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第二十七話「ねじ伏せるは実力と気品、受け入れられるは信頼と誇り」

ギラン帝国にて、エミリアが正式に皇帝の妻となった報せは、瞬く間に宮廷内外を駆け巡った。


だが――すべてが祝福に満ちていたわけではない。


表向きは笑顔を浮かべていた者たちの中に、じっと胸の内で不満を燻らせていた者も少なくなかった。異国の娘が、二代続けてこの国の皇后の座につくという現実に、静かな反発を覚える貴族は確かにいた。そして何より――婚姻発表前、あの夜会でエミリアに恋い焦がれた若き貴族の子息たちが一斉に失恋したことで、表面下の不満はさらに広がっていた。


口には出さずとも、こうした“私情”が陰に潜んでいたのは否定できない。


ごく一部の者たちは、足を引っ張ろうと様々な策を弄した。


不自然な噂、根拠のない中傷、陰口に近い茶会での揶揄――だが、エミリアはそれらを真正面から受け止めるでもなく、取り乱すこともなく、すべてを“可憐にスルー”した。


余計な言葉は不要。必要なのは、行動と結果。


それを体現するように、彼女は日々の皇后教育に真摯に取り組み、すでに持ち合わせていた知性と礼儀、政治的視野の深さをもって、誰よりも整然とした所作で応じた。


なかでも、王侯貴族のご婦人方との茶会では、その“静かなる力量”が如実に現れた。


初対面であっても丁寧かつ柔らかに応じ、どれほど厄介な問いかけにも動じず、曖昧さのなかに核心を置く話術で場を掌握する。笑顔を絶やさず、気取らず、だが品格は崩さない。


その姿に、初めは牽制気味だったご令嬢たちも、次第に憧れの眼差しへと変わっていった。


「……あの方こそ、本当に“皇后”にふさわしいのでは?」


そんな言葉が、自然と交わされるようになっていた。


そして、ある出来事が、決定打だった。


それは、とある孤児院のバザーを視察した際のこと。


エミリアは、社交の一環として上流階級の婦人たちと共に施設を訪問していた。穏やかで和やかな時間が流れていたその時、突如として、会場を包むような不穏な気配が走った。


――黒服を纏った複数の襲撃者が、施設の周囲を囲み、突如として突入してきたのだ。


狙いは、視察に同行していた高位貴族の婦人、そして――皇帝の妻となったエミリア本人。


護衛たちが動こうとした瞬間、動いたのはエミリアだった。


迷いのない動きだった。


袂から抜いた短剣を手に、一人、突っ込んできた襲撃者の刃を交差で受け止め、力で制し、倒す。そのまま翻るように身を滑らせてもう一人の動きを封じ、間合いを詰めて手元を弾く。ほんの数瞬で、三名が地に伏した。


それは、他者に守られる“皇后”ではなく、他者を“守る者”の動きだった。


驚愕して動けなかった護衛たちがようやく態勢を整え始めた時には、すでに大半の敵はエミリアの手によって無力化されていた。


婦人たちは一人も傷ついていなかった。


「お怪我はありませんか?」


そう声をかけるエミリアの手が、ご婦人方の手をやさしく取る。その仕草の落ち着きと確信に、誰もがただ見とれていた。


「ここは一旦、日陰の部屋でお休みいただきます。お体を冷やされてはなりません」


すぐに侍従に命じて部屋を整え、温かな飲み物を用意させたかと思えば、次には襲撃者の持っていた剣を検分し、その刀身に光を当てて呟いた。


「……この鈍い黒み。恐らく、毒が塗られていた可能性があります。……すぐに解毒草を。必要ならば、薬師を呼んでください」


その冷静さに、護衛たちすら呆気に取られていた。


怪我を負った護衛の腕にも直接手を当て、毒の症状を見抜き、対処を即断する。


「迅速な処置で、助かります」


医師の言葉に、エミリアは短く頷いただけだった。


──その一連の動き、判断、心配り。すべてが“真の帝国の皇后”の振る舞いだった。


「……こんなに……格好いい皇后様、初めて……」


婦人たちが、目を潤ませながら口にした言葉が、その場にいたすべての者の想いを代弁していた。


この日を境に、エミリアの名は、単なる“他国出身の皇后”ではなく、“信頼すべき我らが皇后”として、帝国に深く根づいていった。


ゆっくりと、けれど確実に――


エミリアは、ギラン帝国という大地に、皇后としての足跡を刻み始めていた。

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