第二話「王宮の日々、そして王女との邂逅」
正式な女官として王宮で働き始めた頃、エミリアはまだ十八歳だった。見た目の地味さもあって、年齢よりずっと落ち着いて見えたが、その若さで王妃付きの役を任されたという事実は、宮廷内でも小さな話題となった。
王妃ソフィアの側に仕える日々は、静かで緊張感に満ちていた。だが、王妃の人柄は想像していたよりもはるかに温かく、何より聡明だった。丁寧に選ばれた言葉で話し、周囲の者を過不足なく気遣うその姿に、エミリアは深い敬意を抱いた。
はじめのうちは、ソフィアの身の回りの支度や日々の予定管理を担っていたが、やがて書簡や外部との対応の一部を任されるようになった。小さな信頼の積み重ねが、確実に彼女の地位を築いていった。
日常の業務のなかには、王政中枢との接点もあった。アレクサンダー王との面会では、彼の視線に含まれる理知と鋭さに、どこか試されているような緊張感を覚えた。
一方、宰相マークレンとは淡々とした事務的なやり取りが主で、必要な情報を必要なだけ渡す合理的なやりとりが中心だったが、それもまた刺激的な仕事だった。
王宮という場所には、日々無数の書類と命令が行き交う。その中で、エミリアは何度となく、第一騎士団団長ライナルト=バークレーと顔を合わせた。寡黙で、仏頂面。だがその一言一言には重みがあり、剣を振るう男の言葉には、理屈ではなく行動に裏打ちされた迫力があった。エミリアが届けた報告書を黙って目を通し、黙って決裁し、最後に「助かる」とだけ呟いたとき、その短い言葉が意外なほど胸に残った。
また、食堂での何気ないすれ違い――それは、イザーク=ローヴェンハーツとの最初の接点だった。長身で銀髪の、いかにも学者然とした佇まいの彼は、魔法師団の頂点に立つ人物だった。互いに言葉を交わすことはほとんどなかったが、食事を運ぶ給仕の手元が乱れた瞬間、エミリアの袖口に跳ねたスープを、ひとふりの魔法でさっと消した彼の仕草は実に鮮やかで、その沈着冷静なまなざしには、わずかに驚きが浮かんでいた。
王族との接触も徐々に増えていった。特に印象に残っているのは、まだ10歳だった第二王子ユリウスとの出会いだった。利発で礼儀正しいが、内には短気な気質を隠している彼は、時折エミリアに無邪気な好奇心を見せた。「君、いつも静かだけど、何を考えてるの?」と尋ねられたとき、エミリアは一瞬迷った末に「いかに目立たず務めを果たすか、でしょうか」と返した。その答えに王子は「地味だけど、おもしろいな」とくすくす笑い、隣にいた婚約者のフィオナ嬢が、やや不機嫌そうに唇をとがらせたのが妙に可愛らしかった。
時折、王女の護衛任務に就いていた近衛副長カイルとも廊下で顔を合わせた。初対面から、互いに言葉は少なかったが、エミリアは彼の視線が、静かに人の力量を量っていることにすぐ気づいた。そして数度にわたる共同任務を経て、カイルの中でエミリアは“頼れる存在”のひとりとして、徐々に信頼を得ていくようになる。
そんな日々の中、ひときわ印象的だったのは、王女リリアとの初対面だった。まだ学園在学中だった王女が、宮廷で一時的に公務を手伝っていたときのことだ。
エミリアが王妃の代理で持参した書状を直接手渡したその場で、リリアはふとエミリアの手の動きと佇まいに目を留めた。
「あなた……どこかで見たような?」
そう言いながらも、王女はすぐに関心を別の話題に移したが、それからというもの、リリアは何かと理由をつけてエミリアを呼ぶようになった。
「王妃の指示なのだけれど」と言いながらも、内容はしばしば些細な相談だった。やがて、リリアはぽつりと漏らす。
「あなた、他の誰とも違うのね。……傍にいてくれると安心するわ」
そしてある日、正式な辞令としてこう言い渡された。
「エミリア=アルバレスト。第一王女リリア・セレスティア付き女官として、随行任務を命ずる」
それは、王城勤務五年目。十八の少女だったエミリアが、二十三歳となった年の春だった。




