第四話:受け取ったら死ぬプレゼント
「カツーン、カツーン」
城の回廊に響くその音は、最近ではエルザの意志の強さを象徴する響きとなっていた。彼女はこの数週間、寝る間も惜しんで、ある「計画」に没頭していた。
図書室に通い詰め、建築や力学の古書を読み漁る日々。背伸びが苦手なその足では、高い書棚から重い書物を取り出すことさえ一苦労だったが、彼女は一度も弱音を吐かなかった。リュカに「世界一のブランコ」を贈るという目的だけが、彼女を突き動かしていたのだ。
「エルザ様、もうお止めください。……これ以上は、お体が持ちません」
唯一の協力者である侍女が涙ながらに止めるのも聞かず、エルザは禁足地の最奥、神木の元へと通い続けた。踏ん張りのきかない足を引きずり、泥にまみれ、太い鎖を自らの手で神木の枝へと繋ぎ止める。滑り落ちそうになる体を必死に支え、指先が血に染まっても、彼女は手を止めなかった。それは、知識も経験もない一人の少女が、ただ「愛」という執念だけで積み上げた、あまりにも過酷な作業だった。
そして今日、ついにその日が来た。
「……エルザ様、これ以上は、本当に。禁足地の奥へ踏み入るなど、庭師の僕でも許されぬ罪になります」
背後で躊躇するリュカに、エルザは振り返って微笑んだ。その顔はひどくやつれ、だが瞳だけは爛々と輝いている。何かに取り憑かれたような彼女の様子に、リュカは強い危うさを感じていた。ここで彼女の手を放せば、彼女はこのまま霧の中に消えてしまうのではないか――そんな恐怖が、誠実な庭師としての倫理観を上回った。
「いいのよリュカ。私とあなただけの、特別な場所にするんだから。さあ、目をつぶって。私の手だけを信じて」
エルザは震えるリュカの手を引き、ついに神木の前に辿り着いた。
「リュカ、目を開けて。……私からの、あなたへのプレゼントよ」
ゆっくりと目を閉じていたリュカが視界を開くと、そこには絶句する光景が広がっていた。天を衝く神木の枝から吊るされているのは、巨大な鉄の鎖と、美しく磨き上げられた二人乗りの椅子。重い資材をエルザが何度も引き上げ、結びつけた執念の跡が、神々しい神木の肌に無数に刻まれている。
リュカは、神木の神聖さが損なわれたことに一瞬息を呑んだが、すぐにエルザの姿を見て戦慄した。彼女の指先は裂け、ドレスの裾は泥と木の脂で汚れ、その瞳は異様な達成感でギラギラと輝いていたからだ。
「……ああ、エルザ様。これを、お一人で……?」
「そうよ。あなたに喜んでほしくて、勉強したわ。さあ、リュカ、乗りましょう? 私たちの、約束の場所よ」
エルザは誇らしげに、巨大なブランコの椅子を指差した。しかし、庭師であり職人であるリュカの目は、その致命的な欠陥を瞬時に見抜いた。
神木のあまりに高い位置から吊るされたそれは、振り子としての振れ幅が大きすぎる。一度漕ぎ出せば、座面は放物線を描き、凄まじい速度で神木の強固な幹へと叩きつけられる構造になっていた。
「……エルザ様、待ってください。これは……乗ってはいけません」
リュカの声は震えていた。
「どうして? 私、あの日よりずっと高く、ずっと遠くまであなたと行けるようにって……」
「落ち着いて聞いてください。エルザ様、あなたの努力は素晴らしい。……ですが、このままでは、二人で笑うことはできません。これに飛び乗れば、僕たちの体は神木の幹に叩きつけられ、命を落としかねます」
エルザの顔から、さあっと血の気が引いていった。
「……えっ……? 嘘よ、私、あんなに勉強して、計算して……」
「あまりに神木が大きく、力が強すぎたのです。あなたは……必死に、ただ必死に約束を守ろうとしてくださった。ですが、これでは……」
エルザはその場に崩れ落ちた。自分の手がボロボロになるまで重い鎖を引き揚げた日々、リュカの笑顔だけを夢見て積み上げた努力が、こんな結果になってしまったという事実に、彼女の精神は激しく揺さぶられた。
「ごめんなさい、リュカ……。私、ただ、あなたと一緒にあの日みたいに風を切りたくて。……相乗りして、もう二度と離れないようにしたかっただけなの」
泥だらけの指で顔を覆い、子供のように泣きじゃくるエルザ。その姿には、姉への憎悪も、王女としての気位もない。ただ、愛する者に喜ばれたかった一人の少女の、無残な失敗だけがあった。
リュカは、その歪なブランコに刻まれた無数の傷跡――彼女が必死に作業した証――を見つめ、静かに彼女の隣に膝をついた。そして、その汚れ、傷ついた手を、自分の大きな掌で包み込んだ。
「……今回は、失敗してしまっただけです。でも、エルザ様。その御足で何度もここまで通い、これほど尽くしてくださった……あなたの心は受け取りました」
「……リュカ……」
「今は、これに乗ることはできません。でも、将来……僕ももっと腕を磨きますので、安全なブランコを一緒に作り直しましょう。その時こそ、二人で相乗りをすると約束します」
「将来」という言葉が、エルザの空虚な心に染み渡っていく。
彼女は顔を上げると、涙に濡れた瞳でリュカを真っ直ぐに見つめた。
「約束よ、リュカ。将来……私と、二人だけで」
神木の陰で交わされた、不穏な愛の約束。
エルザが立ち上がると、左足の踵から「カツン」と鋭い音が響いた。
彼女は、泥で汚れたその踵の下で、また一つ、姉の存在を深く踏みつけ、未来に向け踏み出した。




