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番外編 「外交エルデバーデへ 祖国を旅立ちあれから10年」

十年前、ただ一人の女官として馬車に乗り、

王女に付き従ってこの国を離れた。


そして今――

彼女は、“ギラン帝国皇后”として、堂々と祖国の門をくぐる。

あの日から自分は変わったのか、変わらないのか。

その答えを携え、エミリアが祖国に帰るお話になります。

エルデバーデ王国を出立して、ちょうど十年――。


その時が来た。


ギラン帝国の皇帝ダリオス=ヴェルターと皇后エミリア=ヴェルターが、正式な外交使節として、祖国エルデバーデを訪れる日である。長年にわたり帝国の政を支え、三人の皇子女を育て上げた皇后の凱旋とも言えるこの訪問に、王国は一層の緊張と歓迎の準備を整えていた。


今日、謁見に臨むのは――


34歳となったエミリア皇后。その隣には、歳を重ねても威厳と貫禄に満ちた48歳のダリオス皇帝。背後には、15歳になったサーラ皇女、落ち着きと知性を備えた24歳の第二皇子アレックス。そしてエミリアとダリオスの子、ミレーヌ皇女(8歳)、エクリオ皇子(6歳)、ルサリオ皇子(4歳)という面々が揃っていた。


その姿は、まさに“帝国の縮図”だった。


さすがに全員で国を空ける訳にもいかず、ジークフリート皇太子とリリア皇太子妃と二人の子エリオット皇子(8才)とアマリエル皇女(3才)はお留守番だ。


玉座に座るアレクサンダー王と、優美な佇まいのソフィア王妃は、久方ぶりの再会に目を細め、エミリアを見つめた。


「……まるで、別人だな」


思わず王が漏らしたその声に、ソフィア王妃がくすりと笑う。


「いいえ、元からこうだったのよ。私たちが気づかなかっただけ」


軽やかな笑いが謁見の空気を緩ませた。



「エミリア皇后……いや、アルバレストの娘が、ここまでになるとは」


アレクサンダー王の口調には、かつての主君というより、一人の年長者としての感慨が混じっていた。


エミリアは一礼し、穏やかに返す。


「王と王妃のご厚情に、心より感謝申し上げます。こうして家族を連れて、また祖国の地を踏めたこと……光栄に思っております」


一連の挨拶が終わると、和やかな空気が謁見室を満たし、後方の扉から来賓の紹介が始まった。


その中に――


「こちらが、現在王国の福祉・医療・教育を担うクラリス=セラフィナ伯爵です」


と紹介されて現れたのは、落ち着いた表情をした若き女性。上品な身なりに淡く金の髪を結い上げ、芯のある眼差しをしていた。


その名を聞いた瞬間、エミリアは小さく目を見開いた。


「……あなたが、クラリス様」


「……はい。初めまして、皇后陛下」


ふたりは互いに丁寧に会釈を交わした。


どこか“似た空気”を感じたのか、エミリアは自然に微笑みを浮かべた。


「書類では、たびたびあなたのお名前を拝見しておりました。福祉改革、制度の簡略化、教育支援制度の整備まで……王宮の中で、クラリス様の取り組みは驚かれております」


「お恥ずかしい限りですが……そう言っていただけると、救われる思いです」


ふたりの視線がふっと交差し、同じ方向を見ている者同士の“理解”がその場を包んだ。



その後、紹介されたのはクラリスの夫――イザーク=ローヴェンハーツ。そして、旧知の仲であるライナルト=バークレー。


エミリアは懐かしそうに微笑んだ。


「イザーク殿、ライナルト殿。まさか、お二人揃ってクラリス様の夫とは…」


「……世間は狭いものだな」


ライナルトがぼそりと呟くのに、イザークは肩をすくめる。


「エミリア皇后陛下の変貌ぶりのほうが、よほど衝撃的だった」


「私ですか?」


「地味な女官の姿しか記憶になくてな。……いや、失礼ながら……別人かと」


そのやり取りに、サーラとミレーヌはくすくす笑い、ルサリオは眠そうな目をこすっている。


ダリオスはというと、口元にだけ笑みを浮かべながら、背後で交わされるその賑やかなやり取りを微笑ましく眺めていた。


ふと、エミリアがクラリスに近寄った。


「クラリス様……時間が許すようでしたら、ぜひ、現在行われている制度と仕組み、直接伺っても?」


「えっ、今……ですか?」


「はい。謁見の最中ですが、こうして話せる機会はそうそうありませんので」


まるで会議の場で資料を広げようとする勢いに、クラリスは目を瞬かせ、イザークはわずかに苦笑した。


「皇后陛下……お変わりありませんね」


「ええ、変わってないつもりです。元・地味女官ですから」


場の空気が一気に和らぎ、玉座の間には、笑い声がふんわりと広がった。


その笑顔は決して作りものではなく、政治や立場の枠を越えた“信頼”の芽吹きだった。


地味な女官として始まり、皇后として祖国を再訪した女性と、孤高の伯爵令嬢から家庭と王国を支える夫人となった女性。


そのふたりが、ここで出会い、互いを認め合った瞬間だった。




謁見の空気がひと段落し、温かな笑いと再会の余韻が場を満たす中――


ふいに、玉座に座るアレクサンダー王がゆっくりと立ち上がった。隣には、上品な微笑みを湛えたソフィア王妃が寄り添うように並ぶ。


エミリアが立ち上がり、改めて礼を取ると、アレクサンダー王はその姿を見つめながら静かに言葉を紡いだ。


「エミリア皇后。……この場を借りて、そなたに直接、礼を言わせてもらいたい」


エミリアがやや驚いたように顔を上げると、王は続けた。


「我が娘リリアが帝国へ嫁ぎ、初めての地で暮らす中、そなたがずっと――そばにいてくれたこと。公務に、家庭にと、あの子を影となり光となり支えてくれたこと。……父として、王として、深く感謝している」


その言葉には、遠く離れた地に暮らす娘への想いと、それを託した存在への敬意が滲んでいた。


ソフィア王妃が柔らかく視線を送る。


「リリアからの書簡で、何度も貴女のお名前を目にしました。……とくに、なかなか第二子を授からず、心が折れそうになっていた時期に……貴女がそばにいてくれたと。慰め、支え、笑わせてくれたと」


エミリアの目に、ほんのわずかに光が揺れた。


「……リリア様がギラン帝国に嫁いだとしても、あの子は私たちの娘。貴女が、娘を“ひとりにしなかった”という事実が、私たちにとって、何よりの救いだったのです」


エミリアは、深く一礼した。


「……もったいないお言葉です。けれど……支えたのは私ではありません。リリア様がいたからこそ、私も異国で迷わずいられました。あの方と共に過ごした日々は、私にとっても誇りです」


王と王妃は、その言葉に満足そうに頷いた。


「……その誇りを、娘と分かち合ってくれたこと、心より感謝する。リリアの代わりに、今日、そなたに会えてよかった」


エミリアは、胸の奥にじんわりと広がる感情を抱えながら、もう一度、深く頭を下げた。


離れていても、思いは繋がっている。


今日はそのことを、改めて実感する日だった。



歴史に残るような謁見ではなかったかもしれない。


だが、人の記憶には、きっと永く残る――そんな再会と、初対面だった。


【了】

“帰る”ということは、

過去を懐かしむことだけではない。

今の自分を、かつての場所に重ねて、

「これでよかった」と心から思えることなのでしょう。


クラリスとの初対面とイザークとライナルトとの再開も楽しんで頂けたでしょうか?


ギラン皇后として、アルバレスト家の娘として――

変わらずに、しなやかに、そして誇り高く。


最後までお読み頂きありがとうございました。

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