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短編

悪役令嬢と謗られ婚約破棄の末にデブの中年男性と結婚させられた

作者: 御仕舞
掲載日:2026/05/24







 嵌められた。



 次期国王の婚約者で苦労してきたから、婚約破棄されて肩の荷は下りたよ?

私に王妃の器ある?正気?と思ってたから、王家も正常な判断ができたんだなって納得はした。



 でも、まさか破棄の責任をこっちに転嫁してくるとはね、いやー参った参った。

さすが権力者というか、私がビッチな上に、王子様の想い人で聖女と名高い民衆人気抜群の女性を貶しめるために暗躍してたなんて話が国中に蔓延してるんだもんな、すごい手腕だわ。



 根回しは完璧な上、最終的に王家主催パーティでの断罪でしょ?

アウェーの中での言い訳は無理。

更に根回しは私の家族にまでされてるんだから、私だけ除け者かよ、やってらんねー。

私にもちゃんと根回ししてほしかったわ。



 聖女の慈悲笑とやらで、なんとか処刑は免れたけど、辺境貴族で金だけは持ってる中年デブ親父に厄介払いされたんだから、悪役は辛いね。

悪役が痛い目に合わないと民衆も溜飲が落ちないから仕方ないんだけどさ、中年親父も巻き添えで私を引き取るっていう罰を受けてるんだけど。



 いやいや、でも恋愛小説読んできた私にはわかるよ。

中年親父っていっても、ダンディなんだろ?

性格が不器用なばかりに、領民たちに誤解されているいい男なんだろ?



 って、思ってた時期もあったよねー。

愛人が何人いるのかわからないくらい金に物を言わせて女を食ってる親父で、私より20も30も年上だって、聞いてないのに嘲笑交じりに親切な方々が教えてくれたのだ、みんなありがとー!



 そんなにお盛んなら私に手を出す必要ある?と、思うじゃん。

理屈じゃないんだ。

貴族の血が流れている子が欲しいとか、そんなちゃちな理由じゃねえ。

あのでっぷりしたお腹からわかるだろ?

出せば食べるんだ。



 そんなわけで、結婚初日から痛い目に合された私だったけど、全く持って不満なことに私があんなに痛がり、大騒ぎし、五月蠅さのあまり奴が手をあげたのにも関わらず、未だに奴からもビッチ扱いされていることである。

純潔だったのは嫌と言うほど奴にわからせたつもりだったのだが、解せん。

私ほど貞淑な貴族女性はいない。



 あと、寝床でもどこでもバシバシと、壊れた機械を直すように私を叩くのはやめろ。

叩いても直らん、それは迷信だ。

金持ちな癖にドケチなため、奴の許可なく買えないし、敷地外は面倒だから出れないし、暇である。



 かといって、図書室に籠ろうとすると、奴はどうやら前時代的な思考の持ち主らしく、女に知識はいらねえと言う。

まったく、読書をしたからと言って、知識が身に着くと思ったら大間違いだぞ。



「確かに貴様は馬鹿だ」

「そういうお前も馬鹿だから」

「夫に向かってその口の聞き方は何だ!!」



 また、私の頭を叩いたよこいつ。

まずもって他人に手をあげる人間って最低である。

どうすんの、こいつ、いいとこないじゃん。

だから、私なんかを娶るはめになったのだ、自分の行いを反省してもいい頃だろ。



「間違ったわ、本心が零れちゃった。そうじゃなくて、暇なんだって、わかれよ」

「貴様、よくも僕に向かってそのような口を!」



 脂肪ばかりで筋肉ないから、力は弱い。

押し倒されると体重差で負けるんだけど、押し倒されなければいい勝負ができることを最近学んだ。

夜は比喩ぬきでプロレスである。



「人が仕事に忙殺されているというのに!わざわざ時間をとった僕への感謝の言葉すらないのか!!」



 つったってなー。

私がこいつに感謝することある?

引き取ってくれてありがとー!とか?

トータルすればマイナスじゃね?



「むしろお前が私に感謝すべきでは?」



 一か月もお前の性欲に付き合い、暴力にも耐えた健気な妻だぞ?

何が気に食わないんだか、地団太を踏むなよ。



「ごめんごめん。お前じゃなくて、ダーリンだよね!」



 足踏みが止まり、床に視線を落とし黙り込むデブ。

床を壊されるんじゃないかと心配して遠巻きに見ていた使用人たちの目が生ぬるいものに変わる。

何だよ、この呼び方も気に食わないのか、甘やかされて育ったのは分かっていたが我儘な奴だ。



「あまり怒っていると血圧上がるぞ、年なんだから」

「僕はまだ30だ!!」

「いや30歳は十分…嘘嘘!まだまだおじさんじゃないね、わかーい!!」



 新婚一か月目で知る新事実である。

太っているせいか、目の下に隈があるせいか、もっと老けて見えた。

女遊びを控えて素直に寝たらいいんじゃないですかねえ?



「もー話逸れたじゃん。だからさあ、こっちは本で妥協してやるって言ってんの。素直に図書館入れろよな」

「…暇なら裁縫すれば良いだろ」

「はあ?私の不器用さ舐めてんの?」



 奥様奥様、といつも夫の側で存在感を消している初老の執事が私を手招きする。

毎回何なんだ、この茶番は。

自分で言えないことを執事に言わせるという謎の儀式である。

こうやって周囲が甘やかすからいけない。

しかも私がなかなか理解しないから、どんどん言い回しが直球になってきている。



「旦那様はハンカチに名前を縫っていただきたいのですよ」

「何で?プロに頼めば?」

「奥様が愛情をこめて名前を縫うことは新婚夫婦の間での流行ですから」

「あい…?」



 あまりにも馴染みがなさ過ぎて、理解しかねたわ。

あはは、と笑いながら、そっぽを向いている夫の肩を叩く。



「愛だって!」

「…何故笑う」

「はは、は?」

「夫婦だぞ」



 そっぽを向きながらも、もともと丸い背中が更に丸まり、傍目から見たら大きなボールである。

声音も暗くなり、予想していた反応と違うことに戸惑う。



「え?だって」



 愛という言葉ほど私たちにとって縁遠いものはないじゃん、と言える雰囲気ではないことぐらいは私とて理解できた。

遠巻きに使用人たちが拳を握りしめて、ハラハラと私たちを見ている意味はわからないが。



 愛、愛ねえ。

頭をポリポリと掻く。

私は、そもそも婚約破棄された身だし、家族にも見放された程度の愛しか知らない。

それは旦那様にも言えたことだ。



 旦那様は人間の男女から生まれたはずだから、父母がいるはずなのに、死んだ話も聞かないのに、生きてる話も聞かない。

家族愛に縁がないのはお互い様。



「…あのさ」



 私は慎重に口を開いた。



「『愛』って、その…王妃教育で習ったような、国の安定のために相手を受け入れる義務感みたいなやつ? それとも、娼館で女たちに振りまいてる甘言のこと?」



 沈黙が流れる。

夫は丸まったまま動かない。

老執事が小さく悲鳴じみた息を吸った。



「…どっちも違う」



 低く、震える声だった。



「ただ…名前を縫ってほしいだけだ」

「なぜ?」

「…流行りだから」



 流行り、ね。

俯いていた旦那様が少しだけ顔を持ち上げ、私を見上げる目は、どこか子供のような脆さがあった。

金と権力を持ちながら、なぜこんな孤独な目をできるのだろう、と私は考えた。

考えても詮無いことだ。

私には他者の心を慮れるほどの経験も、思いやりもない。

だから婚約破棄されたんだけど。



「奥様に誤解されたままで旦那様よろしいのですか!一途に奥様に操をたてておられると!愛人など旦那様には」

「黙れ!」



 私に聞かせるように言ってるのか。

内輪の喧嘩はよそでやってくれ。

夫は顔を赤らめ、まるで小さな少年のようにぷいっとそっぽを向いた。



「余計な口出しをするな」

「しかし旦那様!このままでは本当に誤解されたままに」

「構わん!」

「誤解というか、だって初夜の時手際悪くて『落ち着け、童貞か?』って聞いたら、『どど童貞ちゃうわ!毎日とっかえひっかえ愛人と遊んどるわ!』って言ってたじゃん」



 使用人が、「あちゃー、旦那様そんなこと言っちゃったの?」と目も当てられないとでもいうように、コソコソと話し出す。

「男の見栄張るところ違うでしょ」「でも初夜で手際悪いと言われた旦那様の気持ちは」



「うるさい!うるさい!」



 夫が耳まで真っ赤になりながら両手を振り回した。



「旦那様は、奥様に対してどうしても格好をつけたかったのでしょう」



 執事が同情心たっぷりに補足した。



「幼い頃から周りの人間に『将来の当主だから』と常に完璧を求められ、弱みを見せることを極度に恐れているのです」



 つまりどういうこと?

女遊びしてたら、カッコつくの?



「鈍感女!」

「一方で、旦那様は、あなた様に対してだけは、本当はありのままの自分を見てもらいたいと願っておられるのです」

「ダブスタってことぉ?ありのままの自分って、脂肪タプタプの体だったら嫌というほど見させられたけど」

「そうではなくてですね…。つまり、あなた様に愛されることを、心の底でずっと夢見ておられるのですよ」

「あいぃぃ?!」



 執事が言ってることは本当なのか、旦那様の様子を伺うが、項垂れていて真意が分からない。

耳朶はまだ赤いままだ。



「つまりあの夜の愛人のくだりは全部嘘です。旦那様はこの十年間、奥様だけをお慕いしておりました。あの暴言は、緊張と混乱の中でつい出てしまったのです」」

「嘘なの?!何のための嘘?!10年はどこから引っ張り出してきたの?!え、え?よくわからない、これが辺境の文化?王都では聞いたことないですね」



 夫の体が小刻みに震え始めた。

両手を握り締め、唇を噛みしめている。私は慌てて手を振った。



「ごめんごめん!怒らせるつもりは全然ないんだけど!ただびっくりして。だって毎日べしべし叩いてくるし、私が驚いたって仕方ないよね?それに、お慕いって…執事さん、それは大げさすぎ」

「どう接すればいいかわからなかったんだ!お前は本来であれば王妃になるはずで、僕はこんな醜く…金だけはあるが…」



 声が上ずり、涙声になった。

使用人たちが悲鳴に近い囁きを漏らす。

執事は静かにハンカチを取り出し、目尻を押さえている。

謎の愁嘆場に、私を置いて、皆どこに行ってしまってるの?

夫が震えながら続けた。



「それに…手慣れたふりをしなければ、怖がらせてしまうと思った。初めてだからこそ…」

「え、初めて?筆下ろし教育とかは?娼館とか行ってたんでしょ?」

「行ったことなどない!」



 夫が顔を上げ、目には本物の涙が溜まっていた。



「他の誰にも触れたくないんだ!…お前だけなんだ」



 そこで彼は言葉を切り、咳払いをして背筋を伸ばした。

そして、これまでの傲慢さとは打って変わった、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと私の手に触れた。



「僕はこの十年、王宮でお前に出会って以来、ずっと…好きだった」

「…え?」

「姿絵だって部屋に貼ってある。料理人も君が好きそうなメニューを研究している。君が好きな菫の香油も、君が来る一か月前から探して」



 その言葉を裏付けるように、壁際にいた料理長が、深く頷いて胸を叩いた。

老執事も涙を拭いながらコクコクと頷く。

目の端に映る侍女たちはハンカチを取り出して泣いている。



私は呆然と立ち尽くした。

胸の中に様々な感情が渦巻いた。

驚き、困惑、そして、奇妙な暖かさ。

十年間も片思いをしていた?

乱暴な態度は全て、不器用な愛情表現だった?照れ隠し?



 いやいやおかしい!

私は首をふる。

危ない危ない、愛に不慣れなのは私も同じこと、たったこれしきの告白で、好きになってしまうところだった。チョロすぎる。

私が首を振ったせいか、旦那様は自身の愛を否定されたかと顔を青ざめているし、丸まった背中がさらに小さくなり、今にも崩れ落ちそうだ。

いやそう言われてみると、脂肪はついてるけど、顔立ちは整っているような…なんか煌めいて見えるような…いやいやいや!



「ちょ、ちょっと待って。整理させて。要するに、私のことが好きすぎて、拗らせて、あんな暴力的だったってこと?」

「…そうだ」

「普通に告白してくれたらよかったのに」

「できるか!お前は王太子妃候補だぞ?!」



 旦那様が力強く机を叩いた。



「僕が求婚したら王都中の貴族連中が僕を袋叩きにする!だからお前が『王家から追い出される』と聞いた時、これは運命だと…!」



 それで強引に婚約結んだと。

私がこいつと婚約を結んだと告げた時の、クソ王子とクソビッチのざまぁみろとでも言うかのような馬鹿にしたような顔を思い出す。



「ていうか、あなた十年?てへへ。…わ、私をす、好きだったのに、なんで初夜あんなに乱暴だったの?血出たんだけど!」

「…あのな、初めての女性というのはそういうもので」

「翌日微熱も出たよ!」

「す、すまなかった。負担をかけさせたな。でも僕は好きな人間以外触りたくなかったんだ。練習と嘯いて他の女に触るなど」

「触ったら許さないから」

「触るわけない!」



 彼が勢いよく顔を上げた。

涙と鼻水でぐしゃぐしゃでみっともなかったけど、強い光を宿した瞳は吸い込まれそうな魅力があった。



「お前が世界一で一番好きだ!」



 私は一瞬言葉を失った。

使用人たちは息を飲み、執事はハンカチで目を押さえながらも、「よく言いました!」と口パクで褒めている。



「…あ、あなたの気持ちが本当なら、これからは暴力はなし。愛人云々の嘘も二度と言わない。そして、私にハンカチを縫ってほしいなら、素直にそう頼んで」



 旦那様は唇を噛み、それからゆっくりと頷いた。



「わかった」

「それから、もし本当に私のことが好きなら、もうちょっと痩せよう。健康のためにも」

「そ、それも、お前が言うなら」

「本当に?」

「努力する!」



 私は長いため息をつき、それから微笑んだ。

王族との婚約破棄から始まった一連の人生の大転換。

でも、なんだか、悪くなくて、頬が熱くなるのを感じる。

調子が狂うなあ、まったく。



「じゃあ、まずはハンカチね」

「え?縫ってくれるのか?」



 旦那様が信じられないという顔をする。



「私は手際が悪いから期待しないで。どの布がいいの?色は?」

「お前の好きな色で」



 窓から差し込む陽光が、旦那様の額にかかる金色の髪を柔らかく照らしていた。

ふと、十年前に王宮で見かけた、まだ痩せていて、どこか自信なさげに立っていた若い貴族の姿を思い出した。



「じゃあ菫色にしようかな。私の好きな色」



 あの時見た花の色。

王妃教育で泣いていた私に渡してくれた菫の花は、そのまま栞にして今でも使っている。



「うまくいかなくても笑わないでよ」

「笑わない」



 旦那様は真剣な顔で答えた。



「どんな作品でも、僕にとっては宝物だ」



 旦那様の顔に、穏やかな微笑みが浮かんだ。

それはどこか少年のような、無邪気な笑顔だった。

執事も侍女たちも、壁際に立ったまま、しかし決して邪魔をせず、温かい眼差しで私たちを見守っていた。

まるで一つの絵画のような、穏やかな時間。



 私たちの新しい日々は、こうして一歩一歩、不器用ながらも確かにつづられていくのだろう。






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結果オーライw でも王家と聖女には大バチが当たれ
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