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英雄の元婚約者は魔塔で怠惰に暮らしたいだけ。  作者: 氷雨そら
気づかない魔女の優雅な生活
22/22

魔女は英雄を堕落させる。



 ◇



 ぼんやりと目覚めたエレノアは、寒さにフルリと体を震わせた。隣にいたはずのレイの姿はすでにない。


 まだ、空が白みはじめたばかりなのに。


(昨日は遅くなると言っていた。もしかして、もう出かけたのかしら?)


 いつも一人で過ごすことが気楽で好きだったのに、そばにあった温もりがなくなってしまえば、寂しさだけが際立つ。


 そうなるとレイの居場所が、気になって仕方がなくなり、エレノアはそっとベッドを抜け出した。


 魔道具に灯をつければ、仄かな光で室内が満たされる。霞んだエレノアの視界には、そこまで生活に関係なくても、明かりがあることで、少しだけ不安が薄らぐ。


 エレノアは、簡素なワンピースにローブを羽織ると、屋敷に来て初めて、自室の外へ続く扉に手を掛けた。


 ガチャリと音を立ててドアノブが回り、そっとドアを開く。だが、開けた直後、予想に反して部屋の中に影がさす。


「っ……レイ?」

「エレノア、外に出ようとしたの?」


 そこには、軽食と飲み物をトレーに載せたレイがいた。目の前にレイが急に現れたことが意外で、エレノアは軽く目を見張る。


「音がしなかった……」

「ああ、この魔道具。便利だな」


 まさか、もう魔道具を完全に使いこなしたとでもいうのだろうか。エレノアは、茜色の宝石のついた腕輪を凝視する。


 ――――高く跳躍できる魔道具の腕輪の真価は、重力に反発する力を生み出すこと。つまり、使いこなせば、足音すら無く歩くことができるのだ。あくまで、理論上は。


(机上の空論も、英雄の力なら現実になるのだわ。天才はいるのね)


 自分の才能は棚に上げて、エレノアは素直に感心した。おそらく、エレノアの魔道具とレイの才能は、どこまでも相性がいい。


 不可能を可能にするくらいには。


 しかし、幾多の魔道具を使いこなしても、レイ一人では、魔塔のメンバーやベルセーヌ相手には、苦戦する。英雄の強さは、あくまで正面からの戦いで真価を発揮するのだから。


 魔塔のメンバーは、目的も大事にするものも、全てがバラバラで一枚岩ではない。

 ミーナが、エレノアに懐いていてくれることが、例外中の例外なのだ。


(隠者ゾーラ様は、長きに渡り魔塔に在籍している。何か叶えたいことがあるらしいけれど、その願いも目的も不透明だし、もう一人のメンバーに至っては、全く行動が読めないわ。悪い人ではないけど)


「エレノア……ここから出たい?」

「え?」


 思考が中断され、エレノアが顔を上げる。

 目の前のレイは、切なそうに眉を寄せた。


(ここは居心地が良い。欲しいもの全てが、ここにはある。それでも、私が本当に居たい場所は)


「そうね……」


 密かに揺れたレイの瞳をエレノアは見ることができない。諦めるような吐息が聴こえるだけ。


「それなら、自由に……」

「レイが、ここに居ない時には、私も一緒に連れて行って欲しいわ。寂しいもの」


 二人の台詞は、ほとんど同時だった。

 レイが、衝撃を受けたように肩を揺らす。

 珍しいこともあるものだと、エレノアは何故か高まったレイの鼓動の音に、耳を傾けた。


「……は? …………なんだ、それ」

「えっ、迷惑?! あっ、ご迷惑ですよね?! どうかご容赦くださいっ?!」


 エレノアは、思わず告げてしまった言葉を、取り返したいと思って赤面し、動揺する。それはそうだ。魔道具があっても、エレノアの生活は不自由で、レイに迷惑をかけるだろう。


 だが、何故かレイの頬が、赤く染まっているように見える。エレノアの気のせいなのだろうか。狼狽えた様子のレイは、そのまま口元を押さえしゃがみ込んだ。


「いやっ、あの……。全力で俺のことを駄目にしにくるの、やめて欲しい」

「……どうしてレイが、ダメになるの?」

「可愛すぎて、愛しすぎて」

「え、あの。大丈夫?」


 あまりに意味がわからない言動を心配したエレノアが、しゃがみ込むレイの顔を下から覗き込む。瞠目した直後、レイが何故かニコリと美しく微笑んだ。


 その瞳の色が、獰猛さに染まったように思えて、エレノアの本能が、これはダメだと告げる。


 逃げようとしたが、時すでに遅く、エレノアは横抱きにされた。立ち上がり、歩き出すレイは、エレノアから目を離そうとはしない。


「おかしくなりそうだ。……責任とって?」

「せ、責任とは」


 抱き上げられて、その顔に近付けば、やはりレイの頬が赤く染まってしまっていた。

 そのことを指摘なんて出来ないまま、エレノアの頬も、赤いリンゴみたいになってしまうのだった。



最後までご覧いただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 勇者が膝をついた?!魔女は強いですね笑 そしてどんどん勇者様を堕落させましょう♪ 責任はエレノアがとります*\(^o^)/* 2人のやりとりが可愛いです〜
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