突然の異世界、私が聖女様?
第1章
言葉は人に勇気を与え、優しさを与え、人を救うほどの力を持つ。
しかし時には言葉は刃になり、傷つけ、苦しめ、人を殺してしまうほどの威力を持つ。
言葉は魔法なのだ。
1話)いつも通りの日常
今日は冷たい風が気持ちよく、雲ひとつない快晴。そのおかげかいつもよりも気分が良い。
「みんな、おはよう!」
「お!おはようアリス!今日も元気だね!!」
「よお!アリス、おはよー。」
「おはよう、アリス。今日小テストあるらしいよー。」
挨拶を返してくれたのは、朝早くからいるメンバー 3人。今日も私を含めまだ4人しか来ていない。後から徐々に人が増えていくが、だんだん学校生活に慣れていくとギリギリにくる人が増え始める。
「え!?うそ!私勉強してない!!」
「えーうちもなんだけど。」
「なんかここからここまでが範囲らしいよー。昨日受けてた子たちから情報もらった。」
「ありがとう沙織ちゃん!すごく助かる、ほんと神!これで命が救われました!!」
「もうアリス大袈裟すぎー。」
そう言って沙織ちゃんは、クスクス笑いながらテスト範囲を見せて私に内容を教えてくれる。
いつもの日常。いつも仲良くしてくれる友人たち。私は有栖川澪桜。大学一年生。趣味はいろいろあるが、主にお菓子作り、歌うこと、カフェ巡りが好きな普通の一般人だ。
「ねぇ、これからさここ遊びに行かない⁉︎」
「お!良いね、俺行けるよ。」
「わたしもいけるよー。」
「あー…ごめん…私急遽バイト入っちゃって…ほんとごめんね。またよかったら次誘ってくれると嬉しいな!」
「あぁそうなの?了解!」
「今日も?ってなんかいつもバイトしてるイメージあるな。ヘルプ頼まれたくらいだったら行かなくても大丈夫だって!」
「バカ、アリスは真面目だからそんなことできるわけないでしょー。アリス、バイト頑張ってねー。」
「ごめんね、ありがとう!それじゃまた明日!!バイバイ!!」
罪悪感は少しあるものの、バイトがあるから仕方がない…本当は遊びたかったけれど、人手不足だから私に話がきたのであって…しかも暮らすためにはお金が必要…だから今日も前向きに私は頑張る!
バイト先についてから急いで着替え、出勤する。
「おはようございます!!」
「お!元気だね。今日突然だったけど、入ってくれてありがとね。」
「いえ、全然大丈夫です!今日もよろしくお願いします!」
そう言って、すぐ仕事を探して働く。ここは焼肉屋のキッチン、私は主に洗い物や惣菜系の盛り付けをする、他には掃除や締め作業といったところだ。今日は平日なこともあり、すぐに手が空いてしまう…その時は、店長や副店長、社員さんから仕事をもらうか、食器の整理整頓、締め作業をできる範囲まで進めておく。これが私のいつもの流れ。
私は不器用で仕事が遅い。だからこそ自分ができることはちゃんとやって役に立ちたい。それに、空いている時間にもお金が発生している…そう思うと何かしていないと気が済まないのだ…逆に忙しすぎるのも私にとってはかなり苦痛なのだが、これはこれで少し辛いものがある。
ふと私以外にシフトに入っている1つ上のバイトさんや社員さんが仲良さげに話をしているのが目に入った。私も話に混ざりたいと思う時もあるが、今は仕事中だ。何かあってもいいようにしておきたい。足りないものを補充したり、下げられたお皿をこまめに洗ったりしないと苦しむのは自分だ。これが真面目と言われる理由の1つだと思うが…仕事とプライベートはきっちり分けたいのでそこは徹底する。
現在23時半、バイトを終えて賄いを食べ終わった私はアパートへと向かう。一人暮らしをする上でバイト先で賄いを食べられるのは大変ありがたい。それに今日はタコライスだった!トマトの酸味と千切りキャベツに濃いめに味付けされたお肉、最高の組み合わせすぎるでしょ!
そう思いながら歩いていると突然私が立っている地面が光り出した。
「え⁈何これ!待って眩しい……」
眩しい光に思わず目を瞑る。
周りからヒソヒソと話す声から喜んでいるのだろうか、「おぉ神よ、ありがとうございます。」と呟いている声までいろんなものが聞こえる。
さっきまで外は静かだったはずだ。私はそっと目を開けると、目の前には知らない光景が広がっていた。
「え…ここどこ……」
2話)異世界召喚
目を開けると、目の前には知らない建物の中に距離はあるものの私を囲む大勢の人たちがいた。
「待って、ここどこなの?」
白い服を着ている人たちが私のことを上から下までじっと見ているのがわかる。一度俯き、目を瞑る…早く終わってほしい、こんな夢。私を上から見下ろす、人をモノとして見ている視線から、私の容姿を見て人を見下すような視線から…早く解放されたかった。
でもそんな簡単に思い通りにはならなかった…
「いたっ!」
後ろから腕を上に引っ張られ、無理やり立たされる。私のことを引っ張ったのは銀の鎧を纏った騎士のような人だった…
痛覚があるってことはもしかしてこれは現実?漫画とか小説とかにある異世界召喚というやつでは?転生でもなく召喚…そのままの自分が異世界へ呼ばれる。
異世界転生やら召喚やらのお話を読んでいる時は私もこんなふうに過ごしてみたいとか、こんな恋をしてみたいとか思ってはいたけど…今思うとそんな簡単なものではないらしい…
ここは現実、だと思う。帰れる保証があるかもわからない。それに、この人たちの様子を見るに私のことを心から歓迎しているかと言われると少し怪しい…最初は喜んでいる声が上がっていたようにも思えたが、私という存在が姿を見せた瞬間から先ほどまであった声がおさまったように感じた。またか…また容姿で判断されるのか…高校の時に感じていた嫌な雰囲気を思い出してしまう…
「そこの者よ、名はなんという」
この中で1番の権力者なのだろうか。白い髭をはやし、杖をついているおじいさんが私に尋ねた。
「有栖川 澪桜です」
そう言った瞬間にハッとした…
「ま、待っ「そうかアリスガワというのか、名が長いな、アリスとそう呼ぶとしよう」」
やってしまった…ここは異世界……つまり、海外なのだ…それなのに苗字と下の名前をそのまま言ってしまうなんて…私ったらなんてバカなことをしたのだろうか。結局私はここでも『アリス』と呼ばれるようだ。
ここでもアリスなのか……
そこからは話の内容をあまり覚えていない…早く終わってほしかった…見下す視線から、バカにするような視線から、好奇の視線から早く、早く、早く!!解放されたかったから、私はいつものように何も考えず無心でいるように努めて少しでも早く時が経つのを待っていたのだ。
一応大事そうなことだけは聞いていた。ここはシュヴァルツ帝国、国の中で1番権力があり、どこの国にも負けないほどの勢力があるとのこと…ただ最近、不治の病に悩まされていて、昔から国のために仕えていた『治癒の聖女』が年齢とその病の影響のダブルパンチでお亡くなりになった。だからいろんなところから聖女を集めてなんとかしようと思ったけど、うまくいかなかったので、異世界から聖女の力を持つ者を呼んだと、それで私が呼ばれたらしい…
ただお話をしている人の様子を見ていると、こんな女が本当に聖女なのか?と疑っているようにも見える。はい、その判断間違っていません…むしろ合ってます!
数日後、聖女の力を見るための儀式をするらしい…聖女っててっきり怪我とか病気を治すとか、呪いとかを跳ね返すものかと思っていたけど…
実は違うらしい…この世界では、いろんな聖女がいるらしく、
国自体に結界を張って守る『守護の聖女』、
戦いにいく者に力を与え、聖女自身も出撃することにより攻撃力が増大する『進攻の聖女』、
どんな怪我でも病気でも治すことができる『治癒の聖女』
呪いを解呪したり、不浄な気を浄化する力を持つ『浄化の聖女』
など多くの力を持つさまざまな聖女がいるとのことだ…
そんな彼女たちだが特徴的な大きな力を持つ名のある聖女ほど300年に1度現れるか現れないかくらいの稀有な存在…先ほどダブルパンチで亡くなってしまった『治癒の聖女』はこれにあたるらしく長年勤めてくれていたようだった。
それでは他の聖女はいったい何者なのか?それは名を持たぬ『聖女』として稀有な存在の聖女たちとは違い、さまざまな能力を平均的またはそれよりも下回る力で扱えたり、一つしか能力がないものの『聖女』として扱えるくらいの力があるというタイプなど、とにかくいろんな方々がいると教えてもらった。
そういったものを調べるらしい。
私はそこで思ってしまった。ここが分岐点なのだと…ここで別れるのだ…
[異世界召喚あるある]その1
チート能力で幸福かつ安定した人生
[異世界召喚あるある]その2
能力がない&最弱能力で波瀾万丈な人生
[異世界召喚あるある]その3
能力がない&最弱能力からの成り上がり
この3つの中のどれかに別れる…私はそう思っていた。だが現実は甘くはなかった。
3話)中途半端な聖女
聖女検査当日。私は緊張でお腹の痛みをおさえながら祈りの神殿まで向かっていた。
この日のために用意されたロング丈の白いシンプルなワンピースに身を纏い、髪は一つにまとめあげ、ベールで顔を覆う。
神殿の扉を開けて中に入る。そこには召喚された時と同様に大勢の人たちで溢れていた。
召喚された時に、私に名前を聞いてきた白髭のおじいさんが今回も取り仕切るようだ。やはりこの方は偉い人なのだろう。その人の合図とともに私は水晶玉のところまで静かに歩く。
「それではこれより、神聖の儀を始める」
神聖の儀とは聖なる力の有無、その人の持つ能力がどんな系統のものなのかわかるものだそうだ。治癒なら緑、守護なら黄色、進攻なら赤、浄化なら水色とさまざまな色の光を放つらしい…力があるほどその光が強くなり、『稀有な力を持つ聖女』ほど一色の強い光を放ち、名を持たぬ『聖女』は虹色の弱い光を放つそうだ。
その言葉と共に礼をした後、透明な水晶玉の前にたち、軽く手をかざす。
すると水晶は一瞬金色 に輝いたと思ったが、その光は消え去り真っ白な弱い光を放っていたのであった。
私も周りも動揺していた…だって今の光って白…だよね?白って何か意味があるんだっけ?それにしても弱い光だったけど…そう思いながら周りの顔色を伺ってみる。周りの反応はあり得ないと言わんばかりの表情で私のことを見ていた。まるで恐れる対象と出会ってしまったと言わんばかりのようなそんな目で…私をじっと見つめていた。
聖なる力がないならそもそも光らない、透明な水晶玉のまま、単色かつ強い光は『稀有な力を持つ聖女』のみ、名を持たぬ『聖女』は虹色の弱い光…
私には聖なる力があるのは確か…ただ単色に光ったものの、その光は弱かった…つまりなんなのだ??
[異世界召喚あるある]その1〜3まですべて当てはまらないんですけど!?
もしかして私って中途半端ってこと?
このことがあって以降、当たり障りのない対応から、一気に冷たいものへと変わっていったと思う。
廊下ですれ違う際に向けられた人たちの視線が以前より冷たく、こんなやつの召喚のために自分達は時間を使っていたのかと、そう目が物語っていた。
さらには、召喚されてから勝手につけられた数人のお世話係さんたちの私への陰口も聞こえてくる。
「召喚されてきた時、こんなパッとしないやつが聖女なのかと思いながらお世話してやってたけど、やっぱり違ったのね」
「違うわよ〜。聖女じゃないんじゃなくて、半端聖女らしいわよ。」
「確かに言えてるわね。あ〜あ、半端聖女様はいいわよね〜。だって半端者とは言え、一応聖女でしょ?いるだけで、国の税金で暮らせるわけだから、楽でいいわよね。」
「でもさ、暮らせるのに値するほどの力なんてなんもないじゃない。半端聖女じゃなくて税泥棒って言った方がしっくりくるんじゃないかしら」
「確かに!それは言えてるわね」
そんな会話を聞いてしまった。
コソコソ話しているようだが誰もいない廊下なため少し通りやすい女性の声はかすかに響く。角を曲がる直前に『半端聖女』という単語を聞いた瞬間思わず隠れて静かに耳を傾けていた。
耳の痛い話ではあるが、これが現実で客観的にみた私の立場なのだ。『半端聖女』『税泥棒』この言葉が胸に突き刺さる…確かに私は半端もので間違いはない、それが結果なのだから…ただ『税泥棒』に関してはさらに突き刺さるものがある。なぜなら私は昔から不器用で仕事ができない人間だからだ。
4話)税泥棒
バイト先で私はいつも迷惑をかけている。洗い物は遅く、惣菜の盛り付けすらもすぐにできない…元気と返事だけが取り柄のダメダメ人間。
唯一できることと言ったら、食器用洗剤や冷麺などに使うタレの補充、忙しいほど乱雑に置かれやすい一部の食器の整理・整頓、締め作業が終わった後のコンセントやガスの元栓、電源の確認など…主に雑用に近いが、私はメインの作業が得意ではない…
失敗することが怖いのとそれによって迷惑をかけた瞬間の周りの雰囲気が冷たくなるのが一瞬でわかるからだ。だからこそ、作る練習はするものの、本番になるとなかなか自分から率先して「やります!」と言えないのだ…
だからこそ仕事ができない分、作る練習をしたり自分ができる唯一のことを精一杯やるようにしている。
そのおかげなのか、チーフや社員の方から「有栖川さんの締めの後ってガスの元栓とか電源とかちゃんと確認してくれるから安心して任せられる」とか「練習いつも頑張ってるよね!」、「いつも元気だね!」とかそんな温かい言葉をいただた時はものすごく嬉しかった。それに、社員の5つ上のお姉さんと一緒に遊びに行くほど仲良くなれたり、バイト先の社員・アルバイトで遊びに行く時も誘われたりと、だんだん仲良くなっていってる?と思うと本当に嬉しかった。
親には
「あんたはマイペースだから絶対に周りをイライラさせる」
「迷惑かけてる自覚あるの?あんたが仕事できない分、他の人がカバーしてるってことは、本来ならその人にお給料がもっといかないといけないってこと。」
「あんたは今給料泥棒になってるってことわかってる?」
そんな言葉を今までずっとかけられてきた。確かに周りをイラつかせてしまったり、いろんな人に助けていただいたりして迷惑をかけてる自覚がある…毎日土下座をしたい勢いで心から申し訳なく思っている。だから、私が給料泥棒と言われるのもそれも私が悪いからなのだ。わかってる、全て正論で正しいってわかっているのに、私が頑張ってやってること全てを否定されたみたいで涙が勝手に流れて止まらなくなるのだ。
言葉は刃になる。
それが正論だとしても、傷つけたいと思っていなくても、言葉の伝え方で簡単に人を殺すことができる。
私はそれを知っている。でも正論でさえも受け止められない自分の弱さも原因でもある。だから受け止めないといけないし、泣いてもいけない。泣いてしまうと、教えてくれた人=泣かせた人となって、その人が悪者になってしまうから、それに泣くとさらに責められる。
だから私は泣かないようにするために、言葉を受け止めながらも傷がつかないように心を無にして堪えるようにしている。
そのあとは切り替えて笑って耐える。だってすぐ泣く人は周りから呆れられるし、からかわれる対象になったり、「泣けば良いと思ってるでしょ」と怒りを倍にさせてしまったりする。泣かせた人=悪者になる、これもその理由の一つだ。
それを学んでいるから、私は泣かないように気をつけている。ただ勝手に目が潤んでしまうのだ。私の心が弱いから。
5話)私のできること
周りから『半端聖女』『税泥棒』と思われてるのはだいぶ…いやかなり現在進行形で心に突き刺ささってますし、ここにきてから慣れない生活と自分で自覚なしのたぶん気疲れ?でだいぶストレスが溜まっていると思う…
そんな時はストレス発散しましょう!
こういう時は美味しいものを食べるか、作るか、思いっきり泣くか、カラオケで思い切り歌う、誰も知らない場所に行くのが私の発散対策ベスト5だ。
今回はまだ涙が出そうにないので、何か美味しいものを食べに行く?でも外出は禁止されてるし…かと言って作ろうとしてもそもそも聖女見習い?的な立場の人が勝手にキッチンを使うのはダメだろうし…半端聖女がなおさら行くのはまずいと思う…それにここにはカラオケなんてものは絶対に存在しないし!
あれ?もしかして詰んでるのでは⁉︎
早くストレス発散してスッキリした状態で今後の対策考えるつもりだったのに〜!!
頭の中で考えながらベッドの上でシダバタしていると、突然コンコンコンと扉のノック音が聞こえた。
私は急いで髪を軽くてでとかして姿勢を正してから「どうぞ」と声をかける。
すると中に入ってきたのはクールな印象の持ち主、アンナさん。彼女はいつも黙々と仕事をこなする無口系な美人さんだ。私が『半端聖女』という話は周りに広がっているため、きっと彼女もその話を耳にしているのに、一切手を抜くことなくいつも綺麗に掃除をしてくれたり、私の身の回りのお世話をしてくれる。
最初は慣れなかったけれど、丁寧な仕事ぶりと、周りの人と私への対応が変わらないことからここにきて初めて安心して任せられると感じた。ってなんだ任せられるって私上から目線で何を言ってるんだ!っと自分に自分で突っ込みながらも彼女から渡される手紙を受け取る。
「こちらはバルド神殿長からのお手紙でございます」
「アンナさんありがとうございます。あのすみません…そのバルド神殿長さんとはどのような方ですか?まだ顔と名前を覚えていなくて…」
「バルド神殿長は最初にお会いしていると思われます。聖女様が召喚された時、立ち会いをされたとお話がありましたので」
そう言われてハッとする。もしかして白い髭をはやして杖をついていたおじいさんのこと⁉︎
確かにすごいオーラがあるからなんとなく偉い方なのかなとは思ってたけど、ほんとにそうだったなんて…
「なんとなくわかりました!もしかして白いお髭をはやしてる杖をついている方ですか?」
「はい、その方がバルド神殿長でございます」
「やっぱり!教えてくださりありがとうございます!とても助かりました!!」
そういうと、少しアンナさんの表情がピクッと動いた気がした。もしかして声大きすぎて驚かせたかな?謝ろうと口を開こうとすると、アンナさんの表情はいつ通りのキリッとしたものに戻り
「いえ、とんでもございません。私はお手紙を渡しましたのでこれにて失礼いたします」
そう言って去ってしまった。少し申し訳なく思いながらも受け取った手紙をさっそく開いて確認してみる。
そこには丁寧な挨拶と、突然召喚したのにも関わらず、なんのお礼も謝罪もせずに私のことをほったらかしにしてしまったことへの謝罪、それから神聖の儀で私に稀有な力がなくとも、聖女としての力があることは確かだから、『聖女』として歓迎するということを綺麗な字で書かれていた。
なんかすごく丁寧な人なんだなと内心少し驚く。なぜなら、最初会った時ジロジロと見定めるように見られていたし、神聖の儀をした後から私をみる目が変わったような気がしていたから、まさかこんな丁寧なものが来るとは思っていなかった。
読み続けていくと、『聖女』として生活をする上での注意点や、朝にお祈りをする日課があるということ、さらにはこちらに無理やり召喚したようなものだから、最後まで面倒はみるから、大変な生活だと思うけれど安心してほしいと温かい言葉まで綴られていた。
何この人めちゃくちゃ良い人じゃん。私の感じたあれは勘違いだったのか…今度あったら感謝の気持ちを伝えないとそう強く思った。
半端聖女の私に対してこんな温かい手紙を書いてくれるバルド神殿長のために、私は明日から自分のできることをやろう、そして少しでも役に立つんだ。そう強く心に決める。
その決意と同時に人の温かみに触れ目もうるうるしてきたので、手紙が汚れる前に早くしまおうと最後に書かれた内容を読み落としていたことに私は全く気づきませんでした!
6話)祈りの場へ
朝5時、早起きが苦手な私はアンナさんに起こしてもらい、聖女の日課である朝のお祈りをさっそくしにいく。考えたって何か変わるわけでもないし、私自身考えすぎてしまう癖があるので、こういう時こそ動いた方が何事もうまくいく精神でいくしかない。顔を洗って、聖女のお勤め用の服を身にまとい、髪を軽くまとめてもらい、いざ祈りの場へ!
行こうとしたのだが、さっそく迷子になってしまった。アンナさんに教えてもらった通り進んでるはずなのに…どこかで曲がるところ間違えたかな?いやでも目印はちゃんと教えてもらったとおりのところ通ったけどな…
うーんと考えながら周りを見渡していると、奥に人の姿が小さく見えた。私は希望の光を見つけたと思い軽く小走りで駆け寄り、
「突然すみません、迷子になってしまって…祈りの場がどこにあるのかわかりますか?」
そう聞くと、聞かれた人は肩を少しビクッと跳ねさせゆっくりと私の方を向いた。その人は落ち着いている印象で穏やかな雰囲気を纏ったおじいさんだった。なぜだろうか、穏やかでどこにでもいるおじいさんのように見えるが、どことなく偉い方なのではないかと思う。バルド神殿長と同じくらいの別の感じのオーラがある気がした。
「驚かせてしまってすみません、そんなつもりではなかったんです!」
驚かせてしまったことへの謝罪をし、頭を下げると、「気にしていませんから、どうぞ頭を上げてください」そう言っておじいさんはにっこりと微笑みかけてくれた。
この世界に来てから初めて笑顔を向けられた私は、あの手紙を読んだ時と同様に人からの優しさで心が温まり、目が潤みそうになる。
「ありがとうございます…」
なんとか泣きそうになるのを堪え、いつも通りに笑顔をつくり、涙声にならないように、一つ一つの言葉をはっきり口に出す。
とてつもなく嬉しい。嬉しいのだが…もし私があの『半端聖女』と知れば、神聖の儀の時のように人が変わってしまうのだろうか…
そう思うとギュッと心臓が締め付けられる。人からの期待が大きいほど負担も大きく、裏切られるとわかると一瞬にして人の見る目が180度変わる。
今までに何回か体験してきてはいたが、今回のように一つの国、ましてや国民全員からの大きな期待を背負うほどではなかった。したがって反動も大きく、『半端聖女』の私は周りから冷めた目で見られ、さらにはこいつは無理だと諦めの感情すらも感じてしまう。勝手に私のことを呼んだくせに…そう思う時もあった…今でもそう思えば気持ちが少しは楽になるとはわかっているものの、そう上手くかわせない。
考えれば考えるほど深く溝にハマってしまう…私の悪いくせだ。
いつもならこういう時こそ前向きに考えられるのに。相当ストレスが溜まっているようだ。
目の前が少しぼやけてきたのがわかり、スッとおじいさんから少し顔を逸らす。そして、先ほどと同様に笑顔をつくり、目を合わせないように気をつけて声をかける。人前で涙を流してはだめ…気を遣わせてしまう…ただなんとなく…なんとなくだが、この人には嘘も道化も全て通用しない、そんなふうに感じてしまう。
でも、私はいつも明るくて前向きで笑顔な『アリス』として人と向き合ってきた分、そう簡単に裏の顔を晒すことはできない。人にはみんな裏の顔があるように私にも。だけど、もし私の裏の顔を本音を打ち明けたとして、また否定されてしまったら…そう思うとさらに胸が苦しくなる。
ぼぉっとそんなことを考えていると、私の視界に誰かの手のひらがうつった。気づいたら私は少し俯いていたらしい。
「もしかして疲れているのかい?
疲れている時には糖分をとって少しゆっくりして落ち着くといい」
そう言っておじいさんは私の手のひらにはコロッと丸くて小さいものが乗っかっていた。
私はなんだろうと不思議に思いながらも少し警戒してしまう。いくら優しい人でも人からの貰い物には簡単に手をつけては危ない。特にこの世界に来てからは私は歓迎されていない。憎んでいる人もいるはずだ。
私の様子から何かを察したおじいさんは
「これはこれはすまないね。知らない人からの貰いものにはなかなか手がつけられないよね…でも大丈夫だよ。これは普通の飴だよ。ほら私が食べても平気だから。」
そういうと、私の手のひらにそっと優しく置いてくれた。「もしまだ警戒しているなら後で捨ててくれても構わないよ」と。
私が勝手に声をかけて勝手に警戒したのに、この人は怒ってないの?
優しすぎてむしろ裏がありそうで怖くなる。この優しさがもし本当だったら、どんなにいいか。
とりあえずもらったのに何も言わないのはさすがに良くないと思い、ちゃんと感謝の気持ちを伝える。
「ありがとう…ございます」
笑顔で伝えたつもりがもしかしたら少し顔が引き攣っているかもしれない。いつもよりも頬が上がっていない気がする。それでもおじいさんは優しい笑顔のままで…私に祈りの場への行き方を教えてくれた。
私はいただいた飴と道を教えてくれたことに改めて感謝の気持ちを伝えておじいさんと別れた。本当は祈りの場へ一緒について行こうかと提案されたのだが、さすがにこれ以上は迷惑はかけられないからと断りを入れた。
少し日がでできたみたいで外が明るくなってきた。肌寒い風も緊張して熱くなっていた体を冷ますには十分心地が良かった。
私は教えてもらった道を思い出しながら、ゆっくりと歩みを進めていく。
「やはり神殿長や他の人々はぞんざいに扱っているようだ。どうかあと少し、あと少しだけ耐えてください」
先ほどの穏やかな雰囲気から一変、アリスを見る目は鋭く全てを見透かすような視線を向ける彼はオニキス副神殿長。
「そこにいるんだろう。彼女のことをよく観察し、私にその都度報告しなさい」
彼はそっと近くに潜んでいる、とある人物に向けて囁くように呟くと、ゆっくりと彼女と反対方向へと歩き出す。声をかけられた人物はイエローアンバーの瞳でじっと観察対象の姿形を確認すると黒い霧とともに静かに姿を消した。
7話)祈り
静寂の中、白を基調とした少々年季の入った建物の中へ入っていくと、日差しが入り神殿内は明るく暖かみを帯びていた。その奥には綺麗な女性の像がある。神様なのか、この国で重要視されている聖女様なのかはわからないが…とりあえず凄そうな人にはかわりないわけで…像の前で軽く会釈をしてみる。
なんとか、祈りの場についたものの…私以外ここには誰もいないようだ。あれ?聖女様って朝のお祈りが日課なんじゃなかったっけ??誰も見あたらないんですけど!?もしかして私くるので遅すぎた??そういうこと!?
突然の状況に焦り出す…ちょっと待って!?これは相当なまずいんじゃ…頭の中でぐるぐると嫌なことばかりが巡る…いやいや落ち着け私…こういう時こそ落ち着くのよ!
まずは深呼吸よ!息をゆっくり吸って冷たい空気を肺の中にたくさん入れてさらに時間をかけてゆっくり息をはき出す。
それを繰り返していると、少しだけ頭の中がクリアになってきたので状況確認から始めることにした。
バルド神殿長の手紙には朝のお祈りが日課と書いてあった。でもよく考えると時間の指定はなかったのよね。もし聖女がみんな集まってお祈りをするなら集合時間とかあるはずだもの。
それには不思議に思ったらお世話係さんの方から何かしら言われるはず。いつもの人たちはあえて言わないだろうけど…今日5時に起こしてくれたアンナさんなら、私がお願いしたあたりで知っていたら教えてくれるはずだ…たぶん。
だから今はお祈りに集中して、そのあと何も言われなければそれはそれでよし。もし言われたら、その場でしっかり反省して直せばいい。時間も聞いて周りの聖女様たちと一緒にお祈りするんだ!
1つ問題は解決したもののまた次の問題が残っている…いったいここで何をお祈りすればいいのかさっぱりわからないことだ。
神様や歴代の聖女様方から見れば私は何奴なわけで…急にこれをお願いしますというなんて…
運動部でいうところの先輩に対して自分のことを名乗らず急にお願い事をしてくる偉そう&だいぶ失礼な後輩に見えるだろう。
最初は挨拶から始めよう。そう決めてしまえばあとは簡単だ。お祈りスタイルに見えるように床に膝をつけて手を組むように合わせて心の中で…
(おはようございます。数日ほど前にこの世界に来ました。有栖川澪桜、こちらの世界ではミオ・アリスガワ、周りからはアリスと名乗らせていただいております。不束者で、大変ご迷惑をおかけしてしまうと思うのですが、どうぞよろしくお願いいたします。)
(さっそくのところ恐れ入りますが、お祈りをさせていただきます。
どうかこの国の人たちが心身ともに健康で、人にも食にも恵まれた幸せな生活がおくれますように。
それから最後にバルド神殿長と今日あったおじいさんも心身ともに健康で幸せな生活がおくれますように。)
お祈りが終わってふと女性の像をみると、少し柔らかな表情をしているような気がした。気のせいかもしれないが、何か私にも良いことが起こるようなそんな予感がする。
そんな予感を感じながら、朝食まで時間があるので少しだけ散策することにした。
8話)憩いの場
散策していると少し見えづらいところに分かれ道を見つけた。気になった私はそっと足を踏み入れ、ゆっくりと進んでいく。最初は狭くて植物や木 の陰で暗かった道がだんだん拓けた道になっていき、温かい日差しを感じる。そのままずっとまっすぐ進んでいくと人気のない噴水があるのが目に入った。
そこは誰にも使われていないようなそんな雰囲気。なのに草木がボーボーに生えておらず、まるで誰かのために用意されてあるような…そんな不思議な感じがした。
でもなんとなくだが、怪しさはなく、ここにいると自然と落ち着くのだ。疲れていた心が休まる。
ここにくるまでたくさんの植物に木に囲まれていたわけだが、奥に進むにつれ体が軽くなるのを感じていた。もしかして…これが自然の力…パワースポットというやつだろうか?
噴水の縁に腰掛けると水の流れる音、草木が風に揺られ、ありのままの自然を感じる。
ここにまた来たいな…そう思わせるほど。
ぼぉっとしていると、遠くから何かがぶつかり合うような音が聞こえる。気のせいかとは思ったが、好奇心旺盛な私は気になって、音のする方へ向かうことに決めた。
噴水のある小道を抜け、音のする方へ足を進める。だんだん何かがぶつかり合う音が大きくなってきた。なんだろう?この音。金属がぶつかり合う音だろうか……?
私はさらに耳を澄ませ、足を進めていくと、大きな建物が見えた。ここの方角から金属のぶつかり合うような音が聞こえる。
建物の方へ向かって歩いていると、金属のぶつかり合う音以外に誰かの話し声が聞こえ始めた。
さすがに人に見つかるのは避けたいのでそっと音を立てないように前に進む。
するとそこには長い棒のようなものを振りまわす男性たちの姿が目に入った。遠くから見ているため、何を持っているのかはっきりわからない…だが金属のぶつかり合う音、それから銀色の棒なのは確かなので…きっと異世界でいうところの剣というやつなのだろう…
遠くからじっと眺めてみていると、どこからか視線を感じる。しかもあまりよく思われていないようなそんな視線だ。私が見ていることはバレてないと思っていたが…意外とそうでもなかったらしい。どこから見られているのか周りをキョロキョロ見渡していると、銀髪の髪色の男性と目が合ってしまった。
あっ。
これはちょっとまずいかもしれない。その男性はこちらをじっと見つめている。しかも遠くからで表情まではわからないが…なんとなくあまりよく思われていないような…そんな雰囲気を感じる。
もしかして私の正体バレてる?
そう思ってからの私の行動は早かった。勝手に見てすみませんの意味を込め、90度まで深々と頭を下げ数秒、そして駆け足でその場を去った。
あぁあの人とは、あまり会いたくないかも…だって怖かったし、顔は見えなかったし表情までわからなかったけど、きっと怒ってたよ!!
でもそう思ってる時ほど、意外とすぐ会うんだよね…なんて思いながら、朝食のことを考えて軽い足取りで歩く。今日アンナさんが起こしに来てくれたってことは、そのまま朝食も持ってきてくれるということ!温かいごはんが食べられる!!いったい今日は何が出てくるのかな?
フラグを見事折ってやった!そう思っていた。
9話)紳士スマイルな聖騎士様
なんとか頑張って自室まで戻ってきた私は、朝食が来るまでのんびりと待っていた。
朝から動いたため、お腹はペコペコ。周りに聞こえるくらいの大きさで大合唱が開催されている。
早く来ないかな…なんてソワソワしながら待っていると、コンコンとノックの音が聞こえた。
あ!アンナさんだ!!そう思って扉を開けながら声をかける。
「アンナさん!待ってまし……たよ?」
そこには知らない男性が1人。にこりと爽やかな笑顔を向け、私の目の前に立っていた。
えっと、あなたはどなた??
え?
私はポカーン口を開け、今のこの状況を飲み込めずにいた。しかし彼のことをよく見てみると…見事な銀髪ではないか…まるで今日の朝見かけたような綺麗な銀髪…
わお…終わった…私の人生終了いたしました。
もしかして?もしかしなくともあの時の方と同一人物ではないでしょうか⁈
咄嗟にいつもの笑顔を向け
「突然、失礼いたしました。お仕事おつかれさまです、初めまして私アリスと申します。何か用事でもありましたか?」
と声をかける。笑顔の裏では冷や汗が止まらない…内心パニックになりながらも相手の返答を待つ。
待って待って待って!!お願いだから気のせいであってほしい!!どうか朝見かけた人と違う人物であってほしい。そう強く、そう!強く思いながら…
すると彼が口を開き話し始めた。
「おはようございます、聖女様。朝方にお会いしましたよね?本日から聖女様の護衛をさせていただきます。聖騎士シリル・ギルバートと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
爽やかな紳士スマイルな彼、シリル・ギルバートさん。はい、彼は私のことを知っている。つまりは私がやらかしたことはほぼ確定事項というわけで…
私は考えることをやめ、即座に床に手と額をつけて深々とおじぎをして一言。
「この度はご迷惑をかけてしまい、大変申し訳ございませんでした!」
そう、ジャパニーズ最敬礼である。
こうするしかない。全力で謝るんだ!!
だって笑顔なのに…笑顔なのに!!目の奥が笑ってないんだもの!!




