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「わぁ! 【ラグナロク】に来るまでにも思ったけど、やっぱりすごいねぇ!」
「す、すごい? 俺っちは普通だと思うんだが……」
「エドガー、大丈夫よ。私も普通だと思うから」
俺たちはミリアに連れられる形で以前服などを買った街へとやって来ていた。
ここで野外学習に必要なモノを買うらしいのだが……どうやらミリアはグレイドから俺のためのお金を渡されているらしい。世話をかける。
とはいえ、ずっと金がないというのもな……何とかして金を稼ぎたいが、いかんせん昔と勝手が違う。
ルクドールやヴァルフォードのヤツが生きてた頃はそこらへんで魔物を狩ったりして素材を売り払えば金になったが、今の時代はどう稼ぐのかさえよく分からん。
それに魔物を狩るにしても討滅院とやらの登録が必要になるかもしれぬしな。
一応俺が知ってる方法は以前セオルドやミリアに連れられて【折れぬ剣】を手に入れた迷宮などで真理武装を手に入れ、売ることだろう。いくらで売れるのかは知らないが。
「フッ……リオンよ。この程度で驚くとは……まだまだだな」
「……アンタは一体どこ目線なのよ……」
「あ! 『ジェニちゃん』だ!」
「おおー! すごーい!」
「む? って何ぃぃぃいいい!? か、壁が動いてるぅぅぅぅうううう!?」
「メッチャ驚いてるじゃない!?」
いや、ミリアよ。驚くなという方が無理だろう。
俺の目の前には超巨大な建造物が存在し、その壁の一部がまるで動く絵画のようになっていたのだ。
その動く絵画は一人の少女が変わった形のドレスを身に纏い、笑顔で踊っている。
以前、俺の日用品を買いに来た時や、天使どもの襲撃の際もこんなものは目にしていなかった。
感情の起伏はかなり少ない方だと思っていたが……これは驚かざるをえない。
こんな技術は見たこともないし、昔の俺からすれば想像することすらできなかった光景なのだから。
「てか、テレビを知らないってどうなのよ……ますますアンタが現代人か疑わしくなってきたわ……」
「ハハハハ! 俺ハ、現代人ダゾ」
「何で棒読みになるのよ!?」
「でも僕も初めて見たなぁ、あんな壁!」
「だから壁じゃなくてテレビ……ってリオンも!?」
リオンも俺と同じように目の前の『てれび』とやらを知らないことにミリアはとても驚いていた。
そんな俺たちをよそにエドガーはうっとりした表情でその『てれび』とやらを見つめる。
「はぁ……可愛いなぁ、ジェニちゃん……」
「ふむ……あの少女がそのジェニとやらなのか?」
「ジェニちゃんをしらないだとぅ!?」
「お、おお?」
エドガーに急に詰め寄られた俺は思わず引いてしまう。
「いいかい、ゼフィウス! ジェニちゃんは最近人気急上昇中のアイドルなんだぜ!? あの最高に可愛い笑顔と難しい振り付けを覚えるだけの努力、そして何より皆を元気づける歌声! この国だけじゃなく、全国で活躍し始めたすごい人なんだからな!」
「そ、そうなのか? す、すまない……『あいどる』といものを知らないのでな……」
「アイドルを知らない? 生きてて楽しいのか? それ」
「そこまでだと!?」
真顔で言い切るエドガーに俺は戦慄した。
『あいどる』……そんなすさまじ存在がこの時代にはいるのか……!
「バカなこと言ってないで、とっとと行くわよ。遊ぶ時間が無くなってもいいワケ?」
「よくありません!」
「じゃあ早く行きましょう」
エドガーが『てれび』とやらの前から動くのを名残惜しそうにしながらも、俺たちは目的の買い物のために移動を始めるのだった。
◆◇◆
「とりあえず軍手にナイフ、それと汚れてもいい下着やジャージ類は買えたわね」
ミリア主導の下で次々と必要なモノが買われていくのを、俺やリオンはボケっとしながら見ている。
「なあ、ミリアさん。食料類は持ち込みダメだったっけ?」
「ええ。食料や水、調味料もだし何なら調理器具すら持ち込み不可よ」
「うへー……それじゃあまともな料理できねぇじゃねぇか……」
「む? エドガーは料理が出来るのか?」
「出来ねぇけど?」
「じゃあ関係ないでしょ」
俺も食べるのは好きだが料理自体は出来ないため、人のことは言えない。
「リオンは?」
「え?」
「リオンは料理できる?」
何故かミリアの質問を受けたリオンは呆けた表情を浮かべた後、慌てて答えた。
「あ、ああ! 料理! 料理かあ……ごめん、僕分かんないや」
「分からない?」
「うん――――料理なんてもの、食べたことないからね」
「は? それはどういう――――」
「おーい、そろそろ遊びに行こうぜー」
ミリアがリオンに聞きかけた瞬間、エドガーが退屈しきったという表情でこっちを見ていた。
「もう買うモノは買ったでしょ? じゃあ早く遊びに行こうぜ!」
「遊び! いいね、行こう行こう!」
「え、あ、ちょっと! ……ふぅ。まあいいか。アイツらいい加減しびれを切らしたみたいだし、私たちも行きましょう?」
「……ああ、そうだな」
早く来いと言わんばかりのエドガーにミリアは苦笑いを浮かべた。
今から行く場所は『からおけ』というモノらしく、歌を歌うための施設らしい。
ただ劇場とは異なり、友人たちだけで集まって歌ったり、一人で歌ったりと気軽に遊べる場所のようだ。
ふむ……長い歴史の中でそのような娯楽が生まれるとはな。
道中は買い物を終えたとはいえ、まだまだ野外学習についての話もあるのでそのことについて話していた。
「やっぱり野外学習前に一度迷宮に行った方がいいと思うわ」
「迷宮か……」
「ええ。私とエドガー、そしてゼフィウスは戦ってるところを見たことはあるけど連携はしたことないでしょ? それにリオンは完全に未知数なわけだし」
「それもそうだな。いいぜ、俺っちは賛成だ!」
「うん、僕もいいよ!」
「ゼフィウスは?」
皆が賛成の意を示しているように、俺自身も特に問題はない。
ただ……。
「どの迷宮に行くのだ? 俺の【折れぬ剣】を手に入れた迷宮なら危険は少ないとはいえ、逆に簡単すぎて連携の確認も出来ぬと思うが……」
「ああ、その点は心配ないわ。迷宮自体は結構ここら辺にあって、討滅者じゃないと入れないからあまりウチの生徒は使わないでしょうけど……」
「そっか! ミリアはその討滅者なんだっけ?」
「ええ。私がいれば問題なく入れるわ。それに私が入れる迷宮はそれこそ私のレベルにあった場所だし、連携の確認には最適だと思うわよ?」
「そうか……ならば何も心配することはないな」
懸案事項も消えたところでついに『からおけ』とやらに辿り着いた。
俺とリオンは完全に未知の世界なので、ミリアとエドガーに任せっきりである。
案内された部屋に行くと、何やら変わった壁と機械。
そして――――。
「ここにも『てれび』だと!?」
「いちいち変なところに驚くわね……」
あの建物の壁に埋め込まれた『てれび』ほどではないにしろ、そこそこの大きさのものがこの部屋に備え付けられていた。
「へぇ! 僕、こういうところ初めて入ったよ!」
「そうかい? まあもう一人、同じようなヤツがいるし……軽くカラオケの説明をするな」
そういってエドガーは俺たちに『からおけ』の遊び方を教えてくれた。
「んじゃまあ、俺っちから行くぜ?」
するとエドガーは慣れた手つきで機械を操作すると、知らない曲が流れ始めた。
「この音はどこから流れているのだ……? これだけの曲だ、相当数の楽団員が近くにいると思うのだが……気配がない」
「あるわけないでしょ!? これは録音したものなんだから」
どうやら俺の考えは完全に間違っていたようだ。
そんな俺たちのやり取りをよそにエドガーはまた細長い機械を手にして歌い上げる。
ほう……あの機械は音を増幅させるのか。興味深い。
熱唱といっても差し支えないエドガーを見て、ミリアはあきれた様子で呟く。
「まあ……アイツらしい曲ね」
「そうなのか?」
「ええ。最近流行りの音楽よ。ちょっと意外だったのはてっきりあのアイドルの曲を歌うと思ってたんだけど……」
『俺っちなんかの歌声でジェニちゃんの曲を汚せるかあああああ!』
「ちょっ! うるさい! マイク越しに言うんじゃないわよ!」
一曲エドガーが歌い終えると、俺とリオンは拍手した。
「おお! すごい、すごいよ!」
「へへ。もっと褒めてもいいんだぜ?」
「ああ……確かに凄かったな。その音を増幅させる機械といい、音を録音して再生する機械といい……時代は進んだものだ」
「どこを褒めてんの!?」
機械だが?
それはともかく、続いて曲を入れたのはミリアで、ミリアは普段の性格とは違う優しくしっとりと曲を歌い上げた。
「すごい……すごいよ、ミリア! とっても上手だったよ!」
「そ、そう? そう言ってもらえると……悪い気はしないわね」
「ああ……感動したぞ」
「あれ!? 俺っちと扱いが違くない!?」
「気のせいだ」
ギャーギャー騒ぐエドガーをよそに、ミリアはリオンに訊く。
「リオンも歌う?」
「え? ぼ、僕が?」
「そうそう! せっかくこうして来たんだし、歌わなきゃ損だぜ? もちろん、ゼフィウスもな!」
「俺もか……」
「そっか……そうだよね……うん、歌ってみるよ」
そう言ったリオンはミリアに教えてもらいながら曲を選択した。
それは――――。
「お、おお?」
「すごいチョイスね……」
――――讃美歌だった。
今の時代、どういう扱いを受けるのかは分からない曲だ。
まあこうして娯楽品の中に入っているくらいだ、問題はないのだろう。
実際問題、神々の中には人間の味方だって存在する。数は少ないがな。
それでもこうしてあからさまに神を讃える曲を歌うというのは、かなり勇気のいる行動だろう。
――――普通ならば。
「~♪」
綺麗な歌声を響かせるリオンに、エドガーもミリアも呆けた表情でリオンを見つめていた。
やがて歌い終えると、リオンは恥ずかしそうに訊く。
「ど……どうかな……?」
「す……すげぇよ、リオン! 超感動した!」
「曲のチョイスはともかくとして、歌声は本当に綺麗だったわ。もしかして、歌の習い事でもしてたの?」
「い、いや。そういうことはしてないけど……歌う機会は多かったかな」
「へぇ? なるほどね」
「……じゃあ、最後は……ゼフィウス! お前の番だぜ!」
ビシッ! と俺を指してそういうエドガーに、俺は少し困惑する。
「本当に歌わねばならぬか?」
「当たり前だろ!? 俺っちの歌を聞いて、機械を褒めやがったんだ。さぞ上手く歌ってくれるんだろうなぁ!?」
なんだ、そのことを根に持っていたのか。
とはいえ、俺はリオン以上に困っている。
何が困るって……俺の知ってる曲がないのだ。
二万年前だぞ? 俺の時代。
必死に知ってる曲を探すが、全然出てこない。
本気で困り果てていると、俺はとある曲が目に入った。
「これは……」
俺はその曲を迷わず選択すると、機械から音楽が流れてくる。
「は? え、おい、ゼフィウス?」
「……リオンも予想外だったけど、ゼフィウスも予想外な選曲ね……」
俺が選んだ曲は――――民謡だった。
まさかこの時代にまで受け継がれている曲があるとはな……。
まさしく俺が今から歌う曲は、二万年前から存在した曲だ。
もしかすると、この曲こそが現存する世界最古の歌になるんじゃないか?
そんなことを思いながら前奏を聞き届け、俺は歌い始める。
「~♪」
『――――』
懐かしいな。
この曲は当時の舞台や吟遊詩人までもが歌っているくらいに人気だった曲だ。
何の変化も刺激もない。ただ、ありふれた日常を歌にしたものだ。
ゆったりとした曲調に合わせて歌い続け、俺は最後まで歌い上げることが出来た。
「――――こんなものか」
『――――』
「? おい、歌い終わったぞ」
歌い終わったというのに、何の反応もないのでみんなの方を見ると、全員惚けた表情で俺を見ていた。
「え? あ、ああ……終わっちまったのか……」
「……アンタ、歌まで非常識なのね……」
「……僕、歌で聞き惚れたの初めてだよ……」
「そうか? まあそう言ってもらえると歌った甲斐があるというものだ」
俺は初めて『からおけ』とやらで遊んだわけだが、とても楽しく過ごすことが出来たのだった。




