嘘偽リノ街 #10 一人孤独
気が付いたら走っていた。
何も思い出したく無い様な、不安と恐怖が背中から心臓を鷲掴みにしてくるような不思議な感覚に襲われた。足は震え正に笑っているという表現が言葉としてぴったりと当てはまる。こめかみから滴る汗を拭い後ろを振り返った。
気が付いたら畦道を走り抜けていた。
走り際、彼女は僕に不思議そうな表情を向けていた。まるで当たり前の事に何故疑問を持つのかと、問うような表情だ。彼女は彼を”佐倉蓮”と紹介していた。今になって冷静に考えてみる。ソレはただ同じ名前で僕とは全くの別人なのではないか。実は全く別の名前を言っていたのではないか?ソレはそもそも名前では無いのではないか。あの化け物が———。
「わけがわからない」
僕は考える事を放棄した。
これ以上考えてもきっとこの現状は何も変わらない打破できない。脳みそがはち切れる前に大きく空気を吸い込み落ち着きを整えた。
———もう一度戻ってしっかり話してみよう。
さっきは焦っていただけだから。 そうだ。驚いていただけなんだ。
自分に優しい言葉を言い聞かせた。さっきの無礼な態度を謝ろう。あんなに恐ろしい見た目でも花音は神様だって言ってた。きっと許してもらえる。
僕は来た道を戻ろうと畦道に一歩足を踏み入れた。
—————————確かに踏み入れたはずだった。
そこに道は無かった。
確かにさっきまで道になっていたその場所は草が生茂りその先には何も無かった。道は暗く閉ざされていた。