16
シャリ……シャリ……。
「……ん? こ、ここは……」
「目が覚めたか」
「!」
病院と呼ばれる怪我人や病人が治療をする場所の一室で、ミリアは目を覚ました。
俺が声をかけたことにとても驚いたようだったが、すぐに声の正体が俺だと分かると力を抜く。
「な、なんだ、アンタか……」
「フッ……何だとはずいぶんなご挨拶だな」
「あ、ご、ごめん……ってあれ? 確か、私は……」
そこまで言いかけて、ミリアは天使たちの襲撃のことを思い出したのだろ。
どんどん顔色が悪くなっていき、何かに気づくと慌てた。
「そうだ、お兄ちゃんは!?」
「隣で寝ているぞ」
「え!?」
「ぐぉぉぉぉ……ごがぁぁぁぁ……」
「……」
隣のベッドですさまじいいびきを立てながら眠るセオルドを見て、ミリアは疲れたように溜息を吐いた。
「っ……はぁ……心配した私がバカだった……」
「そういってやるな。ミリアもセオルドも重傷だったんだからな」
「重傷って……はっ! そ、そういえば、アンタ……」
ミリアは何かを言葉にしようとしたが、迷うように中々声に出さない。
シャリ……シャリ……。
ぐぉぉぉぉ……ごがぁぁぁぁ……。
俺のリンゴの皮を剥く音とセオルドのいびきがしばらく響いた。
そしてついに俺はリンゴを剥き終えた。
「うむ、美味い」
「アンタが食うの!?」
思わずといった様子でミリアがそうツッコんだ。
なんと。
「失敬。自然に食べていた……」
「ウソでしょ、アンタ……」
心底あきれた様子のミリア。面目ない。
しかも皮を剥いたはいいが、切り分けもせずに齧ってしまったのでもう渡せない。いや、これなら皮を剥く必要性がなかったな。何をしたかったんだ、俺は。
自分の愚かな行動に呆れながらも、今度こそミリアのためにリンゴを新たに向き始めた。
そんな俺を見て、ミリアは溜息を吐いた後少し間をおいて口を開いた。
「……アンタ、あの場にいたんじゃないの?」
「ん? 何のことだ?」
「あくまで惚ける気?」
ミリアは少し鋭い視線を俺に送ってきた。
「……」
「……黙ったままなのね」
だが、俺が何も話さずにリンゴの皮を剥き続けるため、ミリアも諦めたようだ。
「もういいわ……アンタが何を隠してるかは知らないけど…………私たちはアンタに助けられたんだし。だから……ありがと」
小さい声だったが、確かに感謝の言葉を口にした。
そのままミリアはベッドに寝転がると、小さく呟く。
「強く……なりたいなぁ……」
「……強くなりたい?」
「うん」
思わずミリアの呟きに訊き返すと、ミリアは天井を眺めたまま続けた。
「私……とても悔しかった。自分が何もできないのが……私が弱いから、お兄ちゃんの足を引っ張ったことも……本当に悔しかった」
「……」
「……私たちの親ってさ、二人とも討滅者だったんだ。それであちこちで一般人を助けてて……そんな二人が私もお兄ちゃんにもとても誇らしかった。……でも……死んじゃった。呆気なく、死んじゃったんだ」
「……」
「もうどれだけ天使どもを憎んだか分からない。なんでアイツらは私たちを襲うのよ? なんで放っておいてくれないのよ!? どうして意味もなく人を殺すのよ……」
そこまで言うと、ミリアは静かに泣いた。
「強く……なりたい。誰にも負けないくらい、強くなりたい」
「……」
「そして、いつか絶対天使どもを――――」
そこまで言いかけたミリアの口に、小さく切り分けたリンゴを突っ込んだ。
「んぐ!?」
「ミリア。それは違うぞ」
「?」
リンゴを突然入れられたことで怒ったようにこちらを見てきたミリアだが、俺の言葉を聞いて不思議そうな表情を浮かべた。
「壊すことは誰にでもできる。幼子にだってできるのだ。だが、何かを護ること、何かを生み出すことは、誰にでもできるわけじゃない」
「……」
「確かに誰かを護るためには力がいるだろう。だが、今のミリアの求めている力は、天使と変わらない。誰かを傷つける力など、必要ないのだ」
「…………じゃあ、何が必要なのよ」
ぶっきらぼうに聞いてくるミリアに、俺は微笑む。
「護る力だ」
「……はあ? 何が違うっていうのよ」
「大きく違うとも。誰かを傷つける力は、本来護るべきものも、そして自分さえ傷つける。それは自分から他者へ向けることもできるのだ。だが護る力は襲い来る脅威から護るための力だ。ミリアのご両親はその護る力を持っていたはずだぞ」
「……」
「ミリア。君が求めようとした力は、天使と変わらない……誰でもいいから攻撃したい、そんな危うい力だ。天使だから滅ぼす……そうじゃない。そうではないんだ。人間にも悪人がいるように、天使にだって善人はいる。それまで滅ぼすのであれば……それは天使とやっていることが変わらないぞ」
「……」
理解はしても、納得はいかないといった表情で黙るミリア。
「まあいきなりこのような話をされても困るだろう。君には時間がある……ゆっくりでいい。誰かを護るための力を磨きなさい」
俺のように、誰かを傷つけるだけの力など……必要ないのだからな。
「さて……俺はそろそろ帰るとしよう」
「え? も、もう帰るの?」
「ああ。あまり長居しても迷惑だろう」
「……そ、そんなことはないけど……」
口をとがらせるミリアを見て、俺は思わず笑みを浮かべた。
「ははは。ミリア、今はゆっくり体を癒せ。いいな?」
「っ! …………うん」
ミリアはしおらしくなりながらも小さく頷いた。
それに満足した俺は帰る前に一言告げる。
「なに、安心しろ。復調すれば、ミリアの稽古を見てやろう」
「え!? 本当!?」
「ふふふ……さて、早く治すのだな」
目を輝かせるミリアにそう告げ、俺は今度こそ部屋から退出するのだった。




