嘘偽リノ街 #6 全部自分のせいだから。
「この世界、君はどう思う?」
街の外れにある、草が生い茂る田んぼの畦道を歩いてる時に彼女は僕に尋ねてきた。
「空気が生ぬるくて陽の沈みもないし、気持ち悪い。」
「率直に言うんだね」
不意に聞かれた事だから何も考えずに、脳死で答えてしまった。この生ぬるい空気に当てられて頭がボーっとしてしまっている。実際に気持ちが悪いのは本当だからだ。
「君はこの世界の事嫌いなのかな」
僕はこの世界の事をまだ何も知らない。正直興味もないし死に場所位にしか考えていないから興味を示そうとも思っていない。結果自分は嫌いでも好きでも無く、“どちらでもない”が適切な言葉になるのだろう。
「正直好きでも嫌いでも無いかな」
「じゃあ君の考えが変わるようにこの世界の事、この街の事、教えてあげるね」
そこから彼女の話が始まった。この世界の仕組み、あの影達や、コインの裏表の意味。そしてこの世界がある理由、全てを僕に話してくれた。
「私、この世界の神様なんだ。」
彼女は自分を神様だと言った。少し後悔をした様な表情を浮かべながら、彼女は告白した。
「私ね、この世界の神様に立候補したの。初めてこの街に来たときは君と同じ、前任者の裏人格が無理やり私の事をこの世界に引っ張ってきたの。」
「君も同じだよね、裏人格の私が君をここに連れてきちゃったんだよね。」
あの日、図書館の前のベンチで座り込んでいた少女はやはり花音本人だった。違うところは人格だ。あの時の冷たい視線、悪意に満ちる視線は今の彼女からは感じない。
「もちろん初めてこの世界に来たときは戸惑ったよ、帰りたくて、帰りたくて、仕方なかった。」
彼女の瞼には涙が滲んでいた。今にも泣きそうな顔をしていた。悲しみで震えそうな左手を右手で強く抑えながら彼女は続けた。
「私ね、家族がお母さんだけだったんだ。お母さん一人で私を育ててくれた。だけどね、頑張りすぎて過労で倒れちゃって入院生活。それでね、倒れた時に運悪く頭をぶつけちゃってね、病院で寝たきりなの。」
彼女は歩みを止めた。ジリジリと街を照らす不気味な太陽を見つめながら彼女は言った。
「病院に行ったお見舞いの帰りにね、ある人に会ったんだ。その人は何でも1つだけ願いを叶えてくれるって言った。真っ先にお母さんの事が浮かんだよね。」
「私は元気なお母さんが見たかった、でも条件があった。———それがこの世界の神様になる事。」
そう言った彼女は、涙を流していた。頬を掻くように流れた涙はポタポタと落ち地を濡らしていった。
「そしてこの世界に来た。影の人達の話も聞いた。同情しちゃったんだ、皆が可哀そうだって。」
この世界の住人達は表の世界に出れない怒りや悲しみ、憎しみの感情達の具現化。もしこの世界が無くなって表も裏も無くなったら、きっと良くない事が起こる。もちろん良い奴も居れば悪い奴だっている。負の感情が一概に全て悪いとは考えてはいけない。彼らにはこの世界、この街にしか居場所が無い。もし神様が居なくなってしまったら全てが消えてしまう。
花音はこの場所を哀れんでしまった。母親の事で精一杯なのに、全てを救おうとしてしまった。
それが彼女を苦しめた。全部を救おうとした彼女は得られなかった。元気な母親の姿を見るという一番自分が欲しかった願いを。
「お陰で前の世界には戻れない。お母さんにはもう会えない。————それできっと私、寂しかったんだと思う。」
彼女はこちらを向いた。
「寂しいって悲しんだりするのも裏の顔。…そっか、だから裏人格の私は君をこの世界に連れてきたんだ。」
何かに納得した彼女の目から、大粒の涙が溢れ出る。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい———。」
彼女を照らす太陽は彼女を同情する様にも、責めている様にも見えた。
大声で泣き崩れる彼女を僕は見つめる事しか出来なかった。