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「最終地点まで来たわね……」


 ミリアの言う通り、俺たちはダンジョンの最奥に到達していた。

 そこには古びた大きな扉があり、その向こうにこのダンジョンの主がいるのだろう。


「それにしても……何か思ってた以上にアッサリとたどり着いたなぁ」


 エドガーが頬をかきながら、扉を見上げる。

 確かに、このダンジョンは一階層だけのモノなので、人によっては物足りなさを感じるかもしれない。

 だが、エドガーがそう感じるのには別の理由があった。


「そうだねぇ……途中までは結構魔物が襲ってきてたけど、急にそれもなくなったし……」

「キラー・ブル以降、何も出なかったわね」


 リオンやミリアが言う通り、キラー・ブルを倒してからここに来るまでの間、一切魔物が出てこなかった。

 だからこそエドガーの言う通り簡単に辿り着いたように感じたわけだが……。

 思わず顔をしかめる俺をよそに、ミリアが扉を開ける前の確認をする。


「いい? この先にはEランクの狼型の魔物……【アサルト・ウルフ】の群れがいるわ。それを倒せば入り口に戻る特殊な機械の置かれた部屋への扉が開くようになってるの。その扉はそのアサルト・ウルフの待つ部屋の奥で、絶対に倒さなきゃ開かないわけだけど……どうする? このまま進んでこのダンジョンをクリアして帰るか、面倒だけど元の道を戻るか……」


 ダンジョンはその主を倒すと、入り口に自動で帰ることが出来る機械の部屋に行くことができる。

 今回は一階層だけだからこそ関係ないが、階層が多いダンジョンになるとその階層ごとに主が存在し、それを倒せば一度外に出ても次回からはその場所から挑むことができるようになっていた。

 ミリアの提案を受け、エドガーたちは笑顔で頷く。


「ここまで来たんだし、ボスを倒して帰ろうぜ!」

「そうだね! ここからまた戻るのも時間がかかりそうだし……」

「分かったわ。……それより、ゼフィウスはどうする? さっきから難しい顔をしてるけど……」


 俺としたことが、ミリアに心配をかけてしまった。気を付けねばな。


「俺はどちらでも構わぬ。好きにしなさい」

「そ、そう? それじゃあせっかくだし、挑戦しましょうか」


 挑むことが決定すると、俺たちは目の前の扉を開けた。

 さて……何が出るか……。


「へぇ。ボスの部屋ってこんな感じなんだなぁ」


 部屋に入ってすぐ、エドガーが周囲を見渡した。

 今まで狭い通路で戦っていたが、ダンジョンの主が存在する部屋は広く、思いっきり戦うことが出来そうだ。

 ――――ただ、普通の戦いとはいかなそうだ。


「な、何? これ……」


 エドガーが部屋を見渡している中、ミリアは部屋の中央に散らばる『ナニカ』を見て、呆然とする。

 それは無残に殺された狼型の魔物……恐らくアサルト・ウルフの死体であろうモノが転がっているのだ。

 ミリアの異変に気づいたエドガーたちも部屋の中央を見て、呆然とする。

 すると先ほどから存在している別の気配が俺たちに近づいてきた。


「――――これは失敗したな。まさか見つかってしまうとは……」


 部屋の奥から現れたのは、黒色のローブに身を包んだ謎の男だった。

 突然現れた謎の男に対して、ミリアたちは一瞬にして真理武装を取り出すと、それぞれの武器を男に向けた。


「なんだよ、アイツ……何か、やべぇ……」


 エドガーの額には汗が浮かび、目の前の男に対して最大の警戒心を抱いていた。

 それはミリアたちも同じで、真理武装を握る手に力が入りながら、男から視線を外さないように必死に警戒している。

 しかし、そんな警戒心を向けられる男はまるで気にした様子もなく、溜息を吐いた。


「はぁ……本当なら誰かに見られることなく終わらせるつもりだったんだが……」

「終わらせる……? いったい何を言ってるのよ……!」


 エドガーたちと同じように、俺自身も目の前の男がよく分からなかった。

 なんなのだ? あの男は……。

 あの男自身の気配は特に思うことはないが……何を(・・)持っている?

 先ほどから感じている不思議な気配。それは俺にとってどこか懐かしさを感じさせるものだった。

 それに、男の足元に刻まれた【魔法陣】も気になる。

 【魔法陣】とは、【悪魔】などと契約で手に入れる『魔法』や『魔力』といった特殊な技術の一つであり、【エルフ族】や【魔族】などはこの力を悪魔との契約なしで使うことが出来る。

 ただ、人間が魔法を使うには悪魔と契約するくらいしか方法がないはずなのだが……おかしなことに、男から悪魔の気配は感じない。男はエルフでも魔族でもなく、人間なのだ。

 首をひねる俺をよそに、男はフードの下でニヤリと笑った。


「このダンジョンを殺す(・・)んだよ」

「なっ!?」


 男の口から飛び出た言葉は、俺を含めて全員の予想外のモノだった。

 ダンジョンを……殺すだと?

 ダンジョンの発生の起源を知る俺からすれば、それはとても不可能に思えることだった。

 しかし、男は自信たっぷりにローブの下から一本のナイフを取り出した。


「信じてないようだな。まあそれもそうか……だが、コイツがあればそれも可能となるんだよ」

「っ!?」


 俺は男の取り出したナイフから漂う気配に目を見開いた。

 バカな……何故、『彼女』の力をあのナイフが……!?

 驚く俺とは別に、ミリアたちには男の持つナイフが何の変哲もないモノに見えるため、首をひねっていた。


「よく分かんないけど……ろくでもないことを企んでるってのだけは分かったわ。仮にダンジョンが殺せるとして、それで何になるのよ」

「簡単なことだ。人類の力を削ぐためだよ」

「は?」


 男の口から飛び出た言葉は、ミリアたちの理解の範疇を超えていた。

 だが男の言う通り、ダンジョンを殺せるとなれば……人類の力は衰えていくだろう。

 何せ、ダンジョンが生まれたのは、『彼女』が人類に神々への自衛手段を身に着けさせるため、星に刻み込んだ一種のシステムなのだから。

 この星の上で魔物や天使を倒せば力が増えるのも、天使や神々と渡り合える真理武装がダンジョンから手に入るのも、すべて人類に神々への自衛手段を持たせるためなのだ。

 だからこそ、もしこの星のダンジョンすべてが殺されるようなことになれば……人類に神々へ対抗する手段が失われることになる。

 そして男の持つナイフには恐らく……本当にダンジョンを殺す力があるだろう。


「……本当にワケ分かんないけど、そんな大事そうなことペラペラしゃべっていいのかしら?」

「ああ、もちろんだとも――――お前らはここで死ぬのだから」


 その瞬間、突然ミリアたちの背後から新たな気配が出現した。

 それは全身銀色の顔や性別のない人型の魔物で、手足は鋭く、刃のようだった。

 俺の知らないその魔物は、一番近くにいたリオンへと襲い掛かる。


「え――――」


 何の前触れもなく、いきなり現れたソイツにリオンは反応できず、ただ迫りくる魔物の鋭い刃を見つめるばかり。

 しかし――――。


「「はああああああああああああ!」」


 ミリアとエドガーは、全力でリオンと魔物の間に割り込むと、手にした真理武装でその攻撃を防いだ。


「こ、コイツ……【スラッシュ・ドール】!?」

「はあ!? Bランクの魔物じゃねぇか!」


 Bランクだというスラッシュ・ドールの攻撃に二人がかりで防いでいるにも関わらず、どんどん押し込まれていく。


「クッ……舐めんじゃ……ないわよ……! 揺らせ! 【アース・インパクト】!」

「オオオオオオ!?」


 しかし、ミリアはそんな状況から真理武装の能力を解放した。

 するとミリアの持つ大鎚から衝撃波が発生し、スラッシュ・ドールは吹き飛ばされる。


「リオン、大丈夫!?」

「え? あ、う、うん……」


 ミリアが必死の形相でリオンの安否を確認すると、リオンは戸惑いながら頷いた。


「ど、どうして僕を助けたの? 今のだってギリギリだったのに……」


 リオンは助けられたことが信じられないといった様子で呆然と呟いた。


「はあ!? 何言ってんのよ! 仲間を助けるのは当たり前でしょうが!」

「仲……間……?」

「アホなこと言ってないで、無事ならコイツの相手をするの手伝いなさいよ! Bランクなんて私とエドガーだけじゃ相手できないんだから!」


 あの状況で助けないという選択肢はミリアやエドガーにはない。

 それどころか、善性の人間や他の種族ならば助けられるものは助けるだろう。

 しかし、リオンにとって、それは普通のことではないのだ。

 ……いつか彼女から打ち明けるだろう。それまでは、俺は見守るだけだ。

 それより――――。


「ほう? このE級のダンジョンにいるくらいだ。ダンジョンのランク通りの雑魚かと思えば……なかなかどうして、やるではないか」

「――――そういうお前はどうなのだ?」

「何? ……ぐあっ!?」


 ミリアたちがスラッシュ・ドールの相手をしているのを視界に入れながら、俺は謎の男の左腕を斬り飛ばした。

 すると謎の男はその痛みに怯みながらも、手にしていたダンジョンを殺すというナイフで俺に斬りかかる。


「き、貴様……よくも俺の腕を……殺すッ!」

「……」


 軽く男の実力を測りながら【折れぬ剣】でナイフと打ち合っていると、俺はあることに気づいた。

 ……あのナイフ。『彼女』の力が込められているかと思っていたが、限りなく近い別の者の力が込められたもののようだ。

 なんといえばいいのだろうか……力の根源は同じなのだが、別の存在の力があのナイフから感じ取れる。

 とすると、それはそれで新たな謎が生まれる。

 『彼女』に近い気配を持つ存在を俺は知らないからだ。

 さらに言えば、もし『彼女』であったとすればあんなナイフや魔法陣に頼らずとも、ただ思うだけでこの世界からダンジョンを消すことが出来るはずだ。

 それができないということは、『彼女』ではない別の誰かということになる。

 だが、『彼女』の生み出したこの星のダンジョンを殺せるとなると、そこらの神話体系の主神クラスではないだろう。『彼女』と同等の存在はいないのだから。

 誰があのナイフを生み出したのかも気になるが、その存在が何を思って人類の力を削ごうとしているのか、そして目の前の男とどういう関係性なのか、分からないことが増えるばかりだ。

 戦闘とはまるで関係ないことばかり考えていると、男は忌々しそうに顔をゆがめた。


「な、なんなのだ、貴様は!? クッ……この俺が押されるだと!?」

「お前がどの程度の実力を有しているかなど微塵も興味はない。そもそも神を殺せる域にいない時点で底が知れる」

「神を殺すだと!? 何たる不遜! 我らの計画のためにも、貴様だけでも絶対にここで殺す必要があるようだ……!」


 おかしなことに、男は神を殺すという言葉に過剰に反応すると、さらに激しさを増して攻めてくる。

 ふむ……男の口ぶりからすると神を崇めている組織に所属しているようだ。何の神かは知らぬが……あのナイフを生み出した存在と関係があるのだろうか。そして所属しているであろう組織も気になるな。

 ただ、そうなるとリオンを狙ったことや、魔法陣についてなどの疑問が浮かぶのだが……まあ神々も一枚岩ではない。異なる神話体系同士で敵対していることもあれば、協力関係、または隷属関係のところもある。

 二万年前に猛威を振るっていた神々の大半は滅ぼしたが、現在どのような神々……神話体系が力を持っているのか分からぬ。以前街を襲撃した能天使も若い世代だったしな。

 ただ魔法陣が扱えるということは少なくとも悪魔と取引をしたはずなのだ。

 ――――悪魔と神々。

 この二つは完全に敵対している。お互いに殺しあっているからこそ、手を取り合うことはまずない。……まあ特殊な例は一つだけ知っているが、逆に言えばそれしか知らないのだ。

 その二つの存在を匂わせる男は、俺からすれば分からないことだらけだった。

 困ったことだと思いながら適当に男の攻撃を捌いていると、俺に斬り飛ばされた左腕部分から血を流し、男の体力は徐々に奪われていく。


「クソクソクソクソクソおおおおおおおお! 貴様は何なんだ!?」

「ううむ……これまた哲学めいたことを訊いてくるな。俺は哲学者ではないぞ?」

「ま、まだ愚弄するのか!? この俺を……!」


 いや、知らないが。もっと質問は分かりやすくしてくれ。答えるとは限らぬが。

 しかし、たった今まで顔を真っ赤にしていた男は、急に挑発的な笑みを浮かべる。


「は、ははは! 最初は油断したが、今となっては貴様は俺を殺しかねてるようだなぁ!? ええ!? 大口をたたいておきながら、その程度の実力だとは笑わせる!」

「……」


 確かに、男が血を流して力を失っていっているように、俺も今、かなり不味い状況にある。

 それは――――。


『ぐぅぅぅぅぅうううううう』


 部屋中に響き渡る俺の腹の音。


「失礼。腹が減って力が出ぬのだ……」

「~~~~ッ!?」


 俺の言葉に顔が赤色を通り越して紫色になる男。どうやらよほど怒らせてしまったようだ。解せぬ。

 仕方なかろう。事実腹は減っておるのだし、これ以上力を出せば俺の【食欲】がどうなるか分かったモノではない。

 だからこそ、力を籠めぬように細心の注意を払いながら戦っているのだ。うむ……不便な体だ。

 ただ――――。


「平常心を失うのはどうかと思うぞ」

「なっ!? ガハッ!」


 俺は限界まで手加減した状態のまま、男の左肩から大きく斬りつけるのだった。

せっかくなので、この場で少しずつ用語解説などが出来ればと思います。


【真理武装】……ダンジョンや迷宮内で見つかる武器。ダンジョン内の宝箱や魔物から手に入れることが出来る。人類が【天界族】に対抗する手段の一つ。ランクがG~S級まで存在し、中には『オリジン』と呼ばれる世界で一つしかないモノも存在するらしい。


【亜空間バッグ】……G級の真理武装。20キロもの内容量を誇る。ただし、バッグの口より大きなものは収納できない。ランクが低いが便利であるため、討滅者以外の人間にも人気がある。


【折れぬ剣】……G級の真理武装。ただ、折れない剣。切れ味がいいわけでもなく、使い続ければ当然その切れ味も落ちる。効果があまりにも弱いため、この武器を使う人間は皆無。ただし、ゼフィウスはこの武器を使用している。

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