プロローグ「王宮地味女官」~只者じゃねぇ
王宮に仕える女官――それは、静かに、目立たず、王族の傍で仕える“陰の支え”。
……のはずだった。
彼女・エミリアは、確かに目立たない。
眼鏡に地味な三つ編み、言葉数も少なく、仕事は完璧。
誰からも一目置かれつつ、“地味で有能な女官”として、その名は密かに知られていた。
けれど、そんな彼女には誰も知らない“裏側”があった。
護身術は軍人級。魔法は一撃必殺。言語も堪能、ただし――
マーレン語だけ、なぜか訛りがひどすぎる。
しかもその素顔は、妖艶さすら漂う絶世の美女。
……って、どうして今まで気づかなかった!?
王女も、騎士も、他国の王子までもが、振り向いた。
――それでも彼女は、淡々と書類を整理している。
これは、王宮に突如として現れた“最強で地味”な女官が、
恋と陰謀と外交の渦を、訛りと微笑でくぐり抜けていく物語。
幼い頃から、どうにも“変わった人たち”に好かれる性分だったらしい。悪意のあるものもいれば、ただの興味本位もあったが、誘拐されかけたことも、一歩間違えば命の危機すら感じた場面も一度や二度では済まなかった。
両親がいくら信頼のおける護衛をつけてくれても、その数が年々増していくのを見ていて、あるときふと思ったのだ。
――これ、自分でやったほうが早いんじゃなかろうか。
幸い、母は辺境伯家の出身で、外見こそ天使のようだが、中身は豪胆そのもの。武術も魔法も、やろうと思えば何でも仕込んでくれる人だった。しかも母の教え方は、容赦がない。ふらつこうものなら、容赦なく木刀が飛んできたし、魔法も「どうせ使うなら戦えるものを」と、破壊力重視の実戦型ばかり。繊細な細工や癒しの魔法は苦手なままだったが、攻めるだけなら右に出る者はいないくらいには鍛えられた。
とはいえ、護身のために強くなっても、やっぱり目立つのは困る。目立つから狙われる。狙われるから鍛える。鍛えれば余計に怪しまれる。そんな悪循環に疲れ果てた頃、自分の容姿を鏡で見てふと思った。
――これ、地味にすればいいんじゃね?
幸いにも顔立ちは整いすぎていた。だからこそ、地味に寄せるのは努力次第で何とかなった。まずは髪をまとめ、服装は灰色や茶色で統一。眼鏡も、いかにも厳格な家庭教師がつけていそうな形を選び、あえて近寄りがたい雰囲気をまとうようにした。だが、どれだけ外見を隠しても、どうにも性格の方がにじみ出てしまう。きっぱり物を言えば「できる人」と見なされるし、余計な気遣いが得意すぎると「目立たず有能」として噂になる。
何だかんだで、目立たないようにしているつもりが、妙な方向で目立ってしまうのは世の常なのだろう。
それでも、学問においても、剣術においても、魔法においても、ひとつも手を抜かず全力でやりきった。その結果、学園では首席という名誉を手にし、卒業と同時に、ついに王城勤務が決まった。静かに、地味に、目立たず務めたい。そんな淡い希望を胸に、私は今日も無表情に眼鏡をかけ直す。
――が、王城での静かな日々は、あっという間に裏切られることになる。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
“地味で只者じゃねぇ女官”――エミリアの物語は、まだ始まったばかりです。
訛り、剣、魔法、そして隠しきれない魅力。
静かに波紋を広げていく彼女の存在が、王宮の人々の運命をどう揺らしていくのか。
ぜひ、この先もお付き合いいただけたら嬉しいです。