第七話:危険な儀式と決意
執務室にはエドワード大公とリアナそれにエルザが着席していた。
「戴冠式の前に、お前たちに伝えておかねばならぬことがある」
エドワードの声が低く響いた。成人式を間近に控えた双子の王女を前に、彼は一枚の古びた羊皮紙を広げた。
「アストレア王国の古きしきたりによれば、継承権を持つ者が複数いる場合、一人が王冠を戴く前に『王位継承の儀』を執り行わねばならぬ。だが、これは極めて危険な試練だ。過去、命を落とした王族も少なくない」
エドワードの言葉に、リアナの表情が引き締まった。
「……国を豊かにし、民を守る。それが王族に生まれた私の責任です。私が王として相応しいか、民に、そして何より自分自身に証明するため、私はその儀式に挑みます」
義足でしっかりと立ち、凛と胸を張る姉を、エルザは冷めた目で見つめていた。
(お姉様は責任感が強くて民思い。小さい頃から誰よりも勤勉で努力していることを私はよく知っている。お姉様こそ王に相応しいわ)
エルザにとって、王冠など重いだけの金細工に過ぎない。リュカさえいれば、それ以外に何も必要なかった。
(私はリュカと一緒になる。もし王族と男爵の結婚が認められないなら、私は喜んで王族の名誉を捨て、この国を出て行くわ)
エドワードはエルザの無関心を見抜き、ため息をついた。
「エルザにその意志がないのであれば、継承の儀は飛ばし、リアナ一人の戴冠式とする段取りになるだろうが……」
「いいえ、大公。私一人でも儀式は行います」
リアナが遮るように言った。
「これは形式的な儀式ではありません。王に相応しい力があるかを試す『試練』なのです。私はそれを避けるわけにはいきません」
リアナの強い意志により、死の危険を伴う「王位継承の儀」の開催が決定された。
その日の午後。エルザは高揚した気分のまま、男爵として騎士の鍛錬に励むリュカを探していた。鍛錬場の隅、日陰になった回廊の影で、エルザは足を止めた。リュカが同僚の騎士と談笑していたからだ。
「リュカ男爵、貴殿の熱心さには驚かされる。平民から成り上がったとはいえ、そこまで自分を追い込む理由はなんだ?」
同僚の問いに、リュカは汗を拭い、真っ直ぐな瞳で答えた。
「……私は夢があるのです。身分不相応でたいそうな夢ですが。私は生涯仕えたいと思っている女性がいます。男爵の私が隣に立つことであの方が恥をかかないよう、周囲から白い目で見られないよう、王国一の騎士になりたいのです。一人の男として認められるために」
その言葉を聞いた瞬間、エルザの胸は激しく震えた。
(……私のために、王国一の騎士に……!)
リュカが生涯仕えたいと想っている女性が、自分以外の誰かであるなど、エルザは微塵も疑わなかった。彼があの日「将来、二人で乗りましょう」と約束してくれたのは、自分なのだから。
だが、同時に激しい焦燥が彼女を突き動かした。
(リュカがそこまで覚悟を決めているのに、私が逃げることばかり考えていては彼に嫌われてしまう。それに彼の誓いはそもそも「女王」だった。彼が王国一の騎士になるなら、私は王国一の女――『女王』にならなければ。彼に最高の地位と、私のすべてを捧げるために!)
エルザは回廊を駆け戻った。
カツーン、カツーン!
石畳を叩くその音は、かつてないほど鋭く、冷酷な決意に満ちていた。
再びエドワードの元へ辿り着いたエルザは、息を切らしながら宣言した。
「大公、前言を撤回します。……私も『王位継承の儀』に参加いたします」
驚くエドワードを真っ向から見据え、エルザは続けた。
「お姉様が聡明で立派であることは知っています。でも、私は負けません。正々堂々と競わせていただきます」
エルザの瞳には、狂気にも似た情熱が宿っていた。
自分とリュカを「接ぎ木」のように強固に結びつけるために。その残酷な決意を、エルザは「愛」と呼び、深淵へと足を踏み出すのだった。




