第80話 元暗黒騎士は幼馴染に再会する
「そのまま動かないで」
「目的は何だ? 金か? 悪いが買い物したばかりで手持ちが無いんだが」
「喋らないで。主導権はこっちにあるから」
首に当てられたナイフの感触が、嫌でも伝わってくる。
どうやらユグドラ教会のボンクラ暗殺者と違い、こいつは中々出来るようだ。
下手な動きはしない方がいいだろう。
「あ、ね、姉ちゃん……」
スリの子供、カイムは俺の背後にいる人物をそう呼んだ。
姉弟なのか、それとも愛称なのか。
どちらにせよ、この暗殺者もスラムの関係者ということだろう。
「カイム。あなたは帰りなさい」
「で、でも……その兄ちゃん、俺達のこと助けてくれるって言ったんだ。姉ちゃんの言ってたような悪い人とは思えないよ」
「いいから帰りなさい。リーダー……団長には黙っておくから」
団長? 窃盗団のリーダーか何かか?
どうやらこのケイオス国、第一印象と違いかなり裏社会が発展しているらしい。
「子供を使ってまで俺をおびき寄せるなんて、粋な計らいだな」
「目立った行動を起こしすぎたわね。流石にあんな数のチンピラが意識不明で倒れていたら、怪しまれるのも当然よ」
チンピラ? ああ、アリアスとローレシアに声をかけてきた輩のことか。
俺が首を捻って昏倒させた奴らのことだな。
バレないようにやったつもりだったが、この暗殺者には気付かれたらしい。
闇社会の人間だから気付いたということか。
「噂に聞いた黒い外套、黒い髪、そして黒い剣。どうやらあなたが黒の剣で間違いないみたいね。暗黒騎士と呼ばれるだけあって、全身黒づくめですぐ分かったわ」
俺が全身黒で統一しているのは、単純にかっこいいと思ってのことなんだけどな。
前世でも私服は黒のスウェットやジャージばかりだったし。
まぁ分からないか。異世界人に俺のセンスは。
ダサいとか言わないでくれ。
「それで? 肝心の要件は? さっきも言ったが金はないぞ」
「随分と余裕ね。こういう状況は慣れっこかしら」
そりゃ、もう。嫌と言うほどたくさんね。
「金が目的じゃないとすると、俺に用事があるのか? デートの誘いなら悪いが断ってるぞ。俺には嫁がいるんでな」
ギリ、とナイフを握る手に力が込められる音がした。
暗殺者に怒りの感情が湧いているのが分かった。
どうやら、目的は俺への私怨らしい。
それがこの暗殺者の物か、組織的な物かは不明だが。
俺、そんなに恨まれるようなことしたかな……。
「あなたがそうやって幸せそうにしていることが、私は許せない。あなたのせいで私の生活はめちゃくちゃになった……! 私の大事な人も……!」
なるほど。大事な人を失ったのか。
それは悪かったが、生憎仕事でやってたしなぁ。
恨むならユグドラ王国を恨んで欲しい。
好き好んで人殺しなんてやるわけないだろ。
しかし任務でケイオス国に来たことは無いはずだが。
もしかすると、この暗殺者は別の国で暮らしていたのか?
困ったな……そうなると心当たりが結構あるな。
あれ、思ったよりも恨まれる道理があるぞ。どうしよう。
「それで敵討ちってことか」
「そんな個人的感情で動いていないわ。あなたが恐団の脅威になる可能性があるから始末する。それだけよ」
「きょうだん? そんな組織は初めて聞いたな」
教団、教壇、経壇、はてどのきょうだんだろう。
教団には嫌な思い出しかないから、そうじゃ無いことを祈る。
「暗殺恐団。このケイオス国の裏社会を牛じる、腐った組織よ。クスリの流通や怪しい教典の布教、身寄りのない亜人を奴隷のように使い捨てるこの国の暗部……ゴミのような組織だわ」
「自分の組織なのに、随分な言いようだな。まるで嫌々所属してるように聞こえるぞ」
「誰が進んでこんな組織に入団するの? みんなあいつに脅されたり、騙されて仕方なく入団してるに過ぎないわ。中には金儲けが目的のクズもいるけどね」
「それなら俺を見逃してくれないか。別にお前も組織に忠誠心があるってわけじゃないんだろ」
「悪いけどそれは無理。私はあいつに逆らえない。だからあなたを殺すしかないの……恨まないでとは言わないわ」
うーん、話を聞いてるとこの暗殺者はどうやら恐団とやらの被害者らしい。
仕方なく命令に従っているが、別に組織に絶対の忠誠があるわけじゃなさそうだ。
どうにか会話で乗り切れないものか。
それにしても、腕はいいのに性格は暗殺者に向いてないな。
殺す相手に『恨まないでとは言わない』なんて言葉をかけるなんてな。
俺なら、殺せと命令した奴を恨めと責任転嫁する。
そうでもしないと、精神がぶっ壊れるわ。
つまり、この暗殺者はかなりメンタルがやられている。
可哀想ではあるが、俺も命を狙われてるからなぁ。
俺の方が可哀想じゃないか?
「もういい? 悪いけど、終わらせるから」
「ああ、大丈夫だ。もう終わってるから」
「え……あっ! ナイフが折れてる!? いつの間にやられたの……!」
「会話してる間にちょろっとな。駄目だぞ、暗殺対象から目を逸らしたら。こうやって隙を突かれるからな」
「さっきの会話の……あの一瞬でナイフを折ったの……? 私が気付かないなんて……」
それくらい朝飯前だ。
魔力さえ使わずに指先ひとつでパキンと折るくらい簡単だ。
力加減とスピードにさえ気をつければ、ナイフが折れる衝撃が相手に伝わるのを最小限に抑えられる。
こんなことばっかり得意になって、本当に嫌になる。
「さて。その趣味の悪い髑髏の仮面は恐団とやらの正装か? あまりいい趣味とは言えないけどな」
「っ!」
暗殺者は服の中に手を伸ばそうとした。
恐らく隠し武器を取り出そうとしたのだろう。
俺はその手を払い、服の中の武器を取り出して投げ捨てる。
あ、咄嗟に胸に手が当たってしまった。不可抗力不可抗力……。
「毒付きのナイフか。服の中に隠しておくなんて中々危ないことをするな」
「くっ……! ここは撤退するしかないわ……」
「もう俺を狙わないなら見逃すぞ。その代わり、俺のことは放ってくれよ」
「……いいえ、あなたは仇。私の大切な人の……レクスの仇よ」
「レクス……?」
え、俺もレクスなんだけど。
いやいや、レクスなんてありふれた名前だ。きっと別人なんだろう。
「今日のところはこれで引き上げることにする。けれど黒の剣、あなたを許さないわ」
言い終えると、暗殺者は軽快な身のこなしで建物の上に登り、屋上を駆けていく。
その際に顔を隠していたフードが脱げて、髪の毛がふわりと宙に舞った。
青い、蒼くて綺麗な髪だった。
一度見ると忘れることのないだろう美しさ。
俺はその髪に見覚えがあった。
その時、孤児院の頃に仲の良かった幼馴染の少女のことを思い出した。
「セラ……なのか?」




