第81話 元暗黒騎士は幼馴染を憂う
セラ・フレシアは俺の幼馴染だ。
同じ孤児院で育ち、成長した女の子だ。
彼女は綺麗な青い髪と美しい褐色肌を持つ女の子だった。
他の孤児と違い、俺と普通に話してくれた心優しい少女だった。
「そのセラがどうして暗殺者なんてやってるんだ……」
スラムから表通りに戻る道中、俺の頭の中ははてなでいっぱいだ。
あの優しいセラが闇社会にいるなんて、とても考えられない。
あれは本当にセラだったのか?
「いや、見間違うはずがない。あれは絶対にセラだ」
彼女と最後に会ったのは、俺が孤児院から出る時だ。
それからもうかなりの時間が経っている。
俺の知らないところで、セラが闇社会に身を落とす程の事情があったのかもしれない。
だが不思議だ。
セラは間違っても人を殺すような人間じゃない。
そのセラが暗殺者としての技術を身につけているということは、誰かに仕込まれたということだ。
俺の人殺しの技術と同じように。
「だとしたら、暗殺恐団っていうのが怪しいな」
名前の通り、暗殺を生業にしてそうな組織だ。
きっとセラも、組織に唆されたのではないか。
彼女の言動から、組織に対する忠誠心は感じられなかった。
「セラは脅されている……恐らく組織のリーダー……団長ってやつにだ」
だとしたら、セラが暗殺者をしているのは自分の意思ではないことになる。
彼女が恐団に入った経緯は不明だが、自分の意思で入団したわけではないはずだ。
もっとも、これらの推測は全て、過去のセラの性格とさっきの会話を照らし合わせただけに過ぎない。
俺の知らない情報があって、セラが自分の意思で暗殺恐団に所属している可能性もある。
「どっちにしても、幼馴染があんなことをしてるなら止めてやらないとな」
そのためには、暗殺恐団について知る必要がある。
情報収集しないといけないな。
そしてもう一つ、セラの言葉が気に掛かっていた。
黒の剣を恨むような言動。
大事な人の仇だと言ってたな。
レクスという名前はただの偶然だと思っていたが、あれがセラなら俺のことを言っていたのかもしれない。
「セラは黒の剣が俺だと知らない……? そして俺が死んだと思ってるのか?」
なぜそんな勘違いをしているのだろう。
黒の剣の知名度がユグドラ国内だと低かったから、知らなかった?
だが俺が死んだと思っているのは何故だ。
「そうか……ユグドラ国民は亜人を除いて全員魔族になって死んだ。俺が黒の剣と知らないなら、その時俺も死んだと思われたのかもしれないな」
なんというすれ違いだろう。
幼馴染との再会が感動的なものではなく、勘違いからの敵対関係として対面することになるとは。
この誤解は解かなきゃいけないな。
「そうなるとセラが無事なのは何故だ……? 聖痕を刻まれなかったのか? それとも国外にいて影響がなかった? 彼女がケイオス国に来た時期が分からないから確証が持てないな……」
「おい、おい。そこのお兄さんや。あんた辛気臭い顔をしてるね」
考え事をしながら道を歩いていると、怪しい老婆に声をかけられた。
前世で商店街の奥にいた自称占い師のような、いかにもペテン師らしい雰囲気だ。
「あんたの人生、辛いことが多いんじゃないかい。幸せになる魔法のクスリがあるんだけど、買ってみないかい?」
「悪いが辛気臭い顔は生まれつきだ。それに今は金がない。他を当たってくれ」
「そう言わずにちょっと、ちょっとでいいから買ってみな? トブよ?」
ヤクの売人だったか。
しかも謳い文句が宗教臭い。
怪しさ満点だな。放っておこう。
……いや、待てよ。
確かさっき、セラとの会話で言ってたっけ。
恐団はクスリの流通をしているって。
つまりこのクスリは恐団の手掛かりになるんじゃないか?
「なぁ婆さん。このクスリはどこから仕入れてるんだ」
「そりゃ、教えられないよ」
「そうか。残念だ。興味が出たから買ってみようと思ったんだが」
「五◯◯◯ゴールドで一週間分は売ったげるよ」
日本円で約五万円か。
ヤクにしては安い方か?
この国の物価は特別低いというわけじゃない。
ヤクを流通させるために安く設定しているのか?
だとしたら暗殺恐団の目的は、金ではなくヤクを広めることなのか?
「一◯◯◯◯ゴールド。どこでヤクを卸してるのか教えてくれ」
「私が危ないさね。そんなんじゃ教えられないよ」
「五◯◯◯◯ゴールド」
老婆は俺の目を見て、そして笑った。
「あんたもしかして常用者かい? その顔は中毒ってわけかい」
ほっとけ。
この顔は生まれつきだっての。
というか、俺ってそんなにうつろな顔してるの?
やべーやつみたいじゃん。
「仕方ないね。ほら、五◯◯◯◯ゴールドをよこしな」
俺はポケットの中に手を突っ込む。
そしてダークマターを発動する。
生成するのは、【精巧な偽札】だ。
嫁たちとの買い物で手持ちがないからな。
「ほら、これでいいだろ。情報を教えてくれ」
「ひぃふぅみぃ……確かに。これで当分、上納金に困りそうにないよ」
残念ながら偽札だけどな。
まぁ精巧な偽札だから、バレることはないだろう。
仮にバレてもこの老婆がとっちめられるだろうが、元々ヤクを売ってるような奴だ。
どうなろうが知ったこっちゃない。
「この路地裏を進んでスラムに行くと、飲み屋があるのさ。そこで店主に『幸福の証をおくれ』と言うと、安値でヤクを売ってくれるのさ。表で売って稼いだ分の何割かを納めないといけないけどね」
「スラムの飲み屋か。分かった」
「ほれ、一週間分のヤクだよ」
俺は老婆からヤクを受け取る。
使うつもりはないが、何かの役に立つかもしれない。
貰っておこう。
「気をつけなよ。どこの組織が仕切ってるのか知らないけど、上納金を納めないと死ぬより酷い目に遭わされるって噂さ。恐ろしい恐ろしい……ひっひっひ」
「それはどこの組織なんだ?」
「さぁねぇ……チンピラの集まりって話は聞いたことがあるけどね」
チンピラの集まり……じゃあ違うな。
恐らくそいつらは暗殺恐団じゃない。
バレてマズイ仕事は下っ端にやらせるのがセオリーだ。
それか俺みたいな存在が隠された人間だ。
どちらにしろ、飲み屋に行ってみる必要があるな。
俺は老婆からヤクを受け取り、その場を後にした。
「まずはバザールに戻って、二人に相談しよう。俺のせいで巻き込まれる前に」




