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第二十九話「誓いの鐘と、夜のさざめき」

ギラン帝国王都に、朝陽が射し込む。


その日は、空までもが透き通るように晴れわたり、祝福の風が城壁の旗を優しく揺らしていた。


皇帝ダリオス=ヴェルターと皇后エミリア=ヴェルターの結婚式――それは帝国史上でも極めて特異な意味を持つ式典となった。


通常、王族の挙式には国内の要人と貴族のみが初日から招かれ、他国の賓客は儀礼を避けて二日目以降の“公式夜会”から参列するのが慣例だった。だが、今回は違った。


ダリオス皇帝の強い意向により、挙式からすべての招待国が参列を許されることとなったのだ。これは形式の破壊ではなく、“誓いそのものを世界に明かす”という宣言だった。


リリア皇太子妃とジークフリート皇太子の婚礼では、来賓は二日後からの列席だった。それに比べて、異例の措置であることは誰の目にも明らかだった。


だが、誰ひとり異議を唱えなかった。


式の舞台となったのは、王城中庭に設えられた特設祭壇。


長く引かれた純白の絨毯。並ぶはギラン帝国貴族の面々。そして、国外からの使節団――その中には、エルデバーデ国の王アレクサンダーや王妃ソフィア、王太子セドリックの姿もあった。


そして、マーレン国より、レオンハルト王子と側近のジークも参列していた。


彼らの姿が確認された時、場には一瞬、静かな緊張が走ったが、それもすぐに空の下へ溶けていった。


時を告げる鐘が、高らかに鳴り響く。


白と銀を基調にした祭壇の先、まず姿を現したのは、ギラン皇帝ダリオス。


堂々とした軍装をまとい、その胸には国家の紋章とエミリアから贈られたブローチが光る。そして、少し遅れて――エミリアが姿を現した。


その瞬間、空気が変わった。


真っ白なドレスに身を包み、柔らかにまとめられた髪、繊細なレースのヴェール。穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと一歩ずつ進むエミリアの姿に、場の全員が息を呑んだ。


いつしか、地味で寡黙な女官だった彼女が、いまや帝国の“象徴”として、誰よりも凛としてそこにいた。


参列者たちの目が潤み、誰ともなく拍手が自然に生まれていた。


その中で、レオンハルトは顔を伏せていた。


苦しいほどに美しかった。あの時、告げられた「幸せだ」の言葉が、今は眩しすぎて直視できない。


花嫁の姿を見届ける――そう約束したことを、後悔はしていない。だが、それでも、胸の奥に去来する想いが涙となって溢れ出した。


「……美しいな、本当に……」


その隣で、側近のジークが静かにそう呟いた。


祭壇の前に並んだふたりは、互いを見つめ、誓いの言葉を交わす。


「そなたと生き、そなたと歩む。この先すべての時を、分かち合おう」


「共に立ち、共に築きます。あなたの傍に、私は在ります」


祝福の鐘が鳴り響いた瞬間、鳩が舞い上がり、群衆から祝賀の声が湧き上がった。



夜――初日の夜会は国内向けの御披露目として催された。


金と瑠璃を基調にした大広間には、帝国貴族の面々が集い、新皇后の美しさと皇帝の柔らかな表情に、改めて深い感銘を受けていた。


エミリアは終始にこやかに応じ、貴婦人たちには柔らかく、老貴族たちには的確な言葉で対応を重ねた。だが、会の終盤、空気が少しだけ変わった。


「……皇后殿下の他国の出について、もう少し慎重であってもよかったのでは?」


小さな声だったが、ある貴族夫人が意見を漏らし、周囲がざわめく。だが、その時、間髪入れずに声が上がった。


「ご心配なく。皇后陛下は、ギランに“選ばれた”のです。我々ではなく、帝国の未来が彼女を必要とした――ただそれだけです」


それは、腹心アレニウスの言葉だった。


その場の空気が引き締まり、それ以上の発言は封じられた。



二日目――国外来賓と主要貴族を迎えた公式夜会。


再び礼装に身を包んだエミリアは、ギラン帝国の皇后としての初の“外交の場”に臨んだ。


その姿には威厳と親しみが混在し、かつてのエルデバーデ王室関係者やマーレン使節たちも、どこか胸を打たれていた。


特にアレクサンダー王は、感慨深げに彼女を見つめていた。


「……国ては、地味な女官と呼ばれていたが“只者ではない”その言葉通りだな。」


その呟きは、誰にも聞かれることなく、杯の中に沈んでいった。



こうして、ギラン帝国にとって記念すべき日が幕を閉じた。



──帝国は、新しい時代へと、確実に歩みを進めている。

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