第二話:青年との約束
エルザの強い推薦により、リュカがリアナの専属従僕となってからから、裏庭の風景は一変した。
彼はその器用な指先で、荒れ果てていた庭園を三人の「秘密の遊び場」へと作り変えていった。なかでもリアナが一番に気に入ったのは、大きな樫の木から吊るされた、木製の頑丈なブランコだった。
「わあ……! リュカ、すごいわ、本当に空を飛んでいるみたい!」
車椅子からリュカの腕へと抱き上げられ、特製の座椅子型ブランコに座ったリアナが、少女のように声を弾ませる。リュカは背後からゆっくりと、けれど力強く、彼女の背中を押し続けた。
エルザはその傍らで、楽しそうに笑い合う二人を眩しそうに見つめていた。姉の笑顔は、車椅子生活になって以来、見たこともないほどに輝いている。それはエルザにとって何よりの救いであり、同時に、自分だけが姉の「杖」であった時間が終わるような、かすかな寂しさもはらんでいた。
やがて日は傾き、リアナが疲れから一足先に城へ戻った後のことだった。
エルザは一人、夕暮れに染まる庭園に残り、主のいなくなったブランコに腰を下ろしていた。いつも姉を支えるために気を張っていた心に、一人になるとどっと重い疲れが押し寄せてくる。エルザがそっと溜息をついた、その時だった。
「エルザ様。一人でそんな顔をしていたら、せっかくの花が萎れてしまいますよ」
聞き慣れた低い声。振り返ると、そこには作業道具を片付け終えたリュカが立っていた。
「……リュカ。驚かせないで。ただ、少し考えごとをしていただけよ」
「それなら、僕も手伝いましょう。このブランコは、悩みを空に放り投げるために作ったんですから」
リュカはそう言うと、エルザの返事を待たずに、彼女の背にそっと手を添えた。ぐい、と体が宙に浮く。エルザは思わず鎖を握りしめた。
「ちょっと、リュカ! 私、ブランコなんて子供っぽくて……っ」
「いいじゃないですか。ここでは王女様じゃなく、ただのエルザ様で。……ほら、もっと遠くまで」
リュカが背中を押すたびに、エルザの視界はオレンジ色の空へと高く舞い上がった。自分の足で自由に走ることは叶わなくても、彼の腕がくれる力で、自分はこんなにも自在に風を切ることができる。
「リュカ……。あなた、ブランコが好きなの?」
「はい。風を切る感覚が楽しくて。もっと大きなブランコに乗ってみたいものです。エルザ様は楽しくないのですか?」
背中に触れる彼の掌の熱が、薄いドレス越しに伝わってくる。それは、姉を介助する時の事務的な手つきとは違う、エルザという一人の少女を慈しむような、温かく大きな手だった。
「……楽しい……とっても楽しいわよ。もっと強く押しなさい!」
二人の笑い声が響くなか、エルザが振り向くと、夕日を背負ったリュカが黄金色の光の中で優しく微笑んでいた。その瞳には、姉を見つめる時と同じ――いや、今の自分だけを見つめているような、特別な光が宿っているように見えた。
「ありがとう。こんなに心が軽くなったのは、初めてよ」
エルザの胸が、どくんと大きく鳴った。
「リュカ、約束するわ。お礼にもっと、もっと凄いブランコを作ってあげる。あっと驚くような、世界で一番贅沢な木材を使って……。それであなたを喜ばせてあげるから」
エルザの少し浮き足立った言葉に、リュカは困ったように、けれど嬉しそうに眉を下げて笑った。
「それは楽しみだ。エルザ様が笑ってくださるなら、僕はそれだけで十分ですよ」
(その笑顔は自分だけに向けられたものだ。
背中越しに伝わるこの感覚が、私にそれを確信させる。
彼は私を愛している。)
夕闇が迫る庭園で、エルザは火照った頬を隠すように、また一つ、高く空へ漕ぎ出した。ふと、彼女は思い出したように、影の深くなった森の奥を見つめて言った。
「ねぇリュカ、この裏庭の先は禁足地になってるの。なんでか知ってる?」
「いえ、理由までは……」
「裏庭の一番奥にね、この地域に恵みをもたらすと言われている神様……神木があるんですって。だからむやみに立ち入っちゃいけないらしいのよ、うふふっ」
エルザの弾んだ笑い声は、夜の帳が下りる庭園に静かに吸い込まれていった。それが、後に彼らが立ち向かう過酷な運命の入り口であることを、その時の二人はまだ知る由もなかった。




