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第二十四話「それぞれの気持ちと、告げられた未来」

ジークフリートとリリアの“初夜”が終わった翌朝、皇帝ダリオスは三人の子どもたちを私室へ呼び寄せていた。ジークフリート、サーラ、そしてアレックス。


居並ぶ子どもたちを前に、ダリオスは真っ直ぐに言った。


「……話がある。私は――エミリア=アルバレストを、妻に迎える。正式に決めた。」


その場が、ひととき静まり返った。


ジークフリートは目を見開き、アレックスは目を伏せ、サーラはぽかんとした顔で兄たちを見上げていた。


「……つまり、それって……その、義母に?」


アレックスが戸惑い気味に口を開く。十四歳の少年にはまだ複雑な感情の処理が追いつかない。エミリアは自分たちよりほんの少し年上に見える若い女性で、しかも他国の女官だった。女官が“母”になる――そんな現実がすぐに受け入れられるほど、大人ではなかった。


「サーラ。……お母様ができるよ」


ジークフリートが優しく言うと、五歳のサーラ皇女はぱっと目を輝かせ、無邪気に拍手を打った。


「おかあさま! ほんと?」


「……ああ、ほんとうだよ」


ダリオスが微笑みながら頷くと、サーラはくすぐったそうに笑って父に抱きついた。だが、傍らのアレックスの表情にはまだ影が差していた。


ダリオスはそれを見逃さなかった。


「……アレックス。心配する気持ちは分かる。若い母親ということ、他国の者だということ。それが重く感じるのも無理はない」


そう前置きしたうえで、ゆっくりと語り始めた。


エミリアが侯爵家の娘であること、襲撃や誘拐の危機を乗り越えて育ったこと、自らの意思で武術・魔法・薬学を身につけ、王国でも学園を首席で卒業した才女であること。決して偶然でここまで来たのではなく、努力と生き抜くための選択を繰り返してきた女性なのだと。


そして、声を少しだけ落として照れたように言った。


「……俺のこの顔を“可愛らしい”と言ったのは、あの娘が初めてだった」


子どもたちは唖然としたように父を見つめ、ジークフリートは小さく吹き出した。


「……父上が照れているとは、珍しいものを見ました」


アレックスも、気まずそうに目を伏せていたが、ゆっくりと息を吐いた。


「……分かりました。父上が幸せそうなのは、見ていれば分かります。……エミリア殿が、そのお相手なら……たしかに、納得できます。……何より、“可愛らしい”なんて言ってくれる人、もう現れませんね」


その皮肉混じりの言葉に、場がようやく和んだ。


ジークフリートは静かに頷きながらも、心の内には穏やかでない感情が渦巻いていた。


エミリアのことを“特別”だと思っていた人間は、きっと彼だけではない。あの夜会の後、密かに想いを寄せていた側近達、近衛士官や士族の子息たちが失恋したことも想像に難くなかった。そして、自分もまた――どこかで、心を揺らされていたのかもしれない。


けれど、彼はすぐにその思考を振り払った。


リリア皇太子妃のことを思ったからだ。


政略結婚であると理解していた。けれど、彼女と過ごす時間は確かに穏やかで、少しずつ情が芽吹いていた。恋とは違えど、尊重し、守りたいという気持ちが育っていた。


「……だからこそ、分かるのかもしれないな」


彼は小さく呟いた。


「父が、恋をしたのが、あのエミリアだということ。……嬉しそうに話す父上を見ていれば、嫉妬も……納得も、するしかないか」


その日の午後。ジークフリートは休んでいるリリアに、この話を自ら伝えに行った。


居室に訪ね、ひとしきり談笑したあと、穏やかに切り出した。


「リリア。父が、エミリアを妻に迎えることになった」


一瞬、リリアは言葉を飲んだ。


口元に笑みは浮かべていたが、その瞳にはほんのわずかに戸惑いの色が走った。


「……そう。いつの間に、そんな……」


「俺も、驚いたよ。けれど、あのふたりを見ていれば、嘘ではないと分かる。……父は、たぶん本気だ。そういう顔をしていた」


「そう……そうなのね」


しばらく沈黙があった。だが、リリアはやがて小さく笑った。


「……私たちが結婚せず、私がエミリアを連れ来なかったら、エミリアは、他国やエルデバーデ国内に取られていたかもしれないのよね。あるいはギラン帝国の中でも、誰かが――遠いところに連れていってしまうとか」


その言葉に、ジークフリートはハッとした。


「……つまり、今後“義母”という立場で、身近にいてくれるなら、むしろ安心できるということか?」


「……そう。複雑だけど、でも……私、エミリアのこと、大好きよ。義理でも“母”になるのなら……それはそれで、嬉しいのかもしれないわ」


そう言った後、ふと目を細める。


「……でも、どんな手を使って“あのエミリア”を落としたのかしら。……あの人、恋に鈍そうなのに」


そう呟いた時のリリアの視線は、どこか少女めいていた。


「……結婚休暇が終わったら、本人から、ちゃんと聞き出してみようかしら」


その声は、ほんの少し弾んでいた。

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