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天使の鳥かご  作者: UMA
3/6

2、飛べない小鳥

 空は紅い。沈む太陽に染め上げられた紅がどこまでも広がり、映えわたる空には(カラス)がカーカーと優雅さのかけらも無い鳴き声を響き渡らせながら飛んで行く。その目の前の空を飛ぶカラスを俺は見上げ睨みつけた。そして、肩を落としてため息をつく。

 あれから、なんとか蒼を泣き止ませ、高安を口封じしてから何度かハードルを跳んでみたのだが、やはり結果は同じだった。1回目はインターバル(ハードルとハードルの間)での歩数が合わず3本目のハードルで止まった。2回目は5本目。3回目は珍しく走り切れた、と思って走り切って振り返ってみればハードルのバーが全部撃沈。一応ルール上はハードルを倒してもペナルティは無いのだが、ハードルに引っかかった分だけ減速するし、リズムが崩れれば、それだけで全体的なタイムも一気に遅くなってしまう。そもそも「珍しく走り切れた」とか言ってる時点でハードル選手として落第なのだが。

 いくらなんでもこれはやるせないので、なんとか跳べないかと部活終了してもしばらくは跳び続けた。それでも結果は同じだった。最高記録は、走り切った時にハードルは3本だけが立っていた。本来、「ハードル走」って走り切った時に何本倒れずに残っているかの競争だっけ、と自分に問いかける結果となった。

 はぁ、ともう一回ため息をつく。なんでここまでスランプに陥ったのか。いやまぁ、スランプなどというものはなんで陥るのか分からないからこそ直し方も分からないものだろう。

 蒼や高安は部活終了と同時に陸上競技場を離れてしまった。2人とも俺の自主練に付き合うとも言ってくれたのだが、それは断った。俺としてはその申し出はありがたいのだが、あんまり性格的に練習してる姿をじろじろと見られたくは無い。例えが悪いが、トイレで用を足している時に後ろに並ばれると、出る物も出なくなるのと同じかもしれない。俺は比較的本番には強い方だと思うが、逆に言えば練習には弱い(●●●●●●)。「練習は本番のように、本番は練習のように」と言うが、それが出来たら世話ない。大体、それを今の俺が決行したら俺は大会でハードルを全滅させる快挙を成し遂げることになるだろう。


 そんなわけで、1人で部活後の自主練習を終え、1人で俺は陸上競技場を後にして羽間(はざま)高校に戻ってきたのだ。部室で着替えて制服に着替え、俺が最後の1人なので部室の鍵をかけた。そして、鍵を先生の元に返して校舎から出てきて、今に至る。今は夕暮れに染まる校舎に沿ってどこに向かうわけでもなく歩いている。とりあえずハードル スランプの話は置いておいて、今は今日これからを生きる事を考えなければ。

 蒼はどこへ行ったのだろう。彼女の家に間借りさせてもらってる以上、彼女よりも先に帰宅、というのは礼儀知らずな気がする。そう思って、俺は真っ先にポケットに手を突っ込み、ケータイを取り出した。(我が羽間(はざま)高校はケータイは持ち込みOKだ) 二つ折りになっている携帯電話の境目に右手の親指を入れて弾いて開き、アドレス帳から蒼を選び、受話部を耳にあてがった。そして5,6回のコール音の後、がちゃりと音がして、


『はわ、ひゃい、もしもし!』


 と、慌てた声が聞こえた。いつもドンくさい蒼のことだ。急に鳴ったケータイにびっくりしてあたふたする彼女の様子が目に浮かぶようだ。


「お前、もうちょいケータイに慣れた方がいいと思うぞ?」

『ふわ、あれ、その声、青志くん?』

「いや、お前ケータイ鳴った時に相手の名前出るだろ見てないのかよ」

『あ、そうなんだ……』

「そうなんだってお前……」


 コイツの機械音痴もいい加減治らないものだろうか。


「まぁ、いいや。お前、今どこ?」

『あ、うん。いま保健室。お手伝いしてるの』

「やっぱりか。俺もそっち行こうか?」

『ううん、いいよ。大丈夫。青志くんは先に帰ってて』

「いーって、どうせ帰っても暇だし。俺が手伝えるようなこと無くてもそっち行って待っててやるから」


 帰ってもグダるだけだし。


『……そう? 青志くんがいいならもちろん止めないけど……』

「はい、決定。じゃあ今からそっちに行くから。んじゃな」


 そう言って俺は電話を切るべくボタンを押そうとした。が、


『あ、青志くんちょっと待って!』


 という蒼の声が聞こえて再び受話部を耳に当てた。


「なんだよ?」

『あ、うん。別にこれ、今言うことでもないかもしれないけど、面と向かうと恥ずかしくて言えなくなっちゃうかもだし……』

「前置きはいいから。なに?」



『……うん……あのね、この前のことなんだけど……ゴメンね?』



 蒼が声のトーンを落として謝罪した。やっぱりそれが気になっててさっき泣いちゃったわけね。


「いや、気にしてねぇよ。それより……俺こそあんなこと言ってゴメンな」


 俺も声を落として言った。


『ううん、謝ることないよ』

「うん……でも……ゴメン、やっぱり……」

『……そっか』

「……悪い」


 俺は、心底申し訳なく呟いた。受話機の向こうで蒼がどんな顔をしてるのか、考えるだけで胸が痛む。


『確かにショックだけど……でもたぶん大丈夫』

「…………」

『……あ、なんか暗くなちゃったね。明るく行こ?』


 蒼は声のトーンを戻してそう言ったが、若干声が震えているように聞こえた。そんな自分を噛み殺したような声で言われても、余計に切ない気分にしかならない。でも、蒼ががんばって明るく振舞ってくれているのだから、それを無駄にしてはいけない、とも思った。


「……そうだな、笑うならこの青志さんの専売特許だぜ!(?)」

『あはは、なにそれ!』


 蒼は笑ってくれたが、もちろん電話で顔は見えない。なんか悔しい。


「んじゃ、そろそろ電話切るっ…………え?」

『? どうしたの?』


 蒼が怪訝そうに聞いてきたが、無視した。今、俺は校舎の外壁に沿って歩きながら蒼と通話してるわけだが、その俺の視界に何か黒い影が落ちた。10、20メートルほど離れた先のアスファルトに落ちて数回バウンドしたそれは、目を凝らせば学校指定の内履きであることが分かった。


「なんであんなモノが上から……」


 急な出来事に俺の頭は状況を飲みこんでくれない。靴が落ちてきた元をたどって上を見上げて、


「ッ!!?」






 校舎の屋上から人間が落ちて来るのが見えた。






『ねぇ、何かあったの、青志く―――

「――――――くそったれが!!!」


 俺は叫んで、駆けだした。無意識のうちに手に持ったケータイも肩に下げたショルダーバッグも横に投げ捨てて。

 背中から落ちて来るその人間は、まるでマネキン人形のように全く動かず、空気抵抗で着ている服がバタバタと波打ち、長めの髪がさらさらと上に逆立っている。髪のせいで顔は見えない。

 俺は脚を必死に動かして地を蹴り走る。しかし、どう考えても落下までには間に合わない。

くっそ! もっと動けよ、動いてくれよ!

 そう身体に言い聞かせるが、脚がもつれそうなほどピッチを上げるが、スピードが出る気がしない。明らかに自由落下の方が早い。

くそ……ッ!

 落ちて行く人間と地面との距離が凄まじいスピードで縮んでいく。そいつと地面との距離が俺の身長程度になったとき、俺はとっさに思い切って、落下地点2メートルほど前から大きく腕を伸ばして跳躍した。


届けぇぇえええッ!!




 俺とその人間はゴロゴロとアスファルトを数メートル転がり、静止した。


「はぁ、はぁ、……ぐぅ……っ」


 俺はそのまま、しばらくは何もせずにアスファルトの上に横たわっていた。仮にも1人の人間が3階建ての校舎の屋上、言いかえれば建物4階の高さから落ちてきて、それをフライングキャッチしたのだ。その運動量は想像を絶していた。転がることで多少はその運動量を逃がせたのかもしれないが、それでも身体への負担はものすごかった。腕や顔を所々打ったりすりむいたりして身体は傷だらけであることが、目で確認せずとも感覚で十二分に分かった。


「……ナ、ナイスセーブ、俺……」


 平常心を取り戻すために、起き上がりながら自分を褒め称えてみた。そして、自分の下を見下ろして目を見開いた。


「おぶあぁぁあああっ!?」


 俺は叫びながら、地を這いずるようにしてその場から離れた。自分の下に人がいたことを忘れていた。傍から見れば、人を助けておいてその人に驚き、慌てて離れたように見えて奇妙であっただろう。さっきの蒼のようなことをしてしまったものだ。

 冷静になって来てみると、なんで助けた人がずっと喋らず動かずなのかと気になったが、どうやら気絶してるようだった。それが落下した際の恐怖心からなのか、俺が受け止めて一緒に地面を転がった際に頭のどこかを打ったからなのかは分からない。でも、後者の場合は問題だ。最悪の場合、助けたのに重傷、なんてこともあり得るかもしれない。


「って……」


 俺は自分が助けた人間をまじまじと見て、驚いた。


「おん、なのこ……?」


 そう、俺が助けた相手は女の子であった。なにか根拠があってそう思ったわけではないが、ずっと男だと思ってしまっていたのだ。

 その子はクリーム色の髪(ぱっと見でそう見えるだけで、実際は薄い金髪のようだ)に赤い体操着、という格好だ。肌は信じられないくらい白く、それが夕日に照らされて紅く染まっている。でも、この子の肌の白さは蒼のような単なる色白とは違う、と思う。もっとこう、遺伝子レベルというか、人種レベルで違うように見える。まるで白人のような白さをその子は持っていた。もしかしたら、髪が金髪という日本人っぽくない色をしているせいでそう見えるのかもしれない。

 その子はまるで眠るように目を閉じ、そこに倒れている。胸がわずかに上下に動いているのを見れば、とりあえず息はしているようだった。いろいろ見回しても、特に怪我をしている場所は無いようだった。見ただけなら、の話ではあるが。

 しかし、改めて考えてみると、今の自分は無防備にすうすうと寝息を立てて寝ている女の子を舐めまわすように見つめる一般男子学生A君(15)だ。こんな所誰かに見られでもしたらたまったもんじゃない。


「……なんかデジャヴだ」


 ぽつりと呟く。さっきの出来事がなんだか遠い昔の出来事のように感じる。


「それにしても、コイツ、どこのどいつだ?」


 除々に冷静さを取り戻していく頭に浮かんだ疑問を口にしてみた。体操着はこの高校指定のモノで蒼が着ていたのと同じモノのようだ。つまり、ここの生徒、ということはほとんど間違いないだろう。 と、そこまで考えて、そもそも学校の屋上から落ちて来るような奴が学校外の人間だったらそれこそ何事だ、となることに気がつく。


「……、あ」


 不意に声を上げた。体操着を見つめて女の子の身元を推測していたわけだが、よく見ると彼女の体操着がかなりはだけている。特に体操着の上着であるジャージのファスナーが下りすぎていた。見る角度さえ変えればいろいろ見えてしまいそうなほどに。


「…………」


 っていうか、だ。さっきから手のひらになにやら柔らかいものを掴んだ感触が残っていることに気がつく。さっき落ちてきたこの子をジャンプして受け止めたときに、もしかして……


「…………だぁぁあああ!! もう、くっそぉ!!」


 なに俺は初めて見た女の子に欲情してるんだ。俺はそこまで変態じゃない!! そのはず! きっと。たぶん…。おそらく……。


 俺は冷静に、あくまで健全に、紳士として振舞い、変なところが見えないように彼女のジャージのファスナーを上げた。そして、欲情する前の話に脳内を戻すことにした。

 この学校の体操着を着ているということ、屋上から落ちてきたこと。これから考えてこの学校の生徒であることは間違いない、と思う。制服ではなく体操着ということは、この子も何かの部活の帰りなのだろうか。いや、何があったにせよ屋上から落ちて来るような奴が悠長に部活に出るものなのか?


「そもそも、なんでコイツ、落ちたんだ?」


 再び疑問を口にする。真っ先に思いついたのは、自殺。あんまり考えたくは無いが。他にあるとすれば、いじめられて跳び降りろと脅迫されたとか。何があったにせよ、少なくともこの子が幸せであったとは考えにくい。何らかの理由で死のうとした、と考えても行きすぎでは全くない、と思う。死のうとしてなかったとするのなら、誤って落ちたとかもありそうだが、屋上にはもちろんフェンスがあるのでそれをよじ登って誤って落ちた、とは考えにくい。


『~~!? ―――!!』


 不意に、かすかな声が聞こえた。本当にかすかでわずかだったが、確かに聞こえた。顔を上げて辺りを見回すと、10、20メートル後方の地べたにケータイ電話が落ちていた。女の子を助けるために走る前に投げた、俺のケータイだ。どうやらまだ通話状態になっているようだ。 俺はケータイの所まで駆け寄ると、拾い上げてまた受話部に耳を近づけた。


『おぉぉおおおい、青志く~~~ん!!!!』


 途端に後悔した。蒼が電話の向こうで鼓膜を破らん限りの大声を張り上げていた。数十メートル先にまで届く声を耳元で叫ばれて、よく俺の鼓膜も耐えたものだ。


「あ、蒼……もう叫ばなくていいから」

『聞こえて――― あ、青志くん、やっと戻ってきた?』


 蒼は声の音量を下げて言った。


『それより、どうしたの? 何かあった?』

「あぁ……人が落ちてきた……」

『お、落ちてきたぁ!?』


 先ほどまでとは言わないが驚きで大声を張り上げる蒼。まぁ、誰でもびっくりするわな。俺も落ち着くのにだいぶ時間を要した。


「うん……でさ、今はそいつ、気絶してるみたいなんだ」


 俺はショルダーバッグを拾い上げて再び落ちてきた女の子の元に歩きながら状況を報告した。


『……で、でもなんでそんなこと……』

「俺も分かんねーよ。いきなり落ちてきてなんとか受け止めて、その時にはもう気絶してたし」


 まぁ、その子に欲情してしまった話は伏せるとしよう。


『と、とにかくその人保健室まで運んで来れない?』

「分かった。やってみる」

『うん。じゃあ、あとでね』

「了解」


 そう言って、俺は電話を切った。そして、女の子を見下ろす。


 俺は、コイツのことを全く知らない。いきなり降ってきた少女。そこに俺はどこまで関わって良いのだろうか?


「……は、上等じゃねぇかよ。こんな俺がどこまでできるかなんて知らないけどな、ここまで来たら限界まで逝って(●●●)やるよ」


 自分に言い聞かせるように俺は呟いた。そして、全く自力で動こうとしない少女の身体に苦労しながら背中におんぶして、保健室目指して歩き出した。

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