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中央神殿と魔塔は相いれないのに。



 扉の音に振り返れば、金の髪と青い海のような瞳をしたレイが立っていた。

 ぼやけていてはっきりしないけれど、いつもの黒い色合いではなく、今日の装いはほとんどの面積を白が占めている。


(そういえば、騎士団の礼服姿のレイは初めてかもしれない)


 エレノアは、その事実に思い至って、氷像になってしまったみたいに動きを止めた。

 婚約が決まった、5年前から、戦いに明け暮れるレイの姿は、いつも黒い軍服だったから。


 そして、唯一その白い礼服に袖を通しただろう、あの戦争に旅立つ日の式典。

 エレノアは、その姿を見ることもなく、魔塔に籠ってしまい、その日から一歩も外に出ることはなかった。


 沈黙が部屋中を包み込む。

 リリルに助けを求めようと振り返るけれど、気を利かせたつもりか、すでにその姿は室内にいなかった。


(本日はお日柄もよろしく? いやいや、礼服姿初めて見ました? いや、あの時のことをこんな日に蒸し返すのも……。だから、つまり私が言いたいのは)


「この日を迎えることだけを夢見ていた」

「え?」


 レイが、エレノアのそばに歩み寄ってようやく、その装いがあまりに麗しいことに、エレノアは気が付く。


(この日って、もちろん結婚式を迎える、今日この日よね)


 エレノアの、ハーフアップになっている髪の毛に、壊れ物を扱うみたいにレイが触れる。

 鼓動が高まっていくのを、どうすることもできずにエレノアは俯いた。


「誰よりきれいだ。エレノア……」


 レイは、こんな風に甘い言葉を放つ人だっただろうか。エレノアのことを出迎えてからのレイは、以前と違う人なのではないかと思うくらいエレノアに甘い言葉を投げかける。


「……レイも、王都中のご令嬢が振り返るくらい素敵だと思うわ」


 完全に見えないエレノアは、断定することができない。

 でも、どう考えても、それは事実に違いない。


 エレノアは、視力がほとんどなくなる前に、おそらく誰よりもカッコいいだろう礼服姿を見せてもらっておかなかったことを、ほんの少し残念に思う。


 そして、そっと胸元の金色の飾り紐を手に取りその茜色の瞳を遠慮なく近づけた。


「すごい。この飾り紐も、千年蚕の糸で作られているのね……。貴重だわ。これのおかげで、通常の装備を付けることができない礼服の、魔力防御が大幅に上がっているわ。素晴らしい」

「えっ? ああ……。ほかにも気が付くことはない?」

「うん、このブローチの茜色した魔石。ものすごく大粒で純度が高いわ。……ところで、こんな色の魔石を持った魔獣なんていたかしら?」


 エレノアは、首をかしげる。

 赤い魔石は、炎属性の魔獣が持っているという。

 でも、深い血のような赤色がほとんどで、こんなにも鮮やかな茜色があるなんて、博識なエレノアでも聞いたことがなかった。


「気になるの、その部分なんだ……。俺は、エレノアが選んでくれたネックレスが、俺の瞳の色で嬉しかったのに」

「……あ」


 レイが、本当に嬉しそうに笑うから、エレノアは、心臓が一瞬止まってしまうかと思った。


「さあ、時間だな」


 しかし、レイはその直後には、誰よりも強く、冷静で、愛や恋なんてものには、まったく興味がないと誰もが思うような冷たい表情になった。


 レイの表情は、いつからこんな風になってしまったのだろうかと、エレノアは思う。

 多分それは、あの日からなのだけれど……。


(こんな日に考えることではないわね……。だって、今日は結婚式)


 その言葉にたどり着いた瞬間、まったく実感がわかなかった出来事に、エレノアはようやく向き合う。


「あのっ、結婚式ってどこで」

「中央神殿」

「えっ?! そんな恐れ多い!」


 そもそも、魔塔は魔術の象徴であり、神と信仰の象徴である神殿とは相いれない部分が多い。

 だからといって、全面的に争っているわけではないにしても、エレノアが歓迎されないのは、目に見えていた。


 実際、悪事を働いた魔女を神殿が断罪し、火刑に処したということも歴史上ではあったのだから。


「――――エレノアは、歓迎されると思うけど」

「そんなっ。私は魔女なんだよ?! 英雄権限でゴリ押ししたのかもしれないけど、先方にもご迷惑だと」

「……こんな風にエレノアを目立たせるようなこと、俺だってしたくない。それでも、国王陛下からお許しをいただいた時の、条件の一つが中央神殿で式を行うことだから」


 そこにも、やはり政治的取引があったのだろうか。

 そして、やはりエレノアのことを目立たせたくはないのだと、本心を聞いてしまったエレノアは肩を落とす。


「それにしても、国王陛下のお許しって……」

「英雄として戦争に出立した三年前、エレノアに逃げられてしまったけれど、俺の願いは一つだった」

「ん? それだと、英雄としての褒賞として願ってしまったように聞こえるけれど」

「事実だ」

「もったいない!」


 あれだけの功績で、英雄として認められたなら、それこそ王女と婚姻を結んで、王族になることだってかなうだろう。

 それなのに、どうしてエレノアと婚姻を結ぶことに、そこまでこだわったのだろうか。


(確かに、私が魔術を発動し続けなければ、レイの義手は機能しなくなる。それを心配したのかな? ううん、レイはそんな人間じゃない)


 常時手袋をはめているから、パッと見ただけでは、レイの利き手が魔道具と神代の技術で作られた義手であることに気が付く人間はいないだろう、


(それに、結婚なんかしなくても、私は魔塔でずっと……)


 エレノアは、怠惰に暮らしていても、時々ちゃんと好きではない運動をした。

 だって、エレノアが魔術を発動できなくなってしまったら、レイが困ってしまうから。


 でも、もし英雄になんてなりたくなかったというのが真実なのであれば、エレノアがしたことは、余計なことだったに違いない。


「また、余計なことばかり考えている。結婚式の当日くらいは、俺のことだけ考えてくれないかな」

「言われるまでもなく、今考えていたのはレイのことだわ」

「えっ……」


 その瞬間、レイの目元が赤く染まったことなんて、エレノアは気が付くことがなかった。

 それに関しては、視力云々の問題ではないのかもしれないが。


「――――そうね。いつまでも、うじうじ考えているなんて、私らしくないわね」

「そうだな。いつだって、前に向かって突き進んでいたからな。エレノアは」


 エスコートに差し出された左腕に、エレノアはそっと手を添えた。

 その腕は、温かいぬくもりをエレノアに与えてくれる。

 まだ、状況が呑み込めていないけれど、レイの笑顔は偽物ではないのだと、エレノアにはわかるから。


 そして、人よりも聴覚が優れ、しかも指輪の力で、視力以外の五感を増幅しているエレノアには、レイの心臓の音が、強く、早くなっていることがわかってしまうから。


 エレノアは、腕に添えていた手の力を少しだけ強める。

 少しだけ動きを止めて、振り返ったレイが、エレノアに微笑む。


(認めよう……。私は、この瞬間を確かに夢見ていた)


 二人は、歩き出す。

 この先に、待っている運命は、まだわからない。


 わからないなら、今はこの幸せな時間を、つかんで離さずにいたいと、心に決めて。

最後までご覧いただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お互いの色のアクセサリーを身につけて結婚式!いいですね♪ レイ様の南洋の青の瞳にうっとりです^_^ 白い礼服姿のレイ様を見せてあげたいです〜 [気になる点] アリシアが残した「物語が…」と…
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