それは嵐の前触れで。
エレノアとレイが、家族の笑顔に囲まれた、幸せな時間は、終わりを告げる。
ふざけ合っている間も、レイとエレノアは緊張を解くことはなかった。
会場にいる招待客の何割かは、表情を消して、この後の展開に備えているようだ。
急に騒がしかった会場は、静かになる。
「陛下がいらっしゃった」
「そっ、そうね」
もちろん、会場全ての音を拾っていたエレノアも、国王陛下が会場に入ったことに気がついていた。
人を疑うことを知らないように見えるエレノアも、あの日からいつだって周囲の警戒を怠ることはない。
たとえ、部屋の中で怠惰に、神代の遺物を再現した音楽を聴いている時だって、エレノアは魔塔の全ての音を正確に聞き取っていた。
たぶんそれは、大切なものがこれ以上小さな手のひらからこぼれ落ちていってしまうのが怖いから。
「エレノア……。挨拶しようか」
「はい」
エレノアのように、魔道具に頼っているわけでもないレイがエレノアより早く気がつくのが不思議だと、エレノアは思う。
不思議そうに見つめる様子を見て、ふと微笑んだレイの腕に、エレノアは再びしがみつく。
(不安だからじゃない。ただ、陛下の前で転んだりしないように)
会場の入り口には、ラプラス侯爵家を表す、深紅のバラのアーチ。国王陛下は、その門をくぐるところだった。
レイとエレノアは、黙ったまま腰をかがめて深く礼をする。二人の姿は、どこまでも優雅で、会場からため息が溢れる。
本日の主役に続くように、会場の来客達も深く礼をした。魔塔のメンバーを除いて。先ほどまで、ベルセーヌを無邪気に追いかけていたミーナですら、最低限軽く頭を下げているが、直立不動のままだ。
(ちょっと! 陛下に挨拶くらいしてぇっ?! 魔塔が無礼者の集まりみたいじゃないっ)
エレノアは、内心焦りを隠せない。
だが、本来であれば、魔塔は国王の傘下ではない。だから、臣下の礼を取る必要はないのだ。
貴族令嬢として育ったエレノアと、同じ感覚を持つ、貴族の招待客たちが、どう取るかは別問題だが。
「この度、魔塔との繋がりを持てること、喜ばしく思う。……面を上げてくれ」
「はっ」
レイが、国王陛下と向き合った瞬間、会場に風が吹く。エレノアのドレスの裾が、その強風に煽られてフワリと広がる。
「エレノア!」
ただの風ではない。
そう察した直後、エレノアはレイの腕の中にいた。
レイが腰から抜いた剣が、禍々しく赤い光を放つ。
花婿が携えているには、あまりにも不吉なその外見。
腰に下げているのは、儀礼用の剣だと思っていたエレノアは、偽装してまで魔剣を持っていたレイの周到さに驚く。
「こんな時まで、それを持っていたんですか」
「ああ、必ず守り抜くと誓ったからね」
「私に魔道具を返してくれれば、自分で自分の身くらいは守れます」
「俺の腕の中からすり抜けて、逃げてしまうくせに。……どうか俺の腕の中で、守られていて」
危機的状況下で、離してくれる様子がないレイの腕の中で、エレノアはそっと青い宝石のついたネックレスに触れた。
(……魔道具がないなら作ればいいじゃない?)
そのネックレスは、一晩かけてエレノアに魔道具へと魔改造されているのだった。
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