瞳の色とか以前にまた戦争が起こります。
◇
(……夜を徹して、研究に勤しんでしまった)
その結果、エレノアは侍女のリリルに盛大にため息をつかれてしまう。
(これは、私が悪いのではないの。充実しすぎている、設備と素材がいけないの)
「結婚式の前夜に、完徹してしまう花嫁なんているのでしょうか」
「認めたくないけれど、ここに……」
たぶん、エレノアが英雄の妻になんてふさわしくないのは、こういうところなのだ。
それでも、エレノアを着飾り始めるリリルの手腕は完璧だった。
「こんなに、クマを作って……。でも、意外と周囲の目には、待ち望んだ婚姻のせいで眠れなかったけなげな花嫁に……」
「無理があると思うわ」
それでも、エレノアが幸せな花嫁を演じることは、今回の婚姻の重要な要素だろう。
「凱旋の祝いも含めた婚礼。レイ様に……恥をかかせたくは、ないわね」
「それでは、着飾るほかにありませんよ。ドレスは、こちらで決まりにしても、メイクや宝石はどうしましょうか」
「――――任せるわ」
「変わりませんね?」
エレノアは、服のセンスがない。
というよりも、自分で選んだ試しがない。
魔塔に引きこもる前には、いつも、レイかリリルが用意してくれていた。
(魔塔では、ローブを纏っていればよかったもの)
ため息をつきながらも、腕まくりをしたリリルのやる気は漲っているように見える。
しゃべったり、鼻先に煤を付けたりしていなければ、エレノアの外見は完璧なのだ。
だから、あとはそれを引き出す装いをしてもらうだけ。
「それにしても、どこの王侯貴族のドレスですか」
「うん……。昔から完璧主義者だとは思っていたけれど」
エレノアに用意されていたドレスの素材は、千年生きるという蚕によって生まれた希少なシルク。
そして、飾り付けられた青い宝石は、おそらく大陸全土でも王宮の宝物庫か、国家の持つ博物館にしかないような代物だ。
(昨日今日で、準備できるはずもない。一体いつから……。いや、むしろ千年蚕のシルクがあるなら、あの誰もが虜になるローブだって作れるのでは?!
それはともかく、特に圧巻なのが、見るものが見れば明らかな神代のの指輪。歴史的にも、性能的にも、美術的価値も恐ろしいほど高いことは、魔塔の長ではなくても一眼でわかる。
「再び戦争が……起こる。この指輪のせいで」
「そうなっても、ラプラス卿が何とかしてくださいます」
それはそうなのかもしれないけれど……。
昨日、英雄になんてなりたくなかったと言ったレイが、再び戦争に行くなんて、もうエレノアには、堪えられそうもなかった。
「戦いなんて、ないにこしたことはないわ」
あの時、新しい義手の使い心地を確かめる間もなく、レイは戦いに身を投じてしまった。
(英雄になりたいのだと、自由になりたいのだと思っていたのに)
取り留めなく考え事をしているうちに、素晴らしい手際でエレノアの準備は整っていく。
最後に、胸元につけるネックレスが、ずらりと並べられた。
「ドレスとメイクに合いそうなものだけを選びました。せめて、この中から選ぶのは、ご自分でされてはいかがですか?」
「そっ……そうね。頑張るわ!」
「――――魔道具に使う、魔石を選ぶときは、迷いのかけらもないのに」
エレノアは、これ見よがしにため息をつく、リリルの言葉を流し、真剣な表情で選び始めた。
そこで目に留まったのは、レイの髪の色と同じ金色のチェーンに、南の海みたいな鮮やかな青い色の石がはめられたネックレスだった。
(そう、アクセサリーの色合いを合わせるのが、無難だと習ったわ)
エレノアの指にはめられた、持っているのも恐ろしい、しかし外すことを禁止されてしまった価値を考えるのも恐ろしい指輪の宝石は、南洋の青。
そして、レイの瞳と同じ色だ。
「……意地っ張りのお嬢様は、もしかしたら、こちらのネックレスは選ばないかもしれないと思っていました」
リリルが、ネックレスを身に着けたエレノアに、感慨深げに呟いた。
その言葉を聞いたエレノアは、思わず自分の胸に輝く、青い宝石を見つめる。
(あ、レイ様の瞳の色と同じ……。これじゃあ、私がレイ様のこと大好きだって示しているみたいじゃない?)
婚礼の参列者に、二人の仲が良いことを見てもらうことが大事なのだから、エレノアの選択は間違っていないはずだ。
けれど、あふれ出てきてしまった羞恥心に、エレノアは頬を抑える。
そのことに気が付いてしまった今、エレノアは婚礼の間中、この羞恥心に耐える自信がなかった。
(ちょ、やっぱり、他のネックレスに)
そう口に出そうとした瞬間、閉ざされていた扉が開かれる。
振り返ると、そこには、幸せそうに微笑んだレイの姿があった。
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