やっと並べる愛しい人
前作までを読むのが面倒な人向けの解説。
ロジン・ド・ラ・プロヴァール:今回の視点を描かれる人。前作まではお姉さんの視点から愛されるショタだった。
マアナ・ド・リキュール:前回まで視点を描かれていた人。ショタというかロジン沼にどっぷりつかっている人。
プロヴァール公爵:この作品の年の差婚を組んだ人。作者的MVP。
僕は成人である15を迎え、王立学園も無事卒業し、養父であるプロヴァール公爵の元で文官として起用される事が決まっていた。
そして、それと同時に僕の婚約者であるマアナ姉様の輿入れも同時に行われることになっていた。
新婦の年齢に余裕のある普通の結婚なら、お互いに成人したからといって即結婚という事は少ない。
夫になる男性の方は成人後に就く仕事に慣れ、安定して務められる……つまり家族を養うに値する仕事ができると目されるようになるまで時間がかかるものだし、女性の方は女性の方で王立学園入学前からの地縁で作ったコネや、学園で新たに作った派閥のつながりなどを確定して夫になる男性を助ける下地をつくるものらしい。
でも、マアナ姉様は僕よりかなり年上で、社交界で活動しようにも僕とセットだと色々色目で見られる事が多かった。
そういう趣味なのだと勘違いしたアンテナの低い勘違い貴族か、僕の派閥と敵対的な派閥が僕とマアナ姉様の間にゆさぶりをかけるために、僕と同じくらいの年の男をマアナ姉様に近づけようとしたりね。
僕とマアナ姉様は「そういう事ではない」って、ちゃんとお互い理解してるからそんな陽動には引っ掛からなかったけどね。
ただ、今でも許せないのはキハール侯爵の遠縁を名乗る美少年(憎らしいことに外面だけは僕でも認めないわけにはいかない美しさだった)の「正直な話、ロジン殿が相手だと溜まっているものも発散できなくて辛いんじゃないですか?私なら貴女の欲望の全てを叶えて差し上げる用意がありますよ」とかいう解りやすい挑発を僕が自分自身で払い除けられなかったことだ。
当時僕はまだ14歳で成人していなくて、マアナ姉様に触れることはできなかった。
姉様の方から僕に触れることはそれこそ法に触れる行為だったし。
そこに自称16歳のあいつが割り込んできたわけで、思わず手が出そうになったんだけど、その時はマアナ姉様が僕を抑えて。
「私、若い方に触れたいからロジン様と婚約しているわけではありません。結果として私が年増になってしまう婚約になってしまいましたが、そこにきちんと愛情が育まれるように絆を深めてまいりました。そのような下品な仰りようをする方はお断りです」
ってきっぱりと言い切って、あいつを手ひどく振り払ってくれたからその場は何とかなったんだけど。
それからも僕が成人する前の夜会で顔を合わせると絡んでくるのは止められなくて、そのたびにマアナ姉様に助けられて。
僕がどんなに無力な思いをしたか。
毎回きっぱり僕以外の男性に興味はないといってくれるマアナ姉様は愛おしかったけれど、それはそれ。
僕も男だ。
好きな人に付きまとう虫は自分でどうにかしたかった。
それにマアナ姉様を欲求不満をどうにかできるなら相手は誰でもいい不実な女扱いしているのなんて頭に血が上るのに十分な侮辱だ。
僕はその時明確に人を憎んだ。
いや、人も憎かったけど、自分自身も憎かった。
もっと早く生まれていれば、と考えたことは一度や二度じゃない。
自分自身ではどうにもできなくてもそう考えてしまうんだ、とても、厄介だった。
でもそんな僕の拘りを溶かしてくれたのはやはりマアナ姉様だった。
あいつが絡んできた日の後日には必ず時間を取ってくれて僕と他愛ない話をして、その最中でいかに僕という個人を愛しているか、いかに他の男なんか目に入らない気持ちでいるか、どんなことを言われても僕と添い遂げられるなら些細な事だと耐えられるから短気を起こして立場を悪くしてはいけないと、言い聞かせて僕の心のとげを抜き去ってくれた。
「ロジンが私にとっての良い子にならなくてもいいの。でも貴方が他の皆から瑕疵のある人間だとされて私から遠ざけられたら耐えられない。だからどうか、耐えてください。私の可愛いロジン」
そう言って、僕の手を取るマアナ姉様は。
とっても優しくて、とっても柔らかくて、とっても綺麗だった。
そして、その美しい言葉で耐えがたい屈辱に耐えるのも、もう終わりだ。
僕の養父、プロヴァール公爵の領地に赴く前に、僕とマアナ姉様は式を挙げ、籍を入れる。
今日でマアナ姉様と僕の身を清める禊も終わり、明日には教会で式を行う。
あと僅かでマアナ姉様が僕のものになる。
15年間、僕の事を見守ってくれた人。
本当は知っていた、僕を護るように立ち回ろうとして初めは上手くできていなかったことを。
本当は知っていた、姉様が年経るごとに僕の愛情を繋ぎとめられるか不安に思っていたことを。
本当は知っていた、僕が怒りに燃えていた時、一番傷ついていたのは姉様自身だったという事を。
全部、自分で気づいたわけではない。
マアナ姉様に長年使えるメイドのカクテルが秘かに僕に知らせてくれたのだ。
姉様が不安に揺れていた夜を。
姉様が寂しさに焦がれていた夜を。
姉様が泣いていた夜を。
そんな姉様を僕が守るのに、一番足りないものがようやく最低限手に入った。
それは時間。
僕の為に学園を卒業してからも知識を深め、容貌を磨き、何より愛し続けた人を護るために必要だった時間の経過。
つまり「成人」という立場は、ようやく僕の手に入った。
これからは僕はマアナ姉様を小さな手で慰めるだけではなく、大人の手で包み、守ることができる。
マアナ姉様。
僕はようやく明日、貴女の隣に並べます。
鐘がなる。
その音と主に鳥が飛び立ち晴天の空に散っていく。
教会の前に並んだ二台の馬車から、僕とマアナ姉様が介添え人に手を引かれて降り、花道を並んで歩く。
そして教会の閉じられた扉をマアナ姉様と力を合わせて開き、中へと入る。
拍手があちこちから湧き上がる。
その中を歩き、教導師様が待つ祭壇まで歩く。
そして説法と、誓いの言葉を繰り返すように言われる。
「私、ロジン・ド・ラ・プロヴァールはマアナ・ド・リキュールを妻とし、病める時も健やかなる時も互いを愛し、支えることを誓います」
「私、マアナ・ド・リキュールはロジン・ド・ラ・プロヴァールを夫とし、病める時も健やかなる時も互いを愛し、支えることを誓います」
そして、誓いのキス。
「ロジン。本当にいいのね?」
「いいんだよ、マアナ。これこそが僕の望みだ」
「きっと、私は先にお婆ちゃんになって貴方を置いて行ってしまうわ」
「もしそうなら、天国で待っていてください。すぐに、とはいかないかもしれないけれど、かならずマアナを探しに行くから」
「ロジン。今ならまだ……」
「マアナ、もう引き返せない」
言い訳を続けようとするマアナ姉様の口をふさぐように接吻した。
「僕の覚悟はもう決まってるんだ。貴女以外は欲しくない」
まだマアナ姉様と並ぶ程度の身長だけれど、これからもまだしばらく僕の背は伸びるだろう。
今まで貴女の日陰で日差しから守られていたように。
これから先は貴方を僕の影で守るから。
そう想いを込めた言葉を告げたら、マアナは化粧が崩れるのもかまわず泣き出してしまった。
あまりに激しい涙の流し方に、身体を支えて、ブーケを彼女の代わりに投げた。
祝福の声が木霊する中で、涙に沈む彼女を抱いて式場を後にする。
その時になっても、マアナはまだ泣いていた。
それだけ抱え込んでいたものが大きかったんだろう。
だから僕はいつまでもマアナを抱きしめ、宥め続けた。
いつまでも、いつまでも。
涙が枯れるほど泣いたなら。
その後はきっと二人で笑いあえる。
そう信じて。