7.このままでは所長の命が危ない-選択肢としては二つあります-
全52話予定です
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[まず、このままでは所長の命が危ない、そういうレベルなのは分かっていますか?]
と恵美が尋ねる。それに対して、
[ええ、我々も医師です。貴方の言った通りの薬剤投与の結果は見ていますから]
それはそうだ、アイザックはずっと陣頭指揮を執って来たし、恵美の提案も実行して来たのだから。
――それを踏まえて、私はこれは[今]だと思うの。
[選択肢としては二つあります。一つは私が以前に作成したクスリを投与する方法です。いわゆる初期ロットです。これならば、ほぼ間違いなく今の状況は打開出来るでしょう。ただし、難点もあります。それは[子供]たちが既に薬剤耐性を得ているという事実を加味すれば、いずれは初期ロットに対しても耐性を持つ可能性がある、という点です]
と言ったところで区切って、
[もう一つの選択肢。それは[子供たち]の摘出です。これが一番確実な方法なのは分かると思います。ですが]
そう、それを行えばカズはゼロゼロに乗れなくなる。いや、正確に言えば操縦は出来るものの、他のパイロットが持つ優位性、つまりは[独特の間]の解消を失うのである。だからこそパイロットには今まで敢えて男性を採用せずに女性を採用してきたのだから。
[そ、それは……]
現にアイザックのキーボードを打つ手が止まる。
――我ながら卑怯だと思うよ、でもね。
恵美はその決定権をアイザックに委ねているのである。
自分では決めず、相手に任せて[いや、自分のやった事ではないから]そう心の中で考えてしまう恵美がいる。副所長という責任者に決定を任せて、自分は一段別のところから見守る。それは彼女が学生時代から抱えてきたもう一人の自分である。
そして最大の問題は、カズへの想い。
爆発事故があって、千歳の生命を繋ぎとめるためにコアユニットにすると決まった時[もしかしたら私がカズ君の隣に立てるのでは]と考えてしまった自分がいたのは確かである。
千歳がいない今なら、自分がカズの理解者になれるのでは? それは告白を断られたというある意味[傷]を埋めるのに実に効果的に役立った。
カズにとって自分は理解者なのだと。
自分がいくら望んでも彼氏彼女の関係以上にはなれないものの[理解者]にならなれる。
そして千歳はもういない。何故なら[チトセ]になったのだから。
だが、そんな自分が許せないでもいた。
こうなるとどっちが本音でどっちが建前なのか。千歳の事は大切な友達だし、カズは自分が密かに拠りどころにしている絶対的なものだ。だが二人の間に自分が割り込めるスペースは本来無いはずなのに、それが千歳のコアユニット化という事件で奇しくもスペースが出来た、いや、出来てしまったのだ。
それを喜んでいた自分がいたのも、また事実である。当時はそんな自分に心底嫌悪もした。だが、それでも消えないカズへの想い。足掻いても消そうとしても、心の底から染み出してくるカズへの想い。それはこれからもずっと続くだろうし、生きている以上決して解放される事は無い。
――それでも、そんな自分でもカズ君の為になれたなら……。
口には出さないが、それが恵美の本性でもあるのだ。
当然、カズがゼロゼロに乗れなくなればどうなるか。パイロット無しでコアユニットを置く事に果たして政府や軍の上層部は良しとするのか。可能性で言えば[廃棄処分]の確率が高いと思う。
それでも恵美は、自分から[こうしたい]という気持ちは出さないのだ。
――自分で決めないで、結局は人任せ。それって卑怯だよね、いいよ、罵ってくれて。
それが恵美の本音なのかもしれない。だが、そんな本音は恵美の心の奥底にあり、決して前に出てくることはないだろう。
現にアイザックは[貴方ならどうするべきだと思いますか?]とは聞いて来ない。それは恵美の中では[多分聞かれないだろう]という予見があっての事だ。
――カズ君ならきっと前者を選ぶだろう。何故なら千歳ちゃんの命が危ういから。でも私は提案するだけで自分では決めない。それって……。
そして先ほどの思考に戻るのである。
全52話予定です