俺が着ているのは、首元が広く黒色の……確か『てぃーしゃつ』という服に白のジャケット。
それとやや黒っぽい『すりむじーんず』というズボンに茶色のベルト、靴は深いワインレッドの『うぃんぐちっぷしゅーず』。
首元には翼をモチーフにしたシルバーアクセサリーも。
すべてミリアに選んでもらったモノであり、着替え終えた俺は試着室から出た。
「どうだ?」
「「…………」」
試着室から出ると、なぜか二人は無言になる。
そんな二人の様子に首を捻っていると、何やら周囲から視線を向けられていることに気付いた。
「ね、ねぇ……あそこの人ヤバくない?」
「あの人誰!?」
「うわっ……足長っ……」
「モデルさん? 俳優さん?」
「でもあんなイケメン見たことないけど……」
ふむ……ここからでは何を話しているのか聞えぬな。まあ悪意などは特に感じないので問題ないのだろうが。
周囲の視線にそう結論付けたところでミリアが正気に返った。
「……自分でやっといてなんだけど、とんでもない破壊力だったわ……」
「……俺もお前が選んだ服、ちょっと大人っぽ過ぎるんじゃねぇかと思ってたんだが……なんであんなにしれっと着こなせるんだよ……」
「知らないわよっ。それに、サイズを測るために体を触ったんだけど……見た目凄くスマートなのに体は筋肉質で鋼みたいじゃないっ! どうなってるのよっ!」
「それこそ俺が知るかよっ!」
「ふむ……話しているところ悪いが、これでよいのか?」
二人の会話がヒートアップしてきたようなので、話を遮って聞いた。
「え? あ……え、ええ。大丈夫よ。このまま会計しちゃいましょう」
ミリアが店員を呼ぶと店員は何やら興奮した様子で飛んできて、俺の『しゃしん』とやらを撮らせてもらえるなら無償でくれると言ってきた。
よく分からないが、ただ立っているだけでいいらしいので、その申し出を受け入れ俺は無事服を手に入れたのだ。
店員は見知らぬ機械を俺に向けると、『パシャ』という音と共に何らかの作業を繰り返していた。
満足したのか、店員はいい笑顔で俺に話しかける。
「ありがとうございました! あ、公には出さないつもりですが、会社の上層部に見せてもいいでしょうか……?」
「む? 構わぬ。こちらも無償で貰ったのだ。気にするな」
「あ、ありがとうございます!」
感極まった様子で頭を下げる店員に、俺は何をそこまで感激されたのかよく分からなかった。
「……俺、写真撮られて服無料になるヤツ初めて見たぜ」
「……私もよ。てかサラッと許可してたけど、ゼフィウスの写真がこの会社の上層部に行くってことは少なからず騒ぎになるわよね」
「……大騒ぎだろ。スカウトだのなんだのって話になるんじゃねぇか?」
「……」
「……」
「「はぁ……」」
「ん?」
セオルドたち兄妹が溜息を吐くのも理由が分からず首を捻るばかり。
その後は特に買い物をすることもなかったが、昼食を食べに付近の食堂でこれまた美味な食事との出会いを果たすのだが、それは別の話であろう。
とにかく、今日一日は非常に充実したものになるのだった。