3、青と蒼と碧
特に、前半がダラダラしちゃったかもです・・・
そして、蒼がなんだかいろいろかわいそうなことに
現在、午後7時。すっかり日は暮れ、外は真っ暗だ。学校の完全下校時刻はとっくに過ぎている。そんな時間帯に、俺たちは保健室にいた。
「っ、……いってぇぇ……」
「ふわ、ごめんね青志くん! 痛かった?」
俺は痛みに顔をしかめながら蒼を見つめかえして呟く。
「いや、大丈夫だけど……やっぱ沁みるな」
「ごめん、もうちょっと我慢して」
俺は蒼の言葉に顔を歪めたまま頷いた。俺はいま、蒼に怪我の手当てをしてもらっている。屋上から落ちてきた女の子を受け止めて転げ回った時にやはり顔を所々すりむいていた。腕や脚は制服の学ランやズボンに肌が守られて傷はついていなかったが、地面に打ちつけて腫れている所があったようだ。腫れている部分には湿布を貼ったり、顔の傷には薬を塗ったり絆創膏を貼ったりといろんな処置を施していた。
最初に俺は蒼に、傷の手当てくらい自分でやるからいい、と言ったのだが蒼は張り切ってしまったので手当てをさせてあげる事にした。蒼も世話好きな性格なのでそこは仕方ないのだろう。
と、それはいいのだが、顔の傷の手当てを蒼がするということは彼女の顔が間近に迫っているということで、ぶっちゃけ目のやり場に困る。いろいろダメになりそうだ。理性とか理性とか理性とかが。
「……よし、顔はこんなところかな」
と言いながら、蒼はようやく離れてくれた。彼女自身にそんなつもりは無いのだろうが、正直心臓に悪い。今の俺は息を荒げないように努めるばかりだ。自分がここまで女の誘惑に初心だとは思わなかった。見損なったぞ、俺よ。
「さ、次は腕出して」
蒼はさらに乗り出して言う。先ほど部活中に見せたようなおどおどした様子は見せず、動きがテキパキしてる。常にこのくらいハキハキとしてれば蒼は完璧なのにな、と俺は思うのだった。
そんなことを思ってる間に、蒼はパイプ椅子に腰かける俺の前にしゃがみ、俺の差し出した腕の腫れて赤くなっている部分に湿布やら固定用のテープやらを使って処置を施している。まるで幼い子供がプラモデルでも組み立てるときのような、わくわくした光を眼に宿している。俺としては、他人を世話するのがそんなに楽しいか、と聞きたくなる。
蒼は、実は将来の夢をもう決めている。すばり、看護婦である。そうなりたいと思ったのは親の影響なのかは俺には分からないが、確かに蒼には天職な気がする。彼女のその性格といい、技量といい、いろいろ向いてるとは思う。ただ、この子が看護婦になるにあたってのマズい点が二つ。一つは、さっきの俺のような初心な人間にとって、蒼の看護は正直、なんというか、刺激的すぎる。看護婦が患者の心臓を破ってしまっては元も子もない。で、2つ目は、
「あ、あれ? 湿布の張り方間違えちゃった……」
……蒼のスキル「天然」により、ドジって失敗しまくりそうなことだ。
「蒼、俺さ、湿布を裏返しで張る奴初めて見たわ」
見れば、湿布はゼリー状の薄い粘着面が上になり、その上を紙のような材質をした固定用の白いテープが横切って張ってある。肌にはほんのりと冷たい感触はあるのだが、もちろん患部は全く冷えてない。
「ご、ごめんね! いま取るから!」
コイツ、毎回謝ってるな……と思ったことは黙っておこ
「いってぇぇえええ!?」
心で思っていたことを言い終わる前に、蒼がテープを一気に引っ剥がしたものだから、痛みで思わず絶叫してしまった。せめて全部言わせてくれ、蒼。
「わぁ!? ゴメンね、私 焦っちゃって…… 痛かった?」
「いや、大丈夫だけどさ……次からはゆっくり剥がそうな」
「うぅ、赤くなっちゃってる……」
蒼は泣きそうな顔になりながら、俺の腕をその細い指でさすっている。確かに、テープが張ってあった場所が四角く腫れあがっている。看護婦志望が腫れてる場所を増やしたのにも問題はありそうだが、それ以上に今の蒼が本当に泣きそうだ。1日に2度も同じ女の子を泣かせるようなハメにはなりたくない。
「いや、大丈夫だからさ。もう一回張ってくれればいいし」
ひたすら声を優しくして言う。蒼本人はそんなつもりはないのだろうが気を使うのは少し疲れる。
「うん……青志くん、優しいね」
俺の声を聞いた蒼は潤ませた眼で俺を見上げてきた。その蒼の儚げな様子が俺の何かを再び逆撫でする。俺は思わず蒼から目を背けた。
「……やっぱり青志くん顔赤いよ?」
「いっ!?」
蒼の声に振り向くと、彼女は俺の前にしゃがみ込んだ状態から顔を乗り出して俺の顔を覗き込んでいた。物理的な意味なら、さっきの顔の手当ての時以上に顔が近いかもしれない。
「部活のときも赤くなってたし、風邪でも引いてるんじゃ……」
「い、いや全然平気だから! 元気すぎて爆発しそうなくらいですから!」
まぁ、さっきリア充として爆発しましたけどね~。って話は余計か。
「ば、爆発!? だ、だめだよ死んじゃうよ!」
そして真に受ける蒼。もはやここまで来るとバカなのかもしれない。少しは人の言うことも疑ったらどうだ、と思う。
「蒼、世の中には比喩というありがたい人類の発明があってだな」
「えっ? あ、なんだ、たとえの話か~。焦っちゃったよ……」
ふぅ、とため息をつく蒼。緊張の糸が切れたようにその場に突っ伏した。俺の顔を覗き込んだ状態から突っ伏すということは、つまり俺の膝の上に突っ伏すということで、それはつまり俺の脚に蒼が密着するということで、どうすればいいんだこの状況。蒼はまるで、授業中の居眠りのように腕を俺の膝の上に乗せ、その上にさらに頭を乗せている。仮に俺らが幼馴染と言えなくもない関係でも、いくらなんでもこれは無防備すぎないか。
「あ、あの、その、蒼……」
「え? どうしたの?」
そして、俺が気が付いた異常事態。さすがにこれは報告申し上げねばならないだろう。俺の声に呼ばれて蒼が俺を不思議そうな顔で見上げて来るが、依然として俺の言いたいことには気がつかないようだ。くっそ、コレあんまり女の子に向かって言いたくは無いのだが。
「その……胸が当たってる……」
「ふえっ!?」
言われて素早く頭を下に向ける蒼。彼女の着衣の上からでも分かるくらい大きな胸が、彼女の目の前で俺の膝によってむにゅっと潰れていた。さっき俺の腕を手当てするために俺の前にしゃがんで、そのまま乗り出してきたせいでこういう状況になってしまったのだろう。
「ひゃわぁぁあっ!? ご、ご、ごめんなさいっ!!」
「い、いや……」
蒼は絶叫しながらその場を即座に離れる。普段から赤い顔をしている蒼だが、今回のはそれを遥かに超えている。蒸気を顔から放出しそうなほど顔を真っ赤に染め、人間にそんな動きができたのかと言いたくなるほどの素早い動きで後退している。
と、俺は蒼に迫る危機を感じ取り、目を見開いた。
「あ、おま、ちょっ、あぶな――」
ガッツン!! と痛そうな音が響く。蒼は後退した結果、背後にあった本棚に後頭部を思いっきりぶつけていた。しかも、それだけに留まらず、本棚に並んでいた本たちがバランスを崩して前に倒れ、頭を打ってくらくらしている蒼の上に雪崩を起こした。
「きゃぁっ!?」
ドサドサドサ、とやかましい音を立てて本棚のほとんどの本が蒼の上に降り積もった。さすがに全身を隠すほどではないが、軽く生き埋め状態だ。
「え、え~っと……蒼さん……? 大丈夫ですか?」
一瞬のうちにいろいろありすぎて、またもや俺の頭が混乱している。蒼は気絶したのか何なのかは分からないが、へんじがない。ただのしかばねのようだ。どうすればいいのか分からないのでとりあえず、
「嶋原 蒼よ、安らかに眠りたまえ、アーメン」
「助けてよ!!」
手を合わせて追悼してみたらただの屍に怒られた。蒼はガバッと顔を上げ、辺りに数冊の本を撒き散らしながら生き還った。死者蘇生には成功したようだ。良かった天に召されなくて。
それにしても、蒼のツッコミとは珍しい。これはレアなものを見た。
「きゅぅぅ……」
あんまり聞かない唸り声をあげて、蒼は痛そうに顔をしかめ、後頭部をさすっている。ちょっと涙目になっているのも含めて、相当痛そうだ。
「―――大丈夫か、蒼?」
自分でも白々しいとは思ったが、一応心配して声をかける。
「う、うん、なんとか……」
「…………ううん……」
急に声が聞こえ、俺たち2人は飛び上がった。声の聞こえてきた方を見れば、ベッドの上で体操着姿の女の子がちょっと顔をしかめていた。例の俺が助けた女の子だ。彼女はしばらく瞼をぴくぴくと動かしていたが、やがて眠るように静かになった。それを見た蒼は俺の方を向いて口の前に人差し指を立てて、「しー」と息を漏らした。いや、どっちかと言うとお前が大きな音を出していた気がするのだが。
しかし、俺たちは思っていた以上に大きな音を立てていたようだ。今は夜の校舎で教師は職員室にいるようだが、俺たち以外の生徒はいないので余計に音は響く。ここからはもう少し静かにしよう。俺はそう心に誓いながら散らばった本を本棚に戻す蒼を手伝うことにした。
「……しかし、ここまで蒼が大きな音を立てても起きないなんて、本当に大丈夫なんだよな……?」
本を片付ける手を止めてベッドの上の少女を見つめ、俺は呟いた。蒼も拾い集めた本を胸に抱えたままその少女を見つめた。
「う、うん……大丈夫、だと思うんだけど……」
蒼が心配そうに呟く。保健室に少女を運んできた後に蒼にも一応診てもらったのだが、看護婦志望者の目から見ても特に怪我をしているわけではないようであった。少なくとも俺の判断よりは蒼の判断の方が信頼に足るはずだ。今は蒼を信じるしかない。
それにしても、事件から数時間が経過して完全に冷静さを取り戻してみると、少女はちょっと小柄すぎる気がした。この学校の生徒という推理が正しいのなら、最低でも俺たちと同い年なはずだ。それなのに中学生か、下手すれば小学生程度の身長しかない。これに気付いたのは、彼女をおんぶした時だ。彼女の身体は思っていた以上に軽かった。こういうのを幼児体型と言うのだろうか?
「この子……本当にどうしちゃったんだろう……?」
蒼は心底心配そうな顔を浮かべて少女の顔を覗き込んでいる。蒼は心配症な性格なためか、さっきの赤面が嘘のような顔色をしていた。ちょっと離れたところから見ているとまるで我が子を心配する母親のようにも見える。
今回の件は蒼の存在が多いに役立っていた。正直、俺だけだったらここまで的確な対処はできなかったと思う。あとで蒼には礼を言っておかないとな、と俺は思うのであっt
「ッひゃうわぁぁあああああああああ!?」
急に、そして再び蒼が絶叫した。肩をびくんと上げて、天高らかに(屋内なので天は広がっていないが)叫んでいる。蒼が何に驚いたのかは知らないが、俺も蒼の絶叫につられて驚き、彼女と同じく肩を上げてしまった。っていうか、さっき静かにしろと俺に合図送らなかったっけか、蒼さんよ。
「今度はどうした、蒼?」
ひとまず蒼に声をかけてみる。すると蒼は産まれたての動物の赤ちゃんのようにビクビクと震えながら、潤ませた目をこちらに向けた。(その姿が可愛いとか、要らんことを思った自分を後で成敗することにした)
そのまま蒼を見つめていたら、彼女はおそるおそるといった手つきで制服のスカートのポケットに手を突っ込み、何かを握ってそれをこちらに掲げた。彼女の手の中で白い色のケータイがバイブレーションによって震え、ブブブと微かな音を立てていた。誰かからの電話を着信しているようだ。
「………………、お前さっきの俺の電話にも、そんな感じのリアクションしたのか?」
「え、えっと、うん……。叫んじゃったかも」
ゴメン、「あたふた」どころの話じゃなかった。どうやら蒼の機械音痴は俺の想像をはるかに凌駕していたようだ。もうこれは機械恐怖症とかのレベルなのではないか。
そして、電話が来るたびにそんな大声で叫ぶのなら、マナーモードで着信通知をバイブにする意味がない気がする。
「お前ナースコールとか絶対ビビるよな」
「えっ?」
「まぁ、いいや。それより早く出てやれよ」
「で、出るって言ってもどれを押せばいいんだっけ……」
お前そんな状態でよくさっきの俺の電話に出られたな。
「……えっと、これかな? えいっ!」
「えいっ、ってお前……」
「あ」
「へ?」
蒼の間の抜けた声に、俺も彼女自身も言葉を失う。夜の学校の保健室に2人だけ。その2人が黙ると、押し殺したように静かな世界が広がった。そしてその世界に響く、蒼の携帯電話から微かに聞こえて来る「ツーツー」という音……
「切っちゃった……」
「お前すげーな」
俺は即座につっこんだ。あとで電話の取り方を教えて、今の電話の相手に折り返し電話させることにしよう。そう思って俺は蒼に近づいたのだが……
「ん?」
「ふえ? どうしたの?」
蒼が携帯電話から目を離して俺を見上げて来るが、俺は彼女の背後を見つめていた。彼女の背後、つまり、ベッドの上の少女を俺はじっと見ていた。今、明らかに少女が瞼を開いていて、慌てて閉じたのが見えた。まるで、寝たフリがバレそうになったかのように。
「………………」
「? ねぇ、青志くん?」
蒼がしきりに首を傾げているが、俺にはそれをかまってあげるほどの心理的余裕はなかった。俺の考えていることが正しいなら、どうやらシバかないといけない奴がいるようだ。
俺は無言で蒼の横を通り過ぎ、ベッドの前に立った。さて、どうやってこの女を叩き起こそうか。俺はいろいろ考えたあげく、少女の鼻をつまんだ。
「わぁっ!? せ、青志くん、何やってるの!?」
蒼が血相を変えて叫ぶが、俺は聞き流してそのまま鼻をつまんで塞ぎ続けた。
「……むぐ、うぐぐ……」
少女は微かにうめき声を上げ、無呼吸のせいかだんだん顔が紅くなってきている。彼女は鼻をふさがれてそれでもタヌキ寝入りを続けようとしたのだろうが、逆効果だった。本当に寝ていたのなら鼻を塞がれて呼吸ができなくなって、それでも我慢して寝続けようとするわけがない。鼻を塞がれていると分かった時点で跳ね起きるなりなんとか対処しようとするはずだ。寝続けようとする気持ちが仇になったわけだ。さしずめ、さっきこの子がうめき声を上げた時に実はもう目が覚めていて、それからずっとタヌキ寝入りをしていたのだろう。
少女の顔はそろそろ、さっきの蒼とは別の意味で、しかし負けず劣らず真っ赤になってしまっている。さすがにこれ以上は苦しそうなので俺はパッと鼻をつまんでいた手を放した。
「ぶあぁっ!!」
即座に少女は起き上がり、はぁはぁと息を荒げた。時々げほげほとむせかえっているのを見ると、相当苦しかったようだ。悪いことをしたかなとちょっと罪悪感も感じたが、同時にそこまでタヌキ寝入りがバレたくなかったのかと呆れもした。
少女は涙目になりながらこちらを少し恨めしげに見つめて来る。その少女の眼と俺の目が合い、俺は息を飲んだ。なぜなら、彼女の眼は、
澄んだ水晶のように碧かったからだ。
彼女が落ちて来た時に俺が感じた、彼女の特徴。彼女は遺伝子レベルで髪も肌も白い。しかし、遺伝子レベルで違うのはそれだけでなく、眼の色まで違ったのだ。もう、ここまでくればやはりこの子は外国人なのか、それともハーフかもしれない。でもその割には、顔立ちは日本人っぽい気がする。鼻が低いというかなんというか。なんだか色と形がその辺ちぐはぐに見える。やはりハーフだと捉えるのが一番妥当なのだろうか?
「よぉ、寝覚めはいかが?」
俺はあえて明るく話しかけてみた。しかし話しかけてすぐに、もし外国人ならそもそも日本語が通じるのか? と心配になった。それに対し少女は俺と蒼を交互に見すえて口を開き、ぽふっとベッドに横たわった。
「寝るな、起きろテメェ」
即座に罵倒したが、彼女は俺の言葉も無視して再びタヌキ寝入りを始めてしまった。いや、無視したのではなく言語が通じなかったのかもしれない。どちらにせよ、起きてもらわねば話も進められないので叩き起こすしかない。
しかし、さすがにまた鼻をつまんで塞ぐのは酷いかな、と思ったのでそれは止めた。さっきのもやりすぎた感が否めない。やはり相手が起きていると100%分かっているこの状況なら言葉で解決すべきだ。日本語が通じるのかのテストにもなりそうだし。
「また鼻つままれてぇか?」
俺の声を聞いて、凄まじい速度でガバッと跳ね起きる少女。そんなに苦しかったのね、さすがにちょっとやりすぎたかな。反省すべきだな、これは。
ともかく、日本語は通じるようだ。ますます俺の中で彼女はハーフである、という仮説が濃厚になっていく。いや、日本語を話せる外国人っぽい外見の人ならハーフだっていう理論はさすがに語弊があるだろうけども、やはり日本人っぽい顔立ちが気になる。
少女は可愛らしくビクビクと怯えた碧眼で俺を見つめ返して、口を開いた。
「もぉ、止めてよ。あたし、あんなに喘いだことないんだよ? 襲うならもうちょっt
「言い方考えろてめぇ」
開口一番に変なこと言いだした。何この子怖い。
顔は幼児体型も相まってなかなかに可愛らしいのに、そんなことを言っては台無しだろう。でも、まだこのくらいなら下ネタではなく偶然そういう言葉を選んでしまった可能性もあ
「ヤるならもっとゆっくり穴に的を絞らないと主導権は奪えないよ?」
「……うっせぇ黙れぇぇえええ!!」
「せ、青志くん落ち着いて!!」
逆に煽られた俺を蒼が制する。この子の変態発言は確信犯だ、ぜったいそうだ。
なんだか、もの凄い女の子に出会ってしまった高校1年生の春である。