一
空を見上げる彼女を不思議に思った。
金曜日の放課後、帰路の途中にある畦道のちょうど四つ辻になっている場所で、堤詩雨は空を見上げていた。まるで何かを待っているかのようだった。だけれど、空から降ってくるものなんて雨とか雪とか、とにかく水分ぐらいだ。堤が雨を待ち望む理由はわからないから、きっと雨などを待っているわけではないだろう。というかそもそも、今日は晴天だ。雲一つないといってもいい。冬空真っ盛りだ。
木枯らしが吹き、ぼくは身をすくめた。それは堤も同じで、ぶるっと身体を震わせた。だがそれでも、空を見上げるのをやめない。いったいどうして、彼女は空を見続けているのだろう?
ぼくが近付くと、足音に反応して堤はぼくの方を見た。肩越しに振り返られ、ひとまず会釈をした。すると彼女も会釈を返してきた。じゃっかん彼女の頬が赤く染まっていた。ぼくはそのまま、彼女の隣をとおりすぎた。そのとき、「ソラミ」とつぶやく声が聞こえた、ような気がした。
いつもは下げている目線を上げて、空と地が半々で見えるようにした。そのまま歩き続けたが、青空には特に見栄えするものはなかった。
振り返ってみると、堤はとぼとぼと歩き出していた。なぜか、頬笑んでいた。
「ソラミ」
突然耳に入った言葉を反芻してみるが、いっこうにそれは謎を投げかけてくるばかりだった。
音階のことだろうか? ドレミファソラシ? ソラミ? だとしても、なぜ空を見ながら? それとも、「空」を「見」る。つまり「空見」、ソラミなのだろうか? でも、なんでそんなことを?
あのときあの場所には堤とぼくしかいなかった。ということは堤が発した言葉か僕が口にした言葉しか、人の声というものは聞こえてこないはずだ。ぼくは口すら開いていないのだから、「ソラミ」とつぶやいたのは堤ということになる。
でも、なんで?
私は空を見ているんです、とぼくに訴えかけたのだろうか? 何をしているのか不審がられないために? いちおう筋はとおるが、なんの説明にもなっていない。なんで空を見ているのか? いや、ぼくだって何気なく空を見ることはあるからそこに理由を見出そうとするのは野暮なのかもしれないが、あんなにまじまじと、それこそ何かを待っているかのように空を仰ぐことなんて、普通はない。すくなくともぼくには。
――それに、なんで堤は笑顔を浮かべていたんだ?
椅子にもたれて、背伸びをした。それまで向き合っていた机に対して垂直に向きなおり、天井を見上げた。白い。その先には青があるんだろうけれど、白に意味がないように青にも意味が見当たらない。
本当は、何を見ていたのだろうか? 何を感じていたのだろうか?
――……やっぱ、わかんないや。
ぼくは椅子から立ち上がってベランダへと向かった。
リビングの窓からは夕陽が射し込んでいた。オレンジ色と黒色が部屋の内と外を埋めていた。あいかわらず、空には雲の姿がない。快晴だ。
そんな日には星がよく見えて楽しいことを、ぼくは知っている。