第五話:歪につなぎ合わされた生命
城の北側、冷たい石畳のバルコニーから裏庭を見つめるエルザがいた。
裏庭でしか会えない庭師リュカ。彼が不在の間、エルザの心は空洞だった。きらびやかな城内にいても、彼女の視線は常に窓の外、彼が土をいじっているであろう裏庭へと向いている。
以前、城内でもリュカがリアナの車椅子を押すべきだと提案したが、爵位を持たない人物を城内に入れるべきではないと、エドワード大公に一蹴されてしまっていた。
(もし彼が貴族なら……。身分という壁さえなければ、彼は私のすぐそばにいてくれるのに)
そんな折、エドワード大公の怒号が、秘密の温室に響き渡った。
「どういうことだ、これは!」
王国の守護華であり、国宝たる**「螺鈿牡丹」**。本来ならば虹色の輝きを誇るその花弁が、今はどす黒く変色し、炭のように崩れ落ちようとしていた。
相談を受けたリュカは、数日間不眠不休で奔走した。古今東西の肥料を試し、土壌を入れ替え、清らかな水を注いだ。しかし、あらゆる庭師の知見をもってしても、死にゆく命を繋ぎ止めることはできなかった。
「大公……申し訳ありません。根そのものが腐敗しており、私にもこれ以上は……」
膝をつくリュカを、大公は冷酷に睨み据えた。
「この花が枯れることは、王家の断絶を意味する。……手段は選ばん、何とかしろ」
絶望的な沈黙の中、リュカの脳裏に、おぞましくも美しい仮説が浮かび上がった。
「……接ぎ木だ。牡丹の生きている枝を、睡蓮の茎へと接ぐ。生きている箇所を強引に一つにできれば、睡蓮の生命力が、死にゆく牡丹を支える『土台』になるかもしれない」
だが、それは理論上の空論だった。無理につないでも共倒れになるのが自然の摂理なのだ。
翌日、温室にはリュカとエルザがいた。
奔走するリュカを後ろで見守っていたエルザは、迷わず歩み寄った。彼女は、リュカが重ね合わせた二つの植物の接ぎ目にそっと手を添え、幼い子供が祈るように心の中で繰り返した。
(神様、お願い。リュカの言う通りになって。彼を悲しませないで。この二つの命を、一つに繋いで……!)
その瞬間、エルザの指先から微かな熱が伝う。
リュカの目が驚愕に見開かれた。本来、反発し枯死するはずの植物が、まるで最初から一つの命であったかのように、滑らかに融合し始めたのだ。
数日後。エドワード大公が再び温室を訪れたとき、そこには奇跡が咲き誇っていた。
睡蓮の力強い緑の茎から、かつてないほど大輪で、虹色の炎を纏ったような「螺鈿牡丹」が、力強く開花していた。
「……見事だ。奇跡という他ない」
大公は震える手でその花を撫でた。
「大公。この奇跡を成し遂げたのは、リュカの比類なき知見のおかげですわ」
エルザは、大公の興奮を巧みに誘導した。
「これほどの功労者を、いつまでも名もなき庭師にしておくのは、王国の恥ではありませんか? 彼にふさわしい地位を。そうすれば、彼は城内で正式に、お姉様や私たちの世話をすることも叶いましょう。……彼を貴族へと推挙してはいかが?」
国宝を救われた大公に、もはや否やはなかった。
後援を受けたリュカには、特例として「男爵」の爵位が授けられた。
今、リュカは城内への立ち入りを許され、正式な「専属従僕」としてリアナの車椅子の後ろに立っている。エルザは、城の回廊で自分に一礼するリュカの姿を見て、胸が震えるほどの悦びに浸った。
(これでいい。これでリュカは、いつでも私の視界の中にいる。城の回廊で彼に会える)
カツーン、カツーン。
喜びを噛み締めるように右足で地を叩く。その足音は、もはや姉への勝利宣言のようだった。
しかし、受爵し、望んだ立場を手に入れたリュカの心には、一抹の不安が澱んでいた。
(……接ぎ木とは、元の植物を殺し、新しい命を無理やり乗せる行為。僕は、この国にどんな化け物を産み落としてしまったのか……)
車椅子を押すリュカの手は、以前よりもわずかに冷たかった。




