23.千歳には何と声をかけようか?-もしも、千歳をこの線引きから外して特別視したら-
全52話予定です
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――いよいよここまで来たか。千歳には何と声をかけようか?
カズは頭の中で色々な思考をしていた。それは会話のシミュレーションだったり、先々の話だったりするのだ。その[かりそめの躰]には期限がある。それを超えたら今度は一サブプロセッサーになるのだから。
そしてサブプロセッサーは基本的に人権はない。それどころか人間扱いさえされない。生殺与奪権は所長にあるのだ。そして、どんな過酷な戦場にさえ送られる可能性がある。
――その辺りの話はこれからのお偉いさんの出方次第かな。
カズはそうも考えている。
それは、千歳がこれからどれくらいの優位性を持って研究を進められるかによるだろう。もしも何も生まなければそのままサブプロセッサーにされ、前線送りになるのは目に見えているし、いくらカズとてそれを止めるのは難しいだろう。
だが、ここで画期的な装備なり、手法なりを生み出せたなら、それは[脳みそだけでも研究所にいて欲しい]となり得るのである。
ここでカズはひとつ自分に課した枷の裏返しをしている。それは前述の通り[必要のない人間は実験送り]という点だ。
カズは以前に人員整理をしている。それは各所で出てきた話なので割愛するが、要は研究者として使えるかどうかの線引きを行ったのだ。
もしも、千歳をこの線引きから外して特別視したらどうなるか。
それは研究所内の不協和音に繋がりかねないのである。それはそうだ[どうしてあの人は被検体にされたのに、千歳はされないのか]とか[やはり結婚しているから特別扱いなんだ]そんな声が噴出するのは、火を見るより明らかなのだ。
こればかりは先々の事なので何とも言えないが、少なくとも研究所にとって有益な存在にならなければサブプロセッサーになった先は戦場なのは間違いない。少なくとも廃棄処分にならないだけまだマシ、というレベルだ。
それでも千歳は優秀な研究者だったし、それ故先代の所長にまで上り詰めたのだから。しかし、研究者としては数年というブランクが出来てしまった。それを埋めるには人一倍努力が必要だろう。
――千歳なら大丈夫、なはず。
そうカズは信じてやまないのだが、どう出るかは未知数である。
そんな事を考えていたら、
「所長、終わりました」
と看護師に声をかけられる。カズが見れば麻酔が効いてはいるものの、自発呼吸で胸が上下している恵美の姿があった。
「ここで、皆さんにお話があります」
カズはそう言ってから、
「先代の所長、つまり今ほど開頭手術を受けた彼女は、結果としては[襟坂恵美]さんです。いいですね?」
そう、それは守らなければならない秘密なのだ。もちろん研究所の人間であれば、恵美は既にサブプロセッサーになっているのは周知である。だが、この中に戻ったのが本人かどうかは開けてみなければ分からない。現に、難しいとは言ってもサブプロセッサーから生身の身体へ戻るのはまったくの不可能、という訳ではない。事例が無いだけなのだ。
それに本人かどうかなどは問題ではない。それが[襟坂恵美]として認識されればいい、という話なのである。
――これは一つの例外だ。これで一つ、オレは自分がしてきた事に例外を作ってしまっている。
先ほどの話である。所員と話せば向こうは[別の誰か]なのは分かる話だ。だが、本人も相手も恵美として接するというのを強要される。そこで結果が出せなければどうなるか。
そういう話なのである。
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