もう逃げられないから。
「それなら、この場所にずっといて。今度は、逃げ出さないと約束して」
「……ずっと、ここに居たわ?」
(それに、これからだって側に居たい)
「簡単に約束なんてしないで。たぶん、エレノアが思っているような人間じゃないから。俺は……」
エレノアが知っているレイは、優しくて強くて、寂しがり屋で、少しだけ意地悪だ。
けれど、英雄としての偶像のレイが、必ずしもそうでないことも知っている。敵国という視点から観れば。
そう、ドジで、マイペースで、研究ばかりしているエレノアの、魔塔の長としての偶像が、そうでないように。
(あれ? ドジでマイペースで研究ばかり? 素の私に、レイに好きになってもらえる要素がないような)
レイは、何もかもが完璧だから、きっと好みが少し変わっているのだとエレノアは思う。
それなのに、何故か全てでエレノアが好きだと告げているようなレイ。どうして今まで気がつかなかったのかが、不思議なほどに。
エレノアを見つめていたレイが、視線を外して俯くと、その少し長い前髪で、南の海の青さが陰る。
乾いてしまった喉を潤すみたいにエレノアはゴクリと唾を飲み込む。
そんなエレノアを見て、口の端を釣り上げたレイが、懇願するみたいに囁く。
「好きだよ。エレノアのためなら、全てを壊すことも厭わないほどに」
(っ……流石に重い。それなのに嬉しいのは何故)
それでも、争うことを好まないレイが、英雄になるまでに、歩んできた道……。それは、茨だらけで切り払わなければ、生き延びることすらできなかったと、エレノアにだって分かる。
それに、エレノアも魔塔の長としての、魔道具の技術を、レイの命を救うために惜しげもなく使ってきた。
それが、使われた側にとっては、決して許されない魔女の所業なのだと知っていながら。
(レイの言葉が、どうしてこんなに、嬉しいの)
「……私たちは、似たもの同士ね」
「エレノアと俺が? まさか」
エレノアは、一度レイから離れると、出来たばかりの一対の魔道具を手にした。
それは、美しい南の海の色をした、青い魔石が嵌め込まれている。一見しただけでは、ブローチにしか見えないだろう。だか、それは。
「……これを持っていれば、いつでもお話しできるわね。レイが、どんな遠くにいても」
「エレノア、まさか遠距離の通信道具? どんなに研究しても、実用化には至らなかったのに」
「……リヴァイアサンの魔石が、そうそう手に入るとも思えないから、実用化と言っていいのか微妙だわ」
「それでも、これは……誰でも使うことができる」
エレノアが作った魔道具は、軍事に使われれば、全ての戦況を覆すほどの影響を及ぼす。
(知らないふりをしていた)
魔女が作った魔道具は、使い方を誤れば、使用者を破滅させる。そして、正しい使い方をしたなら。
――――物語が始まってしまう。
「私の全てを貴方にあげる」
「エレノアの全てを?」
「そう。でもそれは、魔塔の長としての私も含まれるの」
「どんなエレノアでも、俺は……好きだ」
その瞬間、霞んだ景色の中で、視界いっぱいの南洋の青さだけが、くっきりとエレノアに飛び込んでくる。
エレノアは、そっと目を瞑ると、柔らかい感触を素直に受け入れる。
「私も、好き。レイ」
もしも、なんて要らない。
ただ、二人はお互いの体温だけを感じて、その夜を過ごした。
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