6.恐れていた事が現実なものになったんだね-クスリが効力を示さなくなっている-
全52話予定です
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――恐れていた事が現実なものになったんだね。
恵美の言う[恐れていた事]とは。それはカズに埋め込まれた[子供]たちの反乱、とでもいうのだろうか。
一言で言うとクスリが効力をまったく示さなくなっているのだ。
それは耐性、と呼ぶものに近いのかも知れない。
ある薬剤を連続投与すると、一定の割合で薬剤が効果を示さなくなることがある。これはどんな薬剤でも起こりえる、という訳ではない。もちろん市販の薬剤や医師が出す薬剤の大半は効果を示さなくなる、等という話はあまり聞かない。
だが、この免疫機構に関するものは別である。一定の確率で薬剤耐性を獲得する場合があるのである。この事例に似た薬剤に抗がん剤等があげられる。抗がん剤も薬剤耐性を引き起こしかねない薬の一つなのだ。
そして、どうやらカズの[子供]たちはこのクスリに対して耐性を獲得してしまっているようなのである。
実際、それは検査値にも表れていた。恵美が道中で指示した事前の薬剤投与の結果からもそれは見て取れる。
免疫抑制剤が効いている時間は抗原反応が押さえられるものの、薬剤を切らせると恵美の作ったクスリを投与しているにもかかわらず血液像が異常値を示すのだ。それはまるで何も投与していない時に見せる拒絶反応のように。
確かに以前、恵美はこのクスリの改良を何度か指示していた。それは重大な副作用であるテロメアの長さを徐々に縮めてしまうという現象の改良である。
何度か実験をした。それは組織培養した細胞でのインビトロ(in vitro)もそうだし、実際のヒトを用いたインビボ(in vivo)でも実験した。それで一体何人の被検体が命を落としたか、という倫理的な問題は一旦置いておくとして、実際の実験では両方ともにテロメアの減少スピードをある程度抑えるのに成功していたのだ。
だがしかし。
――いつか来ると思ってたよ。
テロメアの減少スピードをある程度抑える改良、それは薬剤耐性という新たな問題を引き起こしたのである。
恵美はその可能性を早い段階で予見していた。
薬剤というものは、すべてがそうだとは言わないものの、効果があればそれだけ副反応、つまり副作用も出やすい。逆を返せば、それだけ薬剤として効いているという話になる。どうしても薬剤の効果を高めれば高める程、副作用と一般的に呼ばれている副反応も強く出てしまうのである。
だが恵美は、効果よりもカズの命を優先したかったのだ。だから敢えて効力が弱まる可能性のある部位の化学構造まで手を入れていたのである。
――だったら、私が採れる方法は限られてくる。
恵美はアイザックに二人だけの会話がしたいと提案した。研究所のアクセス端末を使わずに直接サブプロセッサーの端末にアクセスしてくれないか、と。
「それは人払いしたこの状況でも、ですか?」
当のアイザックにしてみれば当然そう尋ねたくもなる。ここにいるのは皆、カズの秘密にアクセス出来る人間しかいない。他の人間は退避させているのだから。
だが、
「実行に移す前に、副所長である貴方にまず聞いてもらいたくて」
とまで言われれば流石のアイザックとて、
「分かりました、回線を切り替えます」
という流れになるのである。
「文字チャット方式で行きましょうか。それなら文字を読む分、理解の手助けになるでしょうから」
それは暗に恵美の生体コンピューターにログを残すというのを示している。それを言い出したらサブプロセッサーである今の恵美は、やろうと思えば外部からログの確認だって出来るのだ。それをしない、させないのは形式上、彼女が研究所勤務になっているからである。ヒトとしての恵美の籍が残っているのである。
[では話しましょうか]
タブレット端末を用意して有線で繋いだアイザックからそう切り出してくる。
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