第55話 オーバー・デイ・ウェイング 進
「.......」
目が覚めて照らし出す光が窓から差して眩しい.......。
昨夜もいつも通り問題なく寝た。変な夢も悪夢も見ていない。なのになぜか切なくて胸が締め付けられる。
なにか……そう。そう、なにか。大事なことを失ったことがどうしても気になって仕方ない。
「ったく。何やってるのよベリアル。そんなんじゃ“大魔王″になるなんか絶対に無理よ」
一発軽く頭を殴られて気づいた。そういえばいつも通りガルナが来るんだった。
魔王城で教育を受けてから数年。『あねさん』と一部の者たちからそう呼ばれて慕われ、ある者は『カコかわの姫さま』や『鬼姫』と呼ばれてた正義感が強く、可愛くて強い鬼人族の魔王の娘。ガルナだ。
『お前が大魔王の息子?』とガルナの方から接してきたことを機に交流を重ね、力も心もガルナに勝ってから、ガルナが毎朝早くオレに会うようになったんだ。
「.......そうか。なら治すよう努力すればいいだけだ」
堂々とそう言い返した。腑抜けていたのは事実だ。いくら言葉をかけようと覆い隠してしまう以上、認めて努力した方がいいからな。
「……そう。相変わらずアンタらしいわね、ベリアル」
ガルナが微笑みながらそう言った。美人だから綺麗な容姿が微笑むことで可愛さが増して一層に美しくなる。どんなに綺麗な宝石や花すらも凌駕する程だ。
朝にいいものを見せてくれて腑抜けてたからカツが入った以上、すぐに行動へ出る。
真の大魔王は弱さがなくいつでも威風堂々としていなければいけないからだ。
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「今日の空はどうだ?パーシヴァル」
「綺麗に決まってるだろ」
扉を開けた音がしたとしても、相変わらずパーシヴァルに隙が無いから本当に羨ましいしくてムカつくぜ。
音や気配を消していようが、“いる“と分かって自然に対応するからな。
「朝から闘うのは結構だが、ほどほどに終わらせた方がいいぞぉー」
オレがパーシヴァルのどっちかが手を出すのはいつもの事だが、ガルナの忠告でオレとパーシヴァルは我に戻って闘いを止めて距離を取った。
「また腕を上げたな、ベリアル」
「お前こそ、前より力が強くなってるじゃねえか」
日の光が二人を照らし二人の下に映し出される影の明暗な光景をガルナは静かに見つめていた。
毎度のこと二人がこうして闘い合っているところを見てきたガルナは楽しみの一つとなっていて、観覧している。
最初は好きになった人がこんな強者に対抗心を燃やして毎回熱くなっていることに引いていたが。大魔王を目指す過程で「パーシヴァルに勝つ」という目標が彼をより一層に強くしていて、彼が楽しくも本気で挑み励んでいることを理解して、慕わしく思うようになり。パーシヴァルが少し羨ましく思えるようになった。
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前半の授業が終わり世界樹の頂上付近でオレとパーシヴァルとガルナ。そしてレクスの四人で昼飯をしていた。
男女で一緒に食事をしたり一緒にいたりするとカップルとかと周りからよくからかわれるが、レグドの上々まで登ろうとする魔族はオレ達以外に誰も居ない。だから静かで気楽にできる。
「どう……ベリアル」
「おいしい……おいしいよガルナ! 言うのもなんだけど、ガルナも食べて」
ガルナの弁当箱が開いて「まず最初に」というより弁当箱の中綺麗に詰まった「美味しい」と一目見て確実にそう思うものを一つオレは試食した。
オレの好物の一つ唐揚げ。身に凝縮された味が生きていて冷めているのにおいしい。
魔物の卵料理もおいしくて、一口噛んだ瞬間から食欲が勢いよくぐんぐん湧き上がっていく。
「弁当にする以上どうしても冷めてしまうから、冷めてても美味しさを損なわないもので統一したんだ」
「なるほど。どおりで弁当のくせにここまでおいしいわけだ」
「腕を上げたなガルナ」
「これはアンタらのために作った訳じゃない! 食べるのはほどほどにしておけ!」
ガルナがパーシヴァルとレクスに突っかかってちょっとした小喧嘩が起こっている。
鬼人族は魔族の中で特に酒好きな為、味付けの酒を前提とした料理が中心となっている。
そのためオーガ族の財源は酒が根底となっていて、良くも悪くも魔族の生活を裏から支えているんだ。
だから財政を独占しないよう双方の関係でいるように3%の酒税を条約で結ばれている。
「……最高だな。この時間は」
美味しいものを食い、酒が入ったコップ手にレグドの頂上から見える景色を眺めながらそうつぶやく。
「――っ!?」
酒が口紅に触れようとした瞬間、腹を貫かれた光景が脳裏に浮かんだ。
コップを落としてしまったことすら吹き飛ばすほど違和感と動揺がわき深く動揺する。
「どうしたベリアル。なにかあったのか」
「あ……いや、その…」
「問題ない。少し景色に見とれてしまっただけだ」と言って問題ないとするだけなのにその気が起きない。
少し息を吸ったり両手で顔をパシッと叩いて落ち着かせようとしても、違和感と動揺がおさまらない。
「……悪いがパーシヴァル。一発オレを思いっきりぶん殴ってくれ」
「ちょっ!? なに言ってんだベリアル! 気でも狂ったか!」
「オレは正気だよガルナ。ただちょっと活を入れてもらうだけだよ」
殴られたことで意識が薄く消える光景。水の中に沈んだ火。光に飲み込まれた火。
それらの光景が一瞬一瞬に見えた。
ここは……未練だ。「もっと過ごしたかった」というオレ自身の想いそのものだ。
大魔王となった頃からただの学生だった時の事を思い、想像したりもしたが。
それは大魔王になったことに後悔したのではなく、『楽しく充実してたあの過去が何より良かった』と気づき。分かってしまったからこそ“溝“になるまで想い抱き続けていたのだ。
ーーベリアル!
叶うならあの日々を楽しみたい…。何より楽しくかけがえのないあの時間をもう一度過ごしたいという、オレの何よりの願い。
ーーベリアル!
叶わないとは分かっているさ。夢でいいから....いや、『現実になって欲しい』とずっと願い抱き続けた。
「――ベリアル!」
......そうか。だから俺はーー
「――いたっ!?」
「返事くらいちゃんとしてよ! もうっ! 心配するじゃない」
「.......ごめん、ガルナ。泣かせてしまって」
思い出せたことはいいが、ガルナを泣かせる程迷惑をかけてしまったのはあまりにも失態すぎた。
すぐそばにいてこうして接しているガルナにパーシヴァル、レクスは間違いなくオレが理解している人物と同じだ。
ここがオレの作った楽園世界そのもの。其処にあり、そこに生きる“もの“は全て作り物で幻だ。だが生きていることは同じだからこそ本当に申し訳ないのだ。
「思い出し、真実を知った気分はどうだ? ベリアル」
「...全て知っていたんだな」
「当たり前だ。お前の中の私とはいえ、私が私であることに変わりないからな」
相変わらずレクスはレクス自身のままだな。
となれば目の前のパーシヴァルとガルナも。オレの中で一独立した存在だということか。
「.......どうしたの?ベリアル。悲しそうな顔をして」
「悲しそう?.......ああ、少しな」
「無理にパーシヴァルに活を入れさせたからそうなったんでしょ。 ほら。まだ治りきっていないんだから安静にしてなさい」
「違うんだガルナ。これは……」
「ベリアルは大事な事を思い出したのにも関わらず、恐ろしくてうずうずしているんじゃガルナ」
何かをしているときも、何もしないでいても、現実は常に進んで行く。
だからこそ一秒たりとも無駄にすることができない。
ここからは出て行かなきゃいけないと分かっているが、それができない。
「……どういうこと?」
「一分一秒争う大事で大切なことの事じゃ。こやつは行かなきゃいけないが、夢の世界に二度と帰ってこれないからこうしてイジイジしているんじゃ」
「……」
夢に見たことだ。トリスタンによってオレの【魂】が破壊され散り散りとなった残留思念が行きついた偽りの世界。
無論現実のガルナたちを守りたいが、現在はほぼ間違いなく教団との決戦中だろう。大魔王が加わったところで戦況がどうなるか分からないし、勝ったとしても″その先“で待ち受けているものに、起こる事に対処しなければならない。
正直に言って、怖いし疲れた。
だからオレは、オレの想像の楽園で最後を――
「行けよ、ベリアル」
「.....パーシヴァル?」
さっきとは比にならない程に強いパンチを浴びせられた。
パーシヴァルが、怒っている。
「オレのことは気にせず行け。時間がないんだろう?」
「……」
「オレが知っているお前は! 何があっても諦めず、前を向いたまま突き進んで行く奴だろう!
お前に何があって、なにをしようとしているのかはオレにはわかんねえさ。だが、
オレを目標に努力しているお前の努力姿にオレは惚れたんだ! お前のその強い根性さにはいつも負かされているんだよ!
お前がいなければオレはここまで成長できなかったさ。お前がオレを強くしたんだよ!」
「....…ありがとう。パーシヴァル」
“パーシヴァル“と出会ったからこそ――いや。出会えたからこそオレは強くなった。
想像上の存在だがここまで熱く言われたら心に来るじゃねえか……
もしかしたらパーシヴァルも、内心はそう思っていたのかもな。
「ベリアル」
「...ガルナ」
「あなたがどんな状況なのか、私には全然分からないけど、気をつけてね」
「.......」
「だから無茶は.......いや、私のことも気にせず行きなさい。アンタは将来の大魔王なんだから!」
そうカッコつけて言った後恥ずかしさに打ちひしがれるガルナを見て思わずクスッと笑ってしまった。
「ありがとうガルナ。行ってくるよ」
「...ええ」
ガルナには申し訳ないが、おかげで心をリラックスできた。
ここの未練は乗り越えれた。心置きなく前へ行ける。
「私が送ってやろうか?」
「いや、いい。ここから出る方法は分かっている」
少し離れてオレの全身が【火】となって燃え始めた。
パーシヴァルとガルナが慌てふためくが、レクスが状況を説明して落ち着かせてくれた。
「じゃあ...行ってくる」
天空高く舞い上がり、オゾンを突き抜けて宇宙も超えてまっすぐ向かって進む。
自分の姿が紅蓮に燃え盛る鳥の怪物。フェニックスになっていることも目の前の光景がどんなものかも気にせず、“ただ”まっすぐ前へ。
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「....またせたな、パーシヴァル」
髪が炎となって燃え輝き、背中には灼熱の翼を得て現世へ舞い戻って来た。
最初の展開を没にして今回の話にしたら意外と筆が乗っていつもより文章が長くなりました。