表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の元婚約者は魔塔で怠惰に暮らしたいだけ。  作者: 氷雨そら
気づかない魔女の優雅な生活
17/22

願いと魔法と物語の始まり。



 ◇



 アリシアの豹変により、レイが利き手を失ったあの日から、エレノアは、寝食を忘れて魔塔の研究室に籠っていた。


「ほら、食べてくださいよっ!」

「ムグ?!」


 時々、心配したミーナに、無理やり食べ物を口に入れられた。それは、栄養価はあるが、猛烈に苦い魔女の丸薬だった。


 そうでもしなければ、鬼気迫る勢いで、義手の制作をしていたエレノアは、おそらく途中で力尽きてしまったに違いない。


 それほどの気迫と、命を削るような日々に周囲には見えた。


 エレノアは、魔道具の開発を愛している。

 けれども、それはどこか遊びの延長で、本気で取り組むものではなかった。


 だが、今回は違う。エレノアは、その持てる知識、技術すべてを注ぎ込んだ。



 ◇



 そして、1カ月が経った。

 レイの義手は、その形を完全なものにした。

 おそらく、装着することで、よほどのことがなければ、義手だとは気が付かれない。


 だが、エレノアはそれで満足することはない。


「あと少しで、完成……」


 エレノアは、ゴーレムを作るためのコアとなる魔石を、義手に埋め込んだ。一つの覚悟をもって、久しぶりにあの日からエレノアを避けるレイに会うことを決める。

 レイが利き手を失ったことは、ごく一部の人間しか知らない。

 それは、今回の事件が、魔塔の長というあまりにも影響力が大きい人間が引き起こした出来事だから。そして、英雄として認められ始めたレイの負傷が、まもなく戦争に突入するであろうこの時期に、王国軍に及ぼす影響を見越してのことだった。


(そうだとしても、見舞いにすらいかない薄情な婚約者だと思われているに違いないわ)


 エレノアも、まったくレイと会おうとしなかったわけではない。

 しかし、レイに避けられてしまっていることに、いくらエレノアでも、気が付いていた。


(仕方がないわ……。だって、こんな風に巻き込まれて、嫌気がさすのも当然だもの)


 それでも、レイはもうすぐ王立治療院から退院するはずだった。

 そうなってしまえば、利き腕を失ったことを隠しておくことは、困難だろう。


「そうなる前に……」


 エレノアは、レイが右腕を取り戻すことで、自分が失うものを正確に理解していた。それでも、エレノアは人よりも聴力が優れているから、魔道具を使用すれば、何とか生活していけるに違いない。


「レイ、待っていて」


 エレノアは、レイのための義手を丁寧に包んで抱えると、久しぶりに魔塔を飛び出した。


 思ったよりも、エレノアの足は弱っていて、少し走っただけで足がもつれるし、息も上がった。


(これからは、魔力を練り上げ続ける必要がある。レイのためにも、体を少しは鍛える必要があるわ)


 残念なことに、永久に義手を自由に動かすことは、エレノアにだって不可能だ。それでも、エレノアが生きていて、魔力を注ぐことができる間は、少なくともレイは以前のように剣をふるうことができるだろう。


 治療室に入ると、そこに置かれたベッドの上で、レイは寝息を立てていた。

 魔術師団長ベルセーヌに、無理を言って、睡眠魔法をかけてもらったのだ。


(ベルセーヌに動いてもらうためのネタをつかむために、魔塔の情報網を私物化してしまった気はするけれど)


「レイ……」


 眠るレイは、ひどくやつれてしまっていた。

 それはそうだろう。英雄に誰よりも近いと言われた人間が、その利き手を奪われたのだから。


 だが、エレノアは知らない。

 レイが、どうしてエレノアを避けるほど絶望したのかを。

 それは、ただ、利き手を失ったからではなく、エレノアのそばにいる資格を失ったと思ったからなのだということを。


「待っていて……。あなたの願いを叶えてみせるから。私のすべてを捧げても」


 公式の文書では、魔塔のメンバーであるエレノアは、魔法を使うことができないことになっている。

 それでも、魔塔に所属することができるのは、卓越した魔道具の研究能力を買われてのことだ。


 だが、エレノアには秘密があった。

 その秘密を知っているのは、父と母だけだ。


 レイにすら、秘密にし続けていたけれど、エレノアは、魔法が使えないわけではない。


「レイ……好きよ。たとえ、あなたのそばにいられなくなっても、大きなものを失っても、構わない。だから、もう一度笑って」

「んっ……。エレノア」

「っ……起きているの?」


 だが、その寝息は規則正しくて、レイはまだ眠っていることに、エレノアは胸をなでおろす。


 カチャリと硬質な音を立てて、エレノアはレイの失われた腕があった場所に、義手を置く。


 エレノアの技術、そして神代のゴーレムの研究。


「でも、この二つだけでは、足りないの」


 エレノアの瞳が、茜色から金色に色を変える。

 その瞬間、あふれだした魔力は、当代一の魔力量を誇るとされる、ベルセーヌのものを超えた。


 エレノアは、魔力がないわけではない。

 ただ、あまりに大きすぎる魔力の使用に耐えられる体を持っていないだけで。


「私にしか、この術式を構築することはできない。それに、膨大な魔力を使用する。だから、レイ……」


 覚悟を決めて目を瞑ったエレノアは、義手にはめ込まれた核へと、その魔力を注いでいく。


 浮かび上がる金色の魔法陣は、明らかにこの世界で実現不可能なレベルに達しており、失われたはずの神代の古代魔法に近いものだった。


 魔法を発動した瞬間から、エレノアの体が軋む。魔力発動の媒介をしている、金に輝く夕暮れの瞳の奥で、ガラスがひび割れるような音がする。


「くぅっ……」


 完全に、光が納まり、エレノアは膝をつき荒い息を吐いた。

 微かな色と輪郭だけしか見えなくなった視界の中、義手は動き、エレノアの手を当たり前のように掴んだ。


「エレ……ノア?」


(あと少しだけ、眠っていてくれたら)


 気づかれずに、この場所を去ってしまいたかったのに。

 それは、レイの英雄としての素質が、魔法を解除したからか。

 それとも、ベルセーヌが手心を加えていたからなのか。


 ――――ただの運命か。


 唇をかんだエレノアは、レイの手をそっと外す。


「ベルセーヌ!」


 急にほとんど見えなくなってしまった世界で、エレノアは、歩き出すことができない。


 ベルセーヌには、エレノアをこの場所から、魔塔まで連れ帰ってくれるように、頼んである。


 まだ、ぼんやりと視線の定まらない、レイが、エレノアを見つめ、口を開こうとした。


「これでよかったのか?」

「少しでも、視力が残っているなんて、運がいいわ」

「……そうか」


 複雑な表情のベルセーヌは、エレノアを抱えて歩き出す。


(魔法を使ってしまったこと。レイが気づきませんように)


 視力を失ったことを気付かれないためにも、エレノアは、レイにもう会わないと、心に誓った。魔塔の長になり、魔塔に篭れば、いくらレイでも、無理に会うことは叶わないはずだと。


 エレノアの技術だけが、その義手の性能を作り上げたのだと思ってほしい。自分の払った代償に気が付かないでほしいと、ただそれだけを、エレノアは祈った。


「エレノア……。あの瞳。明らかに、今使った魔法のせいで」


 動かなかったはずの利き手が、以前のように動くことを確認して、レイは起き上がる。魔法は、解けてしまい、レイはエレノアの瞳が金色に輝いて、やがて光を失った瞬間を目撃してしまっていた。


 その直後、王命によりレイは、三年もの間、戦地で戦い続けることになる。

 高度な政治的な取引が、そこにはあったことを知っているのは、レイとベルセーヌをはじめとした、ごく一部の人間だけだったが。


 それから三年間、エレノアとレイが、直接会うことはなかった。


 最前線に赴けば、生き残って戻れる可能性などほとんどなかった。それでも、レイは最後のあがきとばかりに、エレノアとの婚約の解消だけは首を縦に振らなかった。


 そして、その願いを叶えるためだけに、英雄の階段を駆け上がる。


「もし、生きて戻れたら、その時は……」


 レイの純粋だった恋心は、おそらく拗れてしまった。それでも、ただ、エレノアへの執着だけが、レイを英雄へと変えていく。


 そして、ただ愛する人の幸せを願っただけの、エレノアの恋心は、エレノアを魔塔の長へと押し上げる。エレノアは、魔塔の力を皆のために平等に使う。


 たった一つ、戦場で戦うレイの命を救うために、魔塔の技術を私欲のために使った以外は。


 魔塔の長と、英雄の物語は、ここに始まりの音楽を静かに奏で始めた。

最後までご覧いただきありがとうございます。

『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ