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 俺たちは『たいそうふく』とやらに着替えて、学び舎の広い大地に集まっていた。ミリアに聞いたところ、この広い場所は『ぐらうんど』と言うらしい。

 今から行われる授業専用の服である『たいそうふく』は、妙に動きやすい上下長袖のモノだった。正確には『じゃーじ』と言うらしいが……。


「それでは、【真理武装】を使った特訓を始めていきたいと思う」

『はいっ!』

「うむ」


 カインの言葉に、皆元気よく返事をする。


「ゼフィウスは初めてだが、他の面々はどのような訓練をするか知っているだろう。だがゼフィウスの為に、もう一度伝えておくぞ」


 カインはそう前置きすると、俺たちを見渡しながら説明をつづけた。


「まずお前たちは【討滅者】となるためにこの学園に来ている。【討滅者】の主な仕事は【天界族ヘブンズ】の殲滅だが、それよりも街道に出る魔物なんかの討伐をするほうが多いだろう」


 カインの言う通り、【天界族】はそんなに攻めてきているわけではない。

 ……まあ『あの時』にだいぶ殺したというのもあるが、それでもヤツらは無暗に攻撃してくることは少なかった。

 そのため、彼らの言う【討滅者】は普段は一般人にとって身近な危険である魔物の殲滅などを仕事にしているのだろう。

 とはいえ、【天界族】が攻めてくれば凄まじい被害が出るのは間違いない。


「【天界族】や魔物を相手にすると言っている通り、俺たちは日々命を懸けて戦っているのだ。そんな俺たちが、【天界族】や魔物相手に何もできないとは言えない。だからこそ、お前たちはこの学園で【討滅者】の資格を得る前に戦闘技術などを学んでもらいたいのだ。もちろん、ミリアのようにすでに【討滅者】の資格を持ってる者もいるが、お前たちはお前たちで訓練としてしっかり励むように」

『はいっ!』

「うむ」


 ラグナロクでは【天界族】を相手に出来る人材を育成しているため、授業の多くが戦闘に関するモノが多いようだ。


「いい返事だ。ちなみにだが、この学園を卒業後、お前たちは【討滅者】として【討滅院】に登録することになる。在学中に素質アリと判断された者はその段階でミリアのように資格を貰えるが、多くは卒業後になるだろう。……さて、説明は終わりだ。何か質問はあるか? もちろん、ゼフィウス以外の者が質問してもいいぞ」


 俺は特に質問することもなかったため黙っていると、生徒の一人が質問した。


「はい! 卒業したら絶対【討滅院】に登録しなければいけないのですか?」

「いや、そんなことはない。この学園に在籍したからと言って、絶対に【討滅者】にならなければならないということはないぞ。【討滅者】と同じ訓練を受け、警察や警備隊に行った者もいるし、それ以外にも完全に戦闘とは関係ない職に就くのも問題ない」


 ふむ……【討滅者】を育成しているというからには強制かと思ったが、そんなことはないようだ。

 その方が俺としても好ましく思う。未来ある若者に、そのような強制は愚かとしか言いようがないだろう。

 生徒の質問が終わると、別の生徒が新たな質問をした。


「【討滅者】以外には【天界族】と戦うような機関はないのですか?」

「存在するぞ。だが、それらはエルフ族や獣人族、魔族などの中での組織であって、【討滅院】という全国に分布しているわけではない。例えばエルフ族の【世界樹の騎士団ユグドラシル】なんかは名前だけでも耳にしたことがあるだろう?」

「はい」

「だが【世界樹の騎士団】はエルフ族のみで構成された組織だ。そこに我々人間が入隊することは出来ない。……とまあこのように、【討滅院】以外にも【天界族】を相手にする組織は存在するが、人間はだいたい【討滅院】だろう」


 【世界樹の騎士団】か……ずいぶんと懐かしい名だ。

 まだ存在しているということは【エルフ王】は健在なのだろうか。……いや、俺が眠りに就いて何年の月日が流れたのか分からん。さすがにヤツも生きてはおらぬだろう。

 少々過去のことを思い出していると、もう質問をする者がいないらしく、授業へと進んだ。


「よし、それじゃあ今から一対一の模擬戦をしてもらう。こうした対人戦は【天界族】との戦いでも非常に活きてくるから、無駄になることはない。とにかく、まずはやってみろ」


 カインはそういうと適当に人を選び、模擬戦を開始した。

 生徒たちは模擬戦に真剣に取り組んでおり、それぞれが自分の【真理武装】の力を最大限に引き出せるように努力していた。

 生徒たちの戦いを感心しながら眺めていると、隣にエドガーがやって来る。


「どうだい? ゼフィウス」

「ん? どうとは?」

「いやぁ、編入してきたゼフィウスから見て、ここでの戦闘がどう見えるのかなぁって思ってよ」

「ふむ……ここは【天界族】と戦う【討滅者】を育成する学園だ。とはいえ、戦闘の素人が集まってるのは仕方のないことだろう。それでも彼らは自分なりに考え、手にした【真理武装】で勝利を手にしようと努力している。それは素晴らしいことだ」

「なるほどねぇ……てか、視点が完全に年上なんだけど……ゼフィウスって俺っちたちと同い年だよね?」

「黙秘させてもらおう」

「え、否定しねぇの!? 冗談だよな!? つか黙してねぇし!」

「……」

「ウソウソウソ、そこで本当に黙っちゃうの!?」


 そこを突かれるとなかなか痛い。

 俺はこれ以上墓穴を掘らないために黙っていると、エドガーは結局俺の冗談だと受け止めたようだ。よかった。


「よし、そこまで! じゃあ……次、エドガー!」


 また一つの模擬戦が終わると、カインにエドガーは呼ばれた。


「おっ、次は俺っちか。んじゃあ、ちょっくら行ってくるぜ」

「頑張れ」


 俺がそう言うとエドガーは手をヒラヒラさせながら向かっていった。

 そしてエドガーの模擬戦が開始する。

 エドガーの【真理武装】は槍系統のようで、中距離・近距離戦が主体のようだ。

 セオルドやミリアの言う通りならば、直接戦闘する近接系の【真理武装】は才能などがかなりいるらしいが、エドガーはその才能を有しているのだろう。

 模擬戦が始まると、エドガーは素早く相手に接近し、自身の間合いを完璧に把握しながら槍を振るっていた。

 エドガーの相手は銃系統の【真理武装】のようだったが、距離をとることをエドガーに許されず、かなり苦戦を強いられている。

 しかもエドガーは体術にも優れているようで、槍を支点にした回し蹴りや、相手の銃弾を上空に避けてからの投擲、それを躱した相手に投擲した槍を足場に急接近して格闘戦に持ち込むなど、なかなかいい動きをしている。


「そろそろ終わりだぜ? 来い――――【瞬槍しゅんそう】!」

「ほう?」


 格闘戦で相手を押していたエドガーはそう叫ぶと、遠く離れた位置にあったはずの槍が一瞬で手元に戻って来ていた。

 それをしっかりと握ると、エドガーは相手の足を払い、喉元に槍の切っ先を突き付けた。


「そこまで! 勝者エドガー!」

「うし、お疲れさん。またやろうぜ~」


 カインの合図を聞き、エドガーは対戦相手に手を差し伸べて立たせるとそう言いながら俺の下に帰って来た。


「ふぃ~、疲れたぜ。んで、どうだった? 俺っちの戦いはよ?」

「なかなか戦い慣れしているようだな。それに、足捌きなどは武術の心得がある者の動きだった」

「……へぇ。そこまで見抜けるたぁ……ゼフィウス、お前スゲェな」

「そうか」


 正直俺がすごいのかは関係ない。むしろすごいのはエドガーなのだから。

 それにしても……順調に人類は自分の手で身を護れるように成長しているのだな。

 俺とエドガーがそんな会話をしていると、ついに俺の名前が呼ばれた。


「それじゃあ……次はゼフィウス! 行ってみるか」

「うむ」

「お! 期待してるぜ?」


 エドガーに背中を押され、カインのもとへ移動すると向かい側にはミリアの姿があった。


「む? 相手はミリアなのか?」

「そうみたいね」


 何と、俺の相手はミリアだったらしい。


「ミリアの戦闘というのには興味があるな。セオルドのは迷宮で少し見たが……」

「私もアンタの戦闘には興味があるし、お互い様ね」


 俺の言葉にミリアは軽く笑った。


「よし、それじゃあ互いに武器を用意しなさい」


 始まる前に軽く雑談しているとカインにそう告げられ、俺は腕につけた【携帯武器庫】から【折れぬ剣】を出現させた。

 その武器を見た周囲の生徒から驚きと困惑の声が上がる。


「え!? あれって……【折れぬ剣】よね?」

「あ、ああ。G級の中でも最下位に位置する【真理武装】だな……」

「大丈夫かな? 相手はあの・・ミリアさんだけど……」


 そんな周囲の声を気にした様子もなく、ミリアも自身の武器を出現させた。


「行くわよ? 叩き潰せ――――【グランドブレイカー】!」


 物騒な言葉と共に出現したのは、ミリアの身の丈を超えるほどの巨大な鎚だった。


「当たると痛そうだ」

「いや、当たったらそれじゃすまないからね!?」


 まあそうであろうな。

 とにかく、ミリアはあの巨大な鎚を使いこなすらしい。


「両者とも用意はいいな? では……始めっ!」

「やあああああああっ!」


 カインの合図で始まると、最初に動いたのはミリアだった。

 ミリアは巨大な鎚を持っているにもかかわらず、エドガーと同じかそれ以上の速度で俺に迫る。


「はああっ!」


 そしてミリアの間合いに入ると、ミリアは遠慮なく巨大な鎚で横から殴って来た。


「ふむ……」


 俺は取りあえずその攻撃を【折れぬ剣】で受け止めた。


「はあ!?」


 【折れぬ剣】とミリアの巨大な鎚が衝突した瞬間、大きな衝撃が周囲に広がった。

 だが、そんなことよりもミリアは俺が攻撃を受け止めたことで大きく驚いていた。


「アンタ、本当に無茶苦茶過ぎない!? 何で一歩も動かずに受け止められるのよ!?」

「経験の差だな」

「どんな経験すりゃそうなるわけ!?」


 悪態を吐きながらもミリアは即座に距離をとり、再び勢いをつけて殴りかかって来た。

 取りあえず攻撃は受け止められるが、はてさて……。

 少し考えた後、俺は再び殴りかかって来たミリアの巨大な鎚を剣で受け止めた瞬間、その衝撃を流しながら鎚の柄に沿うようにミリアへと迫った。


「なっ!? クッ!」


 反撃して来た俺を見てミリアは目を見開いて驚くと鎚の勢いを殺さずにその勢いに身を任せて俺の反撃を何とか躱した。


「……アンタ、やっぱりオカシイわ」

「そうか?」

「……はぁ。まあいいわ。明らかにアンタが格上のようだしね。胸を借りるわ」

「うむ、存分に貸そう」


 素直に自分より俺が強いと認めたミリアに、俺は少なからず驚いていた。

 若いころは自身の力を過信することも多いのだが、こうして彼我の戦力を見極められるのは戦士として非常に優秀な証拠だ。

 先ほどまで緊張した様子だったミリアも、俺を格上を認めてからは吹っ切れたようで実にいい動きをし始めた。

 ミリアの攻撃を一つ一つ受け止め、流し、反撃し……基本俺は受けの姿勢に徹し続けた。

 しばらくの間それを続けていると、ミリアの体力に限界がやって来た。


「はぁ……はぁ……残念だけど……私はもう……動けないわ……」

「そうか。では終わることにしよう」


 俺がそう言うとミリアは恨みがましい視線を向けてきた。


「はぁ……はぁ……何でアンタは……顔色一つ変わってない……のよ……」

「経験の差だな」

「だから……どんな経験よ……」


 苦笑い気味にツッコむミリアに、俺も笑みをこぼした。

 すると呆然と今までの戦いを見ていたカインが正気に戻り、終わりを告げた。


「はっ!? しょ、勝者ゼフィウス!」


 座り込んだミリアに手を差し伸べると、ミリアは一瞬驚いたようだがすぐに手を握った。

 そのまま立たせるとお礼を口にしてくる。


「ありがとね。アンタのおかげでまた強くなれた気がするわ」

「うむ、役に立てたのなら良かった。……ミリア。嬉しいかは分からないが、君は戦士としての素質が備わっているぞ。誇るがいい」

「アンタには手も足も出なかったけどね……」

「そう卑下するな。ミリアは【真理武装】の能力も使って居らぬではないか」

「……まあ使っても勝てなかったでしょうけど、私の【真理武装】で能力使っちゃうとグランドがメチャクチャになるからね」

「なるほどな」

「……まあいいわ。とにかく、ありがとう」


 そんなやり取りをしていると、周囲から拍手が起こった。


「す、スゲェ! あのミリアさんを倒しちゃうなんて……」

「でもミリアさんも途中からスゲェいい動きしてたよな!」

「私たちも頑張らなきゃ……!」


 どうやら俺たちの戦いは他の生徒にいい影響を与えられたようだ。喜ばしい限りだ。

 最初に観戦していた位置に戻ると、エドガーが目を輝かせながらやって来た。


「スゲェ……スゲェよ、ゼフィウス! あのミリアさんを倒しちまうなんて!」

「あの? 何だ、ミリアは有名人なのか?」

「有名も何も、一年ですでに【討滅者】の資格を持ってるのはミリアさんを含めて四人しかいないんだぜ? それを倒しちまうなんてよぉ!」

「なるほど」


 ということは、ミリアと同等かそれ以上の存在がまだ同じ学年にいるのだな。素晴らしい。

 それからしばらくの間エドガーにもてはやされながらも他の生徒たちの解説を聞き、その日の授業は終了した。

 睡眠に入る前は殺伐としていたが……若い気力とはよいモノだな。

 若者の輝かしい才能や元気を久々に感じた俺は、とても充実した一日を過ごせたのだった。

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