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「――――行くわよ」
「いつでも来るがいい」
俺は『ぐらうんど』と呼ばれる場所で、ミリアと対峙していた。
ミリアの手には【真理武装】である大鎚が握られており、それに合わせて俺もとある大鎚を握っていた。
本来、俺の使う【真理武装】は『折れぬ剣』なのだが、今回は元々ミリアに稽古をつけるという目的なので、俺も武器をあえて変えたのだ。
ではこの大鎚は何かというと……俺が長い年月眠っていた間に人類は【真理武装】に限りなく近い武器を生み出すことに成功しており、その多種多様な武器が訓練用としてここ『ラグナロク』に置かれていたのだ。
ミリアは大きく振りかぶった状態で構え、隙を伺う。
「ッ! はああああああああ!」
そして一気にその場から加速するとすべての力を解放する勢いで俺めがけて大鎚を振り下ろした。
「揺らせ! 『アース・インパクト』!」
「……」
技として完成されたその動きは、容赦なく俺の頭を潰しに来る。
だが俺は、振りかぶったり力を溜めたりすることなくミリアの振り下ろした大鎚にぶつけた。
「ッ!?」
「ふん」
その瞬間、力負けしたのは――――ミリアだった。
軽々と打ち上げられた大鎚の勢いに負け、ミリアは無防備な腹を見せる。
それに対し、俺はゆっくりとした動きでそのお腹に軽く拳を添えた。
「俺の勝ちだな」
「~~~~!?」
顔を赤くして飛びのくミリアを見て、俺は自分の行動が軽率だったことに気づく。
「む……すまない。女性の体を無暗に触るものではないな。許せ」
「ゆ、許すも何も怒ってないし……ってそんなことより何なのよアレ!?」
「ん? アレ……とは?」
ミリアの寛大な心により腹に触れたことを許された俺だが、今度は逆にミリアが何について問い詰めてきているのか俺には分からなかった。
「惚けんじゃないわよ! どう考えてもおかしいでしょ!? 私は全力で振り下ろしたっていうのに、何で振りかぶりもしてないアンタの一撃の方が強いのよ!」
「ああ……そのことか。以前軽く話したであろう? 【ヴァルフォード流鎚術】だ」
「確か……一撃粉砕だっけ?」
「うむ」
「それ、私に教えてくれるのよね?」
「約束だからな」
「やった!」
俺の言葉を聞いたミリアは、非常に愛らしい笑みを浮かべた。可愛いな。
「さて……【ヴァルフォード流鎚術】は一撃粉砕を目的としていることは話したな?」
「ええ」
「ではもう少し詳しく説明しよう……ミリア。大鎚における弱点は何だと思う?」
「え?」
不意の問いかけにミリアは驚くも、少し考えた後に答えた。
「……スピードと間合い、かしら……」
「ああ、その通りだ。大鎚は威力が高いぶん、大振りで隙も大きく、速度が遅い。そのうえ大きいから狭い室内などでは取り回しが難しく、十全に使いこなすことが出来ない。だが――――ヴァルフォードはそれが嫌だった」
「は?」
俺の言葉にミリアは気の抜けた声を出した。
「嫌だったって……え?」
「そのままの意味だぞ。ヴァルフォードはこれらすべてが嫌で、この【ヴァルフォード流鎚術】を生み出したのだ」
俺の説明を聞いたミリアは頭を押さえ、難しい表情を浮かべる。
「あのねぇ……そんなことは鎚使いは誰もが分かってることよ? それを嫌だって言ってもどうしようもないんだから」
「ふむ……では少し実演をしよう」
「え?」
俺は訓練用の大鎚を握りなおすと、『ぐらうんど』に設置されていた訓練用の人形が置いてある位置まで移動する。
この人形は主に武器の打ち込み練習などに用いられ、人型であることからも神々や天使に大ダメージを与えられる場所を的確に狙う訓練に使われたりもしていた。
そしてそんな風に武器を打ち込まれることを前提で作られているため、まず壊れることがないように作られている――――らしい。らしいというのも全部授業でカインが言っていたからだ。
「では、よく見ているがいい」
「見ているがいいって……そんな至近距離じゃまともに振れないわよ?」
ミリアの言う通り、今の俺は本来の鎚使いがとる間合いとは全く違い、むしろ素手やナイフなどの超至近距離を専門とする武器出ない限り踏み込まないような間合いに立っていた。
事実、普通に鎚を振り下ろそうにも全力が入るような体勢ではないため、敵にこの間合いに入られれば鎚使いは大体終わりだろう。
だが――――。
「え!?」
そのうえ俺は振りかぶることもせず、ただ人形に鎚を触れさせた。
これだけ見れば、もはやダメージを与えられるかどうかさえ怪しいだろう。
――――【ヴァルフォード流鎚術】でなければ。
「フッ――――!」
鋭く息を吐き出す。
――――轟音。
『ぐらうんど』一帯に普通じゃ有り得ない音が響き渡った。
あまりの轟音にミリアは目を白黒させ、耳を押さえていた。
「ううむ……壊れないと聞いていたのだが……」
確かに全力は出したくても出せない状況であるし、何より手加減は前提としてあった。
だが――――人形は砕け散った。
聞いた話によると、最近生み出された世界で最も硬く、柔軟な特殊素材で作られた人形だったらしい。
硬さと柔軟さを併せ持つことで衝撃を逃がし、まず壊すことは不可能とさえ言われていたようだ。
しかし、壊れた。壊れてしまった。解せぬ。
目の前の残骸を眺め、俺は無視することにした。
「と、このような威力になる」
「いやいやいやいやいや! 無理があるでしょ!? 何をどうしたらあの状況からこんな大惨事になるワケ!?」
やはり誤魔化すのは無理だったか。とはいえ、説明しようがないのも事実。壊れたから壊れたのだ。あとは知らぬ。
「人形は気にするな。不幸な事故だ」
「不幸な事故って……」
「それよりも俺が何を伝えたかったのか……【ヴァルフォード流鎚術】とは、どんな間合い、体勢でも常に全力の一撃を放てるということだ」
「ウソでしょ!?」
「ウソも何も……今のはその【ヴァルフォード流鎚術】の奥義の一つ、『無撃』だ。超至近距離どころかすでに相手に密着した状態から全力の一撃を放つ技だな」
「……」
口をパクパクさせ、呆然とするミリア。
「さて――――ミリア。この技を受け継ぐ覚悟はあるか?」
「!」
ミリアはハッとした表情の後、すぐに攻撃的な視線を向け、笑みを浮かべた。
「――――上等じゃない!」
――――こうしてミリアは俺から【ヴァルフォード流鎚術】を正式に学ぶことになるのだった。
◆◇◆
「――――まさか、あんな人材がウチにいたなんてねぇ……」
ゼフィウスがミリアに【ヴァルフォード流鎚術】を教えている陰で、女性が気配を消してその様子を見つめていた。
するとすぐ隣で同じようにゼフィウスの様子を見ていた女性が感心したように呟く。
「あの技……まるで見たことがない。しかもあの武器、学校の訓練用だろう?」
「ええ、そうね。それでミリアさんの真理武装に力で勝っているのもだいぶおかしいけど……」
「……それ以上にあの人形を壊すなんてな」
「はぁ……あれ、高いのよ? また書類が増えるじゃないの……」
「フッ……まあ許してやれ。あの人形のおかげで彼の異常さが分かったわけだ」
「それはそうだけど……」
一人の女性に宥められながらもどこか納得できないもう一人の女性。
それに苦笑いを浮かべながらさらに言葉をつづけた。
「だが彼がいれば、今年の『交流戦』の優勝も夢じゃないかもだぞ?」
「……それもそうね。はぁ……複雑な気分だけど、今は純粋に優秀な人材が入ってきたことを喜びますか」
「フフ……さて、そろそろ移動しよう」
「そうね。あまり見てるとバレるかもしれないし」
一人の女性にもう一人が頷くと、二人の女性は一切の気配を感じさせることなくその場から消えた。
そんな彼女たちがいた場所を遠くでミリアに【ヴァルフォード流鎚術】を教えていたゼフィウスは一瞬目を向け、再びミリアの指導へと集中するのだった。




