序
序
よく、なのか、マレになのか。崖から落ちる夢を見て目がさめることがある。
なんてことない、仰向けになってヒザを立てて寝ていて、ヒザが伸びた瞬間に見る夢らしい。
あんまりイイ気持ちがしないので、つとめて普通に横になるが、なぜがその日もヒザを立て寝ていた。
まどろみ、そして眠りにつく
がく
うあ っとまた、崖から落ちるというか、足元が崩れる夢を見て目がさめた。
・・・・・・・・・・・・・・
目の前に可愛い、色っぽい女の子が立っている。
えっと…
俺の好みの猫目気味の吊り目、赤い瞳、額は七・三気味におでこをだして、腰まで流れる長い髪は、アニメなんかでは馴染みがあるがコスプレなんかでしか見たことがないきれいなピンク色。上品な黄緑色のチュニックを腰で縛っている。ヒモは…皮か?
結構立派な丸いバストにぐあっとくびれたウエストに、ぐわんと張り出したケツ。チュニックが短いのか、やや太い太ももも。なにげにHじゃねーか。いや、やたら色っぺー。
俺は絵師もどきだ。コンビニとかでバイトしながら、イラストやらマンガやらを投稿している。いわゆるフリーターオタク。マンガもアニメもゲームもだいぶ好きだという、一昔前なら石を投げられても当然だった人種だ。
くさっても絵師おたくのサガ、目の前にいいキャラが目に入ると分析してしまう。
足元は…ほう、編み上げブーツか。ヒザがきれいだ。それに結構きれいな足の指。よくケアしてあるな...。
そこまで来たとき、その足元に魔法陣らしき文様がキラキラしているのに気がついた。
ちょっと脚を動かしてみる。
お、俺か? 俺なのか?
はしっと胸に手をあててみる めっちゃやわらかい。き、気持ちがいい。手も胸も(笑)
お おれだーーーーーーーーーーーーーーー!
転生、いや、召喚か? ここ何年もそんなアニメやラノベばっかりだが…
しかしこの、髪の毛のいい香り、服の触感、肌の感じ…あからさまに、リアルだ
…何かの実験台とか、遠隔操作でバーチャルな夢を強制的に見せられてるんだろうか?
「よく来て下さいました」
女の声だ。ふり向くと、よく召喚スマホゲーで見るようなきれいなおねーちゃんが立っている。見飽きた気がするコウモリの羽に力強い巻きヅノ…芸のないデザインの魔族そのものだ。
目に涙?
いきなり抱きつかれて、俺は固まった。
うわあ、おっぱいが、おっぱいに うああ 女のコ同士の抱擁は見たことはあるがあるがあるが(落ち着け俺)この凶悪なまでのむにっと感はあああ…。幸せなパニック感と優しい香りと肉感にうろたえまくる。
「どうぞよろしくお願いいたします」
抱きつき慣れているのか、自然に離れるとその場で両ヒザをつき、その女はていねいに頭を下げた。ツノの生えぎわとツノの硬質感がへんに嬉しい。な、なでまわしたい。あ、胸の谷間。わあ、ノーブラだ。やはりかなりでかい。あの乳が今の今まで俺の乳と…俺の乳ってなんかやだな。いやしかしおっぱいがおっぱいに重なる感触ってなぁ想像を超えるな。あったけーしやわらけーし…いやいや、今はそっちじゃない。
「えっと…」
その先が、声が出ない。
「ようこそお越し下さいました。情が移りますので、お声は封じさせて頂きます」
今度はおっさんか、じいさんっぽい声だ。いわゆる長老か? 姿はねえな。
「皆、感謝を。供物よ、我らの喜びと感謝の気持ちをお受け取り下さい」
気がつくと、部屋いっぱいに異形のものが群れていた。
「くもつ様!」「くもつさま!」
「ありがとうございます」「ありがとうございます!」
怪物達の、化け物達の感謝の声が響き渡り、歓喜の声がこだまする。そう、なぜかわかんねーが喜んでいる というのが伝わってくる。
リアルのわりに、恐怖感や違和感を感じない。進化しすぎたおたくの映像世界を見飽きるほど見たせいで感覚が鈍くなっているのだろーか。バイオのアレの方が怖いわ。など、つまんないことを思う。こーゆーのを、空想と現実の区別がつかなくなったたわけ野郎というんだろう。
そいつらの姿は、そう、ありきたりにゃあ<不気味で醜い>って表現されるんだろーな。悪魔や魔物や妖怪っていう絵の見本市みたいな奴らが、皆笑顔を浮かべ、感謝のコトバを叫んでいた。中には涙を流しているヤツもいる。床やカベ、天井からもわき出すように現れてくる。細いヤツ太いヤツでかいヤツ小さいヤツ、おお、グラマーな女人体型きたー! 意外とバタくさくねーじゃねーか。うーん、東洋のグラドルふうにアメリカヨーロッパ風、インド風…顔もカラダもバラエティに富んでいる。ツノや羽や三っ眼や一つ目だろーとキバがあろー顔色が悪かろーと、やっぱこーありたいものだ。オス型は全部モブ化し、女体型おねーさまばかりを目で追うというか(もはや魔物という単語を忘れているが、んなこたどーでもいー)そっちに夢中になる中、奴らの言葉がようやく脳に届いた。
くもつ.. くもつさま? …雲津、苦持つ……供物
そういうことか…俺は、何かの捧げ物…イケニエにされるのか。だが、魔物達の笑顔を見ていると、なんか、悪くないような気がしてきていた。変に嬉しい。マジか? 今まで生きてきて感じたことのないような、明るい気分に、楽しいような気分になっている。ナマの女体魔を目にしたせいってわけでもないな。ほんとにそれは、不思議でしかなかった。
あとから思うと、奴らの言葉(思念)にワビの言葉はひとつもない。あったのは、嬉しそうな感じと、ただ感謝の言葉だけだった。
「それでは、まいりましょう」
言い忘れていたが、コトバと同時に俺は金縛り状態にあっていた。これは…いわゆるバインドか? そのまま荷物のように、でかいヤツの小脇に抱えられて、路地を、町を、山を越えてどっかの山の麓の広い広場に俺は運ばれていた。あっという間だ。植生とか文化とかゆっくり見たかったんだが..。運ぶの、できればねーちゃん魔物がよかったとはいわないでおこう。
広場の中央にちょっとした祭壇が築かれている。そこに、俺はまっすぐに立ったままの状態で据えられた。…これは力場だな。やっぱ、いわゆるイケニエになるのはもう疑いがない。何かに縛り付けると、食うヤツの邪魔になるっていう配慮か。予期しない情報の嵐に酔ったようになっていた俺も、さすがにだんだん怖くなってきた。
「ほんとうにありがとう。感謝いたします。どうか、良い旅を」
長老…かどうかしらないが、声(思えば、思念だったのかもしれない)がするとほとんど同時に目の前に竜が現れた。かなりでかい。一口サイズだな。おれは。いい眼光だ。すごいものだ。この迫力は。
くわっと竜が口を開ける。この口の中って描けなくて苦労したな。ブレスか、炎か、ナマか…なんにせよ、圧巻の映像だ。映像か? ともあれ、その見事な姿と情景に、俺は見とれていた。
なんかの本なんかじゃあよく、生臭いだの死肉の臭いだのっていうのを見かけたもんだが、ぜんぜん違うじゃねーか。魔物達もそうだったが、無臭か、むしろお香の匂いとかに近いぞ。人間風情がリアルを創造する限り、まあ、獣の臭いだの生臭いだの書いとくほうが、野蛮だとか悪いやつっぽい感じが出て、自分も読者も納得する気がするだけだったってーわけだ。
すごく長く、細くみえるキバだ。ありゃあ描くのは大変だぞ。息…だろう。強い風がかかり、俺は眼を細めた。妙だ。マジ爽やかな気配と香りだ。こんなん...これはそう、早朝の山のふもととかでかいだ記憶がある…大地と木々と湧き出す水の香り..。マジか? こんな生きもんがいるのか。そしてふと、さっきの魔物達の心底嬉しそうな笑顔が浮かぶ。
こんなのも、悪くないか..
<良い旅を>
長老の声と言葉が意識をよぎる。良い旅を…したいもんだな
がしゅ
俺の胸から上は、一瞬でかじりとられていた。
…そう、その時俺は、死ぬ(おわり)とは思っていなかったんだ。