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「いやぁ、本当にゼフィウスには驚かされたぜ!」
昼、俺とミリア、そしてエドガーの三人は食堂で昼食をとっていた。
本日の献立は『煮込みハンバーグ』、『トマトスープ』、『シーザーサラダ』に白米だ。
他にも食したのだが、取りあえずメインはこれだ。
一口ずつしっかりと味わい、俺は幸せを感じる。
ハンバーグとソースが絡み合い、それが白米とよく合うのだ。
トマトスープもシーザーサラダも新鮮な野菜が使われており、非常に美味である。美味い。
食事の美味しさに感動していると、ミリアが呆れたように言った。
「ホント、強すぎるでしょ……あれから全戦全勝ってどういうことよ。しかも本人は汗一つ流してないし……」
「そうそう! これ、ゼフィウスなら【討滅者】の資格もすぐ貰えるんじゃね?」
「そりゃそうでしょ? 現に【討滅者】の私はゼフィウスに手も足も出なかったわけだし……少なくとも『ブルー・プレート』以上の実力はあるはずよ」
「こりゃあ『生徒会』か『風紀委員』のどっちかから声がかかるのも時間の問題だな」
「む? 『生徒会』や『風紀委員』とはなんだ?」
エドガーの口から出た聞き慣れない単語に首を傾げると、ミリアが教えてくれる。
「『生徒会』も『風紀委員』も生徒で運営してる組織のことよ。生徒会はこの学園の様々な行事を取り仕切ってるし、風紀委員は学園の風紀が乱れないように監視してるのよ。生徒会のトップである生徒会長と風紀委員のトップである風紀委員長は二人とも『ゴールド・プレート』よ」
「ほう」
「まあ生徒たちの長である生徒会長と学園の治安を守る風紀委員長が弱かったら話にならないからね。二人とも学園最強と呼ばれてるわ」
最強が二人いるのか。変な話だ。
「取りあえず生徒会も風紀委員もどういうモノか分かった。だが、それと俺がどう関係するのだ?」
「生徒会も風紀委員も生徒たちを護るという点では共通してるし、実力のある人材を常に欲しているのよ。だから、無茶苦茶なアンタに声がかかるかもしれないって話よ」
「ふむ……面倒だ。断れないのか?」
「面倒って……普通は喜ぶんだけどな。実力が認められたって訳なんだし。俺っちも生徒会や風紀委員に入りてぇ! 生徒会長も風紀委員長も美人だしなっ!」
「それが本音ではないか?」
とはいえ、昔から組織に属していなかったし、現在も俺は組織に属する気はない。
組織に属すると、自由に動けぬからな。
そんな会話をしていると、セオルドがミリアのもとにやって来た。
「おう、元気にしてるか?」
「あ、お兄ちゃん」
「セオルド先輩! お疲れ様ですっ!」
「うむ、この通り元気だぞ」
「……みたいだな。相変わらずスゲェ量食うなぁ……」
セオルドは俺の目の前に積み重なった皿を見て、頬を引きつらせる。
「何を言う。これくらい皆食うであろう?」
「んなワケねぇよ! 全員お前ほど食ってたら食糧難だわっ!」
「むぅ……これでもまだ食い足りぬのだが……」
「まだ食うの!?」
俺の言葉にセオルドだけでなくエドガーも驚いた。
セオルドはため息を吐くとミリアに声をかける。
「まあいいや……ミリア。今日はお前に用があって来た」
「ん? 何?」
「この休日に出かけるぞ。【討滅院】からの依頼だ。『ブロンズ・プレート』以下の【討滅者】で巡回を行うんだとよ」
「依頼は別にいいんだけど……何かあったワケ?」
ミリアがそう訊くとセオルドも微妙な表情で答える。
「いや、大きく何かがあったワケじゃねぇんだが……どうもガレル方面で魔物の動きが活発化してるらしく、『シルバー・プレート』以上の【討滅者】が【天界族】を警戒して近々そっちに集結するらしいんだ。その間、他の地域の守りが手薄になるってんで各地で『ブロンズ・プレート』以下の【討滅者】が警戒するように【討滅院】から依頼が出たんだよ。だから用意だけはしといてくれ。とはいえ、俺たちはこの間ゼフィウスと買い物した場所辺りを巡回予定だから、特に必要なモノとかはないぞ」
「なるほどね……分かったわ」
「んじゃあ、頼んだぜ」
セオルドはそれだけ告げると、その場から去っていった。
「はぁ……ミリアさんも大変だなぁ」
「仕方ないわよ。【討滅者】になると、これが当たり前よ」
「てか、ガレルの方でそんなことが起こってたんだなぁ……ここからだいぶ遠いし、こっちは大丈夫そうだけどな」
「ふむ……ガレルとは地名か?」
俺がそう訊くとミリアは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに頷いて説明してくれた。
「ゼフィウスは知らないのね。ガレルはこの国の一番東の都市よ。都市っていっても、周辺は豊かな自然があって、元々魔物の生息も多いんだけど……問題視されるってことは結構大事かもね」
「ふむ……」
ガレル……聞き覚えのない地名だ。
やはり俺が眠りに就いてから、かなり世界は変わったようだ。
セオルドに案内してもらった図書館で色々調べてみてもよいかもしれぬな。
これからの予定を軽く考えていると、エドガーが目を輝かせて訊いてきた。
「そうだ! ゼフィウス、俺っちたちに何かアドバイスないか?」
「アドバイス?」
「そうそう! ゼフィウスはあんだけ強いわけだしさ。俺っちたちがもっと強くなるためのアドバイスが欲しいんだよ」
「それは私も気になるわ。何かないかしら?」
「ふむ……」
俺は少し考えると、やがて一人ずつ答えていった。
「エドガー。お前は【ルクドール流槍術】の使い手であろう」
「えっ!? 何で分かったんだ!?」
「動きを見れば分かる」
「いや、普通分からねぇよ!? しかも、あの模擬戦じゃそこまで技出してないし……」
「俺が知っていても、何の迷惑もかけぬだろう? それより何故その技を使わぬ?」
「……それは……俺っちの槍術はそれこそ神代のころから存在してるって言われてるような古臭いものだし、正直何がすごいのかも分からなくて……それに世界一門下生の多い【アリスタ流槍術】には敵わねぇよ」
「む?」
見ればわかることに偽りはない。最近の流派でなければすべて俺は知ってる。だがエドガーの言う【アリスタ流槍術】とやらは初耳だ。最近できた流派なのだろう。
それにしても……ルクドールが生み出した槍術が神代のモノとは……神代がどの程度昔のことなのかは分からぬが、俺はかなり長い間眠りに就いていたようだ。
そしてあのルクドールの槍術が古臭いとは……。
「エドガーよ。【ルクドール流槍術】は当時無双と称えられたルクドールの槍術が流派となったのだ。事実、ヤツは【天使】ではなく【神】の一柱をその槍で殺しておるぞ」
「なっ!? そ、そうなのか!?」
「うむ。古臭いと切り捨てるのは勿体なかろう。その技を磨くがよい」
「……分かった。って、なんでそんなことゼフィウスは知っているんだ?」
「昔文献で見たまでだ」
本当は目の前で見ていたからだがな。
「さて、ミリアだが……エドガーと違い、何の武術も修めておらぬな」
「ええ、そうよ。てか、鎚術なんてないでしょ?」
「あるぞ」
「あるの!?」
「数は少ないがな」
「それ、教えて!」
「ううむ……そうだな……【ヴァルフォード流鎚術】なんかがよいかな?」
「何? その名前。聞いたこともないわね……」
ヤツは物を壊すことだけに生きがいを感じておったからなぁ……その結果、【神】を叩き潰すこともしていたが。
「その鎚術の真髄は一撃粉砕。どのような体勢、状況だろうと常に相手を一撃で粉砕できるように突き詰めた技だ」
「やけに物騒な技ね……」
ミリアは少し頬を引きつらせていたが、目は輝いていた。まあ強くなる道筋が見えたのだ、気持ちは分かる。
「でもその【ヴァルフォード流鎚術】? 誰が使えるのよ」
「む? 俺は使えるぞ。もちろん、【ルクドール流槍術】もな」
「アンタ何者よ!?」
「……いや、本当にメチャクチャだなぁ、おい……」
そう言われても、ヤツらに乞われて技を見てやったりしたからな。知らぬ方がおかしかろう。まあミリアたちに言っても仕方のないことではあるが。
「よいではないか。俺は俺だ。それよりも、二人は技を磨くこともそうだが、自身の【真理武装】と対話しておるか?」
「へ? 対話?」
「うむ。お前たちの【真理武装】……まだ真の力を発揮できておらぬぞ?」
「「はあああああ!?」」
俺の言葉に二人は大声をあげた。
その声を聞いて、周囲の生徒たちは何事かとこちらを見てくる。
他の生徒たちの様子に気付いたエドガーとミリアは、顔を赤くして周りに謝罪しながら席についた。
「ど、どういうことよ!? 真の力を発揮してないって……」
「そう言われても……そのままの意味だ。【真理武装】はそれぞれ本当の力を秘めている。それを解放するにはその武具との対話が必要だ。武具と絆を深めること……それが大切なのだ」
「そんな……どうしてゼフィウスはそんなことも知ってるんだ?」
「知っているから知っているのだ」
「誤魔化し方雑になってきてないか!? いや、言いたくねぇならいいんだけどよ……」
「そこには触れないで貰えると助かる」
深刻な話ではないが、この時代では確実に混乱を生むであろうからな。
明確な後ろ盾がないというのは面倒な話だ。
あの時代は組織に属さずとも俺の出生の秘密を知る者が手助けしてくれたのでな。それも上流階級の者たちが多かった。
おかげで今のように気を揉むこともなかったのだが……ままならぬものだ。
「とにかく、お前たちは自分の【真理武装】と向き合うがいい。いずれお前たちの力となってくれよう」
まあ俺の【折れぬ剣】などは対話しても覚醒することもないのだがな。二人の武器なら大丈夫だ。
それよりもセオルドの持つ【真理武装】は中々のモノが宿っているが……あれが解放されるのははたして良いことなのか、悪いことなのか……今の時代では判断が出来ぬな。
「俺はお前たちが望むのなら、力を貸そう。それをどう扱うかは……お前たち次第だがな」
俺はそう言うと膨れぬ腹を満たすために追加で食事をもらいに行くのだった。




