ようこそ、呪われた街へ#8 これがきっと最善の選択。
時間は経過しているのに日は落ちない。
沈んでいくはずの太陽が東の空でずっと停滞して、まるで時間が止まっているのを具現化している様だ。手元の時計を確認すると数字を指している秒針は動いていた。どうやら時間自体は進んでいるらしい。表の世界と並行に。
「なぁ、さっきの話だけどさ、何でお前には見えて俺には...人の姿が見えないんだ?」
「君はこっちの世界に来てまだ間もないからさ。じっくりこの世界に馴染んでいって。そしていつかは見えるようになってくる。」
この生ぬるいくて妙に甘い空気に満たされていて居心地の悪かった世界が今では何処か心地よくなっている気がする。馴染んでいくというのはこの事だろうか。
(別に悪い気分じゃ無いな)
「この世界には君と同じような人間は居るのか?」
疑問だった。この無駄に広い街に僕と君以外の人間が居るのか。もし誰かが居るなら助けることは出来ないけど一緒に居る事は出来るはずだ。人が集まれば不安も少しは解消されるだろう。そう思って彼女に尋ねた。
「居てもこの世界に馴染んじゃうからね。不安も恐怖も記憶も無くなって、
“元からこの世界に居た”って。」
「記憶が無くなるって、どういう事だ?」
人間死ぬよりも怖い事は記憶が無くなる事だ。
以前の記憶が無くなるという事は今までの自分が居なくなるわけで、それは死と等しい現象だ。
「君、この世界に馴染んできたんじゃないかな。この気持ち悪さに心地よさを感じてきたんじゃないかな?」
( !? )
「もし、その心地よさに飲まれたら君という一人の人間はもう居なくなる。全部消えて君は黒い感情だけが残った残りカスになっちゃうんだ。」
彼女はまた、真剣な顔でこっちを睨む様に見て言った。
「消えたくなければ、意識をしっかり持て。流されたり満足してはいけない。君が君である証明の火を心の中で絶やさないで。」
その言葉には何処か本気の何かを感じた。
遊びじゃない、誤魔化しの効かない“本気”を彼女から感じた。
この自分が消えてしまったら元から居たこの世界の住人と同じ、どす黒い心だけが残って人格もおかしくなってしまうんだと思った。
だが彼女の言う事が真実ならば、彼女は既に闇に飲まれている事になる。
俺には見えていない者が見えていて。もう馴染んでしまっているのだろう。
不意に電話口の母親の事を思い出した。あの母は元からこの世界に居た裏の母親だったって納得できた。口調は怖かった。人格はもう制御できていなかったが、母は決して一度も俺が死んで嬉しんでいる言葉は発さなかった。母がからしてみればこちらの世界の俺は居なくなった訳だから死んだと同然なのだ。それで悲しんでくれた。どす黒い感情しか残ってなくても母は俺を愛してくれていたんだ。
「―――――――なぁ、馴染んで消えてしまうのは本当にダメな事なのか?」
もう二度と向こうの世界に戻れない。ならばいっそこのまま俺と言う人物は消えてしまっても良いのではないだろうか?
この街で待ってる。 序章
ようこそ、呪われた街へ編はここで終了になります。
次章に続きますのでよろしければブクマの登録、率直な評価等聞かせて頂ければと思っています。
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