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元婚約者、それは赤の他人です。



 ◇



 連れ去られたエレノアは、豪華な一室ですべての持ち物を奪われて、侍女たちに浴槽へと連れ去られ、磨き上げられた。


「くっ、逃亡用の転移魔石も、魔獣を封じ込めた水晶も奪われてしまった」


 自ら開発した装備を奪われてしまっては、エレノアは残念なことに、ただの非力な令嬢でしかない。

 もちろん、最終手段は、誰にも奪われない場所に隠している。


「これさえあれば、いつだって逃げることが出来る。焦ることはないわ」


 そうつぶやいた瞬間、茜色の瞳が暁の金色をたたえて煌めいた。


 エレノアは美しい茜色の瞳で、整えられた室内を見渡す。

 いつも過ごす室内は、何がどこにあるか、手に取るようにわかる。

 それなのに、急に連れてこられた室内は、良く見えないエレノアの視力では、何がどこにあるかわからない。


 エレノアの生活を補助している、魔道具も今は取り上げられてしまった。


 エレノアの目は、物の輪郭と色合いが微かにわかる程度の視力しかない。


「おそらく、あと一回しか、使うことが出来ないけど」


 エレノアは、煌めく茜色の瞳を隠すように両手で塞ぐ。


 エレノアが生まれ持つ、唯一の能力。

 それはあまりに、使い勝手が悪いから。


 だから、今のところ、全ての対抗策を奪われたエレノアには、自らの立ち位置を声高に訴えるしかない。


「――まったく! これは、王国から魔塔への宣戦布告と捉えていいのかしら」

「こちらです。エレノアお嬢様」


(なんて、強引な。彼女まで、ここに連れてきているなんて)


 エレノアの言葉に、砂粒ほどの動揺も見せないで答えたその声に、ため息をつく。

 最高峰のもてなし、丁寧にして強引。これは、明らかに、かつての婚約者、レイ・ラプラスの手口だった。


 侍女たちにもみくしゃにされているうちに、エレノアの姿はかつての美しさを取り戻していく。

 いや、魔法薬で磨かれた肌、少し冷たい印象があっても、誰もが羨む美しさ、その姿は幼さが消えた今、三年前よりも何倍も美しい。


 英雄さえも虜にした、伯爵家令嬢エレノア・クレリアンスが、鏡の前にいた。


「お美しいですわ。エレノアお嬢様のお姿を再びこの目に焼き付けることができるなんて」

「リリル……。お世辞はいらないの。会えたのはうれしいけれど。あなた、結婚を機に、侍女は引退したのではないの?」

「エレノアお嬢様にお仕えできるのなら、もちろん戻ってきますとも」

「あなたまで、協力するなんて、今回はいったい何なの」

「英雄が、完全勝利を手にして、凱旋されるのです。お出迎えする必要があるとは思いませんか?」


 侍女のリリルが、誇らしげに、仮の姿から、元の美しい姿を取り戻したエレノアを見つめる。


 当のエレノアは、自分の美しさには無頓着だ。

 それは、決してほとんど視力がないという理由ではない。

 とくに視力にハンデがなく、伯爵令嬢、英雄の婚約者として過ごしていた当時から、ドレスや宝石より、魔道具や発明に興味を示す変わり者だったのだから。


「……こんな格好させて。もう関係がない私に何の用が」


 最後の抵抗をするエレノアは、忌々し気にそう言うことしかできなかった。


 戦地に出立する直前にした婚約解消の届出から、一度だってエレノアに手紙を送ることすらしなかったのに。


 その瞬間、扉が開いて冷たい空気が吹き込んできた。それは、魔力を含んだ懐かしい空気。


 そして、耳に微かに届く、聴力に秀でたエレノアにしかわからない、ほんの僅かな機械音。そして、複雑に混ざり合った二種類の魔力。


(あなたにだけは、もう会いたくなかった……)


 うるんだエレノアの瞳は、前を向いてその姿を見ることを拒み、フワフワの毛足が長い絨毯を見つめた。


 顔を上げなくても、その瞳の色は、エレノアの瞳に焼き付いている。


 いつか見せてくれると約束した、どこまでも青い、南の海。

 その瞳は、見るものが許可なく目を逸らすことを許さない。


「会いたかった。エレノア」

「私は、会いたくなかったわ。元婚約者に、今更、何の用件です? ……ラプラス卿」

「もう、レイと呼んでくれないのか」

「元婚約者を、世間では何というかご存知ないのですか? ――――それは、赤の他人です」


 会いたくなかったと言えば、嘘になる。

 エレノアは、レイ・ラプラスのことを、嫌っているわけではない。


 否、むしろ好きな方に、天秤が傾く。


 その傾き具合が、何らかの方法で可視化されるのなら、誰もにエレノアが、レイ・ラプラスを恋い慕っているのが、即座にわかる程度には。


 だからこそ、エレノアは、レイのそばを離れた。

 

 レイが英雄として戦地に旅立ったあの日、今までの功績への褒美を盾に取り、レイとの婚約解消を国王陛下に申請し、魔塔に引きこもったのだ。


「私たちの婚約は、解消されたはずです」

「――――もし、あの日解消なんてされていないとしたら?」

「もし、そうだとしても五年間、婚姻が結ばれなかった場合、婚約は自動的に解消……」


 その瞬間、蒼白になったエレノアは息をのんだ。

 婚約はとうに解消されていたと思っていた。

 レイが戦地へ行った日は、ちょうどエレノアとレイが、婚約して二年目のことだった。

 だから、五年目を迎えるのは、まさに明日だった。


(もし、婚約が解消されていなかったのだとしたら、あの日の二年前に婚約した、私たちは明日まではまだ……)


 そう、明日で五年を迎えるのだとしても、明日まではエレノアとレイは、まだ婚約者であるということになる。

 そんな二人が、婚礼をあげることには、誰の許可もいらない。

 だって、神と王家に認められた婚約は、まだ解消されていないのだから。


「っ……まさか」

「そう、明日がその最終日だ。明日中に婚礼をあげてしまえば、俺たちは名実ともに夫婦となる」


 その言葉を聞いたエレノアは、ようやくその顔を、レイに向ける。

 色と輪郭しかはっきりわからないエレノアにも、相変わらず泣きたくなるほど青く美しい、レイ・ラプラスの瞳の色だけは、はっきりと見えた。


「まだ、一日ある。婚礼の準備は整っている」

「うそ……」


 世紀を揺るがす、魔塔の長エレノア・クレリアンスと、全戦全勝の英雄レイ・ラプラスの結婚式は、直前に迫っていた。

 エレノアの意思を全く考慮することもなく。

最後までご覧いただきありがとうございます。


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