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4-一日目・食堂にて

「……変な夢を見た気がする」


 起きて早々、頭を押さえながら繋は言った。

 まあただの夢だろう、と繋は気分を切り替え、モーニングルーティーンに取りかかる。


 まず起きたら着替え……着替えるような服を持っていないのを思い出した。

 したらば歯磨き……歯ブラシや歯磨き粉もここにはない。

 うがいだけでも……水道らしき設備はどうやらマジックアイテムらしく、使い方がわからない。

 ならせめて風呂……部屋には湯を浴びれる部屋などなかった。大浴場も、多分ない。


「これが……異世界……!」


 まさかここで、日本の衛生設備がどれだけ充実してたのかを思い知らされるとは思わなんだ。

 繋はかつてのわが国に初めて感謝の念を祈り、なんとも気持ち悪い気分まま部屋を出て行った。



 @@@



 食事は、宿舎一階の食堂で食べることになっている。

 かなり広い部屋だが、いつもかなりの人で賑わっている。この兵舎で過ごす兵士たちは、もともと結構な数だったのだ。


 その兵士たちは、どうにも自分たち召喚者に対してよそよそしい。とはいえ仕方ないことではあるのだろう。

 ……もっとも、例外もいるわけだが。


「やあやあ、青の勇者様! 昨日はぐっすり眠れたかいっ? 眠れてないのなら、ボクのご飯で元気を取り戻してくれればいい!」


 繋が食堂にやってくると、やかましいくらい明るい声が聞こえてきた。

 ぎゅうぎゅうな食堂の中をバタバタと駆ける人影が一人。それこそがその『例外』の一人であって。


 顔は可愛らしい童顔で、青みがかった銀色の瞳持っている。

 肩ほどまでの金髪を後ろでまとめ、それをコック服の中に押し込んでいた。


 この女性こそ、この食堂の料理長シェフ。名前は昨日に名乗っていた。確か……


「アリサさん」


「うむっ、アリサ・メケランドーだよ。覚えてくれて嬉しいなっ!」


 にひひとアリサ料理長が笑う。


「しかし昨日はびっくりしたよ。あんなにマズいマズい言われたのは、見習い時代のさらに弟子入りしたての頃以来だねぇ。さすが異世界人、舌が肥えてるわ」


「なんだかすみません。僕は美味しいと思うんですけどね」


「ありがとっ。もっとも、きみだけ味覚が正しいのか、きみだけ味覚がおかしいのかは分からないがーがーがー」


 とはいえ、と、アリサはニヤリとして、


「今日はちょっとだけ期待しても良いんだよ? あんだけ言われれば、私の料理人魂にも火がつくというもの! 燃え尽きないかって? 大丈夫! 燃え尽きるのは何回か経験済みだっ!」


「ははは……。とにかく、期待してます」


「ういよ! 何食べたい?」


「おまかせ、とかできます?」


「できるよ。お任せあれっ! それで、後ろのきみは何が良い?」


 アリサがそう言うので、繋は驚いて後ろをむく。

 そこには、ちょうど昨日に顔を合わせた少女が立っていた。


「橘さん、おはよう。昨日はどうだった?」


「一応、眠れたわよ。……それで」


 樹恋はアリサの前に寄って行き、


「本当に、昨日みたいなゲテモノじゃないんでしょうね?」


 彼女を睨みつけ、棘のある声でそういい放つ。

 アリサ本人はとくに気にした様子はなく、むしろ誇ったような顔で、


「もちろんだよっ。昨日は味が薄いだのなんだのって言われたからね」


「ええ。野菜スープを頼んだら白湯が出てきた私の気持ちわかる?」


「分かるようで分からないけど分かったような気になって作り直したよ! 安心して!」


「そう。じゃあ野菜スープを頼もうかしら。不味かったらもうそれ以上食べないから」


「プレッシャーかけてくるね! ご期待に応えようとも!」


 そしてアリサはバタバタと厨房に戻っていった。少し埃が舞っているようにも見えた。

 それを見送って樹恋が言う。


「……あれで本当に料理長務まるの?」


「つとまってるからいいんじゃないかな」


 樹恋は呆れ顔、繋は苦笑いでそんな会話を交わす。

 そうして二人は空いている席を見つけ、四人机の一つで向かい合うように座った。

 しばらくすると頼んだ料理がやってきた。

 どちらもパンとサラダがついたセットで、繋の方にはとんかつに似た料理が、樹恋の方にはそこにスープがついている。


「……ほんとに、美味しくなってるんでしょうね」


「僕はおいしいと思うけど」


 パンを齧り、繋は言う。しかし樹恋はつまらなさそうに繋を睨み、


「繋の感想じゃ参考にならないわよ。……まあ、不味かったら不味いって言うわ」


 そう言って、一瞬ためらいながらも、差し出されたスープを一口含んだ。

 あまり期待していない様子だったが、その瞬間に驚いたように目を見開いて呟いた。


「……本当に美味しくなってる」


「おお、それは良かった」


「良かったけれど、ある意味怖いわね。……こんなのは、ただの文化の違いだってくらい分かってたのに」


「………………」


「それをたった一日で対応するなんて。天才はやっぱり居るものなのね」


 そう言い、さらに一口、二口とスープを口に含む。その反応に繋は、作ったわけでもないのに微笑ましく顔を綻ばせた。


「……お、繋と橘さんじゃん」


 ふと、男の声がした。

 声の方に振り返ると、そこには見慣れた顔が二つ。


「おはよう。西山くん、飛野さん」


「よう、『青の勇者』。橘さんも」


「おはよう」


 繋の挨拶に、やって来た二人はそう言って挨拶する。樹恋は挨拶はしなかった。


 男子の方は「西山にしやま 良二りょうじ」。生粋のアイドルオタクで、クラスでは割と目立っていた方の人物だ。

 中心になるような人物ではなかったが、間違いなくムードメーカーの一人といえた。


 対して女子の方は「飛野ひの 飛鳥あすか」。クールで無口な性格の少女と思われやすいが、素直な女性と言うのが繋の印象だ。樹恋曰く『何考えてるのか分からない』少女である。

 良二は繋と同じ意見らしく、良二は『不器用なだけなんだ』と言っていた。


 そんな合わなさそうな二人だが、二人は付き合っている。一緒にいるのもそれが理由だろう。


「あんた、ドルオタのくせして彼女作るわけ?」


 樹恋がそんなことをずけずけと質問する。


「ばっか、アイドルは不可侵の領域なんだよ。あの神聖な概念に平凡な俺がガチ恋しようなどと言語どうだ……いでっ!? なんで足踏んだの飛鳥!?」


「…………」


「り、凛としてやがる……! 読めねえ……!」


 そんなミニコントを繋は笑って見守る。対して樹恋はつまらなさそうに頬杖をついた。


「っと、そうだ。せっかくだし、机一緒していいか?」


「嫌よ」


「いいよ」


 良二の提案を樹恋が蹴る。しかし直後に繋が頷いた。

 それで樹恋が嫌そうに繋を睨む。


「……あたし嫌なんだけど」


「こんなに人がいるんじゃ、ここ以外の席を探すのは大変だよ。それに、橘さんもそんなに嫌なわけじゃないだろうに」


「……はぁ」


 樹恋はため息をつき、むすっとして、それ以上何も言わなくなった。

 その裏の感情が繋にはあまり分からなかったが、多分許可は取れたのだろう。二人に着席を促した


「ところで、二人は何を頼んだの?」


 二人が椅子に座ったところで、繋がそう尋ねる。

 彼の何気ない質問には飛鳥が答えた。


「私は焼き魚で、良二くんはオムレツだって。どうってことはないかな。ただ……」


 そこまで言って飛鳥が顔をしかめる。昨日食べた料理の味を思い出したのだろう。横の良二もまた同じような顔をしていた。


「安心しなよ、改善されてるみたいだから。橘さんも美味しそうに食べてたし」


 むっとする樹恋を横に、良二は怪訝な顔をする。


「んな昨日の今日で味変わるかよ」


「食べたくなきゃ食べなければいいんじゃない?」


「……そう言われるとそうだろうが、そうにもいかないだろ」


「ぐだぐだ言ってないで、食べるなら食べなさい。愚痴ばっか聞いてたら、もっと不味くなるでしょ」


 鋭い声で突き放すように言う樹恋。ちょうどそのとき料理がやって来たので、二人はやはり躊躇った後、その料理を頬張った。その後の驚いたような顔はやはり見物だった。


「……それで」


 二人が料理を食べ始めたタイミングで、繋がおもむろに口を開く。


「二人はさ。どうするか、決まってるのかい?」


「…………」


 繋の問いかけはやはり重い話題のようで、なんとも言えない空気がそこに流れる。

 がやがやとうるさいはずの食堂なのに、その場だけが静寂だった。


「……戦いたくは、ないよな」


 良二が口を開いた。


「二人はさ、戦わないといけないんだろ? その……」


「ええ、『勇者』らしいから」


 樹恋がそう返す。その真っ直ぐな返答に良二は驚いたような顔を見せ、そのあと俯いた。


「……繋も、そうなのか」


「うん……。多分、これは僕にしか出来ないことだから。だからやるよ」


「橘さんも?」


「そんな使命感みたいなので私が動くわけないじゃない。ただ、そうするしか無いだけよ」


「そっか……」


 でもすげえよ、と良二が言う。


「二人には『戦え』と言われて『戦う』と答える勇気がある。だけど、飛鳥の前でカッコ悪いこと言いたく無いけど、多分俺は無理だ」


「……それは私もそうだよ」


 飛鳥がゆっくりとそう言った。


「私も結局、命を大切にしたい。それに……、一番大切だと思うものは、異世界こっちに着いてきてるから」


「おっと」


 飛鳥がクスリと笑ってそんなことを言うので、良二も軽く笑い返す。


「そんなわけで、俺らはここでゆっくり生きてくよ。……二人には、その、悪いけどさ」


「別に。あんたたちがどうしようと関係ないもの。惚気は目に余るけど」


 樹恋の返答に二人は苦笑い。だが悪い気はしなかったようだった。


「そういや二人は『魔法』って試したか!?」


 それからしばらく雑談していると、良二がそう話題を振った。


「魔法……ああ、あのステータスってやつに書いてあった」


「ああ。例えば、そう……」


 そう言うと良二はおもむろにフォークを摘み、


「ヘデルっ!」


 そう唱えた。

 するとフォークは突然あらぬ方向へねじ曲がり、フォークとしての用途を失ってしまったのだった。


「とまあ、こう言うやつだ。すごくね?」


「……良二くん、それ直せるの?」


「………あ」


 無言になり、冷や汗をかく良二。それを見た飛鳥はやれやれとため息を吐き、


「こんな感じで、不思議なことが起こるの。私のは一人じゃ使えないものだったけれど……」


「ああ、水魔法ってやつだっけ? そのわりに水とか出せないんだろ?」


 "ヘデル" を連呼しながら良二が言う。ちなみにフォークはもはや原型をとどめておらず、もはや現代アートのような外観を持っていた。


「機会があったら試してみるけどね」


「それ、どうやって使ってるのよ」


「ああ、それな」


 樹恋の疑問に良二が答える。


「まず、魔法の効果ってのを知らなきゃならない。俺の『ヘデル』は変形の魔法だな」


「なるほど。それはどうすればわかるんだい?」


「『ステータス』って唱えて、例のやつ開くと」


 そう言われ、試しにそう唱えてみる。

 昨日、王の前で開かされたものと同じ、青い半透明の膜のようなものが音もなく突然現れた。


「魔法一覧ってとこ触ると使える魔法が分かるっぽい」


「効果はわかるのかい?」


「魔法の名前を触るとわかるぞ。そんでもって、魔法を使う時はまずその効果をイメージして、魔法の名前を詠唱すると発動するって仕組みみたいだ」


「イメージ、ね。その割には貴方のフォーク、原型留められてないけど?」


「あのなあ。イメージ通りになるようイメージする、ってのも難しいんだよ。そもそもふわふわしたもんだろ?」


「それがわかってるなら、そうやってフォークを直そうとするのは辞めなさい。どうせタダでできるわけでも無いんでしょ?」


 まあなぁ、と良二が言って、直そうとしてさらに歪になったフォークを机に置く。

 それに捕捉するように飛鳥が口を開き、


「ステータスの欄に、HPとEPっていう欄があるの。そのうちのEPを消費しないと使えないみたい」


「へえ。これじゃますますゲームみたいだ」


「それな。ま、どちらにせよロマンあっていいんじゃないか?」


 良二がそんなことを言ったあたりで、樹恋と繋の皿が空になった。

 繋は「ごちそうさまでした」と一礼し、すぐに立ち上がった樹恋に次いで繋も立つ。


「それじゃ、俺たちは先に食堂を出るよ」


「どっか行くのか?」


「僕は街に出てみようかなって。橘さんは?」


「別に。部屋に戻るだけよ」


「そっか。それじゃ僕らは行くよ。西山くんはフォークのこと、ちゃんとどうにかしなよ?」


「……しっかり怒られてきます」


 しゅんとする良二と、呆れるような目線を向ける飛鳥を苦笑いで眺める繋。


「──食事中失礼する!」


 と。

 食堂に突如、男性の声が響き渡った。

 声の方に振り向くと、騎士が一人、入り口に立っているのが見られた。

 騎士は続けて言う。


「勇者方は降月第八刻時、二階の第三修学室にて集合するよう!」


「こうげ……なんて?」


「……勇者方ってことは」


 飛鳥が繋らの方に視線を向けて言う。

 繋は困ったような笑顔を見せて、


「どうやら、早速お呼び出しみたいだ」


 そんなことを言ったのだった。

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