そのために失うのは。
「また、休む間もなく魔道具作っているの」
ため息とともに声をかけられて、ようやくエレノアは時間の経過を自覚した。
朝が訪れたばかりだったはずなのに、もうすでに日が傾きかけている。
「やっぱり、何も食べてない」
「えっ、あの……魔道具のアイデアがひらめくまでは、ゴロゴロと用意されたグルメの数々を楽しんでいたので」
「――――約束したはずだ。ちゃんと、食事はするって」
「ごめんなさい」
時々、レイは母親みたいなことを言う。
エレノアは、思わず遠い目になった。
結局、二人の間には、新婚夫婦のようなキラキラした、ときめくような雰囲気が生まれることはない。幼い頃、出会ってから、いつも一緒にいたせいで、お互いの長所も短所も知ってしまっているのだから。
「でも、レイだって、結婚式の次の日から、寄り付かないなんて……。いくら、形だけの夫婦だとしても、さすがに傷つきます」
少しだけ、エレノアは期待してしまっていたのだろう。
もしかしたら、結婚をすれば、二人の関係は少しぐらい進展するかもしれないと。
だから、結婚式の夜はさすがに一緒にいてくれても、レイが次の日から帰ってくることのなかったという事実に少なからず傷ついたのだ。
「形だけの夫婦を、望まないってとっても……。いいのかな」
「え? どういう意味ですか?」
「そばにいると、どうしても自制が利かなくなる。離れていた日々、戦地なんて放ってしまって、何度魔塔を破壊してエレノアを攫おうかと思ったことか……。ようやくエレノアのそばにいることが叶ったんだ。そんな俺の気持ち、俺から離れていった、エレノアにわかるはずがない」
「え?! な、なに言っているんですか」
「気が付いてないの?」
何に気が付かないというのか、エレノアにはわからなかった。
ただ、この場所はとても快適で、待っていたら、レイが帰ってくるこの場所を手放したくないことしか。
「――ここから、出たくならない? 可哀そうなエレノア」
困ったことに、まったくここから出たいと思えない。
魔塔の中も、快適だったけれど、ここにはレイが帰ってくるのだから。
「ここから、出ていったほうがいいってことですか?」
「出ていくなんて、許さない。俺は、二度とエレノアのことを手放したりしない」
「……?」
首をかしげるエレノアを、レイが抱きしめる。
まるで、これでは本当に愛しい妻に縋り付く男のようではないか。
「会いたかった……。本当は、一瞬だって離れずにここにいたい」
その言葉は、たぶんエレノアくらいしか聞き取ることができないほど、かすれていた。
「……本当に?」
その意味を、確認しようと思ったとたんに、エレノアの唇は、レイのそれに塞がれていた。
そして、名残惜しそうに二人の距離が離れていく。
「愛してる。――だから、ここで待っていて」
その瞬間、頬にそっと触れた、レイの人工的な温度しか持たない右手に、エレノアは、違和感を感じる。少しだけ、その動きが、ぎこちないような気がしたのだ。
「……レイ? そろそろ、その右手を点検しないといけないわ」
「――それで、不具合があったとしたら? エレノアは、今度は何を失う気なの」
「えっ……?」
エレノアが、冷水を浴びせられたように、その動きを止める。
そう、忘れてはいけないのだった。レイの、右腕を与えた代わりに二人の関係に絡まってしまった鎖のことを。
レイが右腕を失ったあの日から、レイは、エレノアのことを避けるようになった。
一方エレノアは、初めの一日は泣いて過ごしていたけれど、次の日からは自分のするべきことを見つけて動き出していた。
それは、レイのために、新しい腕を作り上げることだった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




