2-勇者は選ばれた
「五人だけ、なんですか?」
「うむ。これとは別の文献によるものであるが、過去に召喚された勇者は五人のみとのことだった。文献に誤りがあったのか、あるいは……」
文献に記されていた異世界人は五人だというが、しかし召喚されてから城にやってきたのは三十九名。およそ八倍ほどの人数だ。
人王はすこし考えたそぶりを見せ、
「ふむ、ならば召喚者達よ。ステータスと唱えるが良い」
と言った。
「す、ステータス?」
「そう。個人の性能を数値に表してくれる万有魔法だ。もし【魔法】の欄に『勇者の魔法』と記されていたのであれば、それは紛れもない勇者の証であろう」
人王はそう説明した。
指示を受けたクラスメイトたちは、自分たちが魔法を使える事実に若干の高揚感を感じながら、声を揃えることなく詠唱をする。
繋も例に漏れず、『ステータス』と呟いた。
「ーーうお、なんか出た!」「なにこれ、これがステータス?」
次に聞こえてきたのはそんな声だった。その青白い半透明の画面は、一切の音も予備動作もなく、まるで元々そこにあったものであるかのように表示された。
クラスメイトたちの驚嘆と興味が含まれた声色を聞き流しながら、繋もその画面を見つめてみる。
青白い幕の表面には、名前、HP、適正職業などの文が箇条書きで記されている。
それは日本語では無い、見たことのない文字であったが、繋は不思議とその文字がなにを意味するものなのかが自然に理解できた。
そうして現れた画面の中を覗いてみると、『▼魔法』という文字が見られる。
試しにそれに触れてみると、その隣にまた別の画面が現れ、これも箇条書きでいくつか単語が記されていた。おそらくこれが魔法というものなのだろう。
そして、それが『勇者の魔法』であれば、その人物は紛れもなく勇者であるとのことだったが。
「……」
「どうだ、勇者の魔法が記されていた者はいるか?」
人王がそう声をかける。
「まさか、存在しないということはあるまいな。もしそのようなことがあれば……」
「……ありました、その魔法」
反応したのは、前髪の長い少年だった。
「……い、十六夜? まじで?」
「まあ、俺ほど勇者って言葉がが似合わない人間もいないだろうけど……。でも、勇者は五人いるんですよね?」
「うむ。お主が勇者だというのなら、あと四人は居るはずだが……」
「うおー! まじか、おれ勇者じゃん!」
次に声をあげたのは、七夕と呼ばれた少年とは真逆の印象の少年。
短髪で、活発な印象を受ける少年だ。彼はステータスを見るや否や騒ぎ出す。
「『勇者の色彩 -黄-』だってよ! すげえな俺、勇者だぜ!」
「静かにしなよ、宙君。王様の目の前だよ?」
へーい、と、その少年は口を紡いだ。
「よい。ともかく、これて勇者は二人だな。他は……」
「わ、わたしも勇者みたいです」
「あたしもだわ。『勇者の色彩 -赤-』。そう書いてある」
今度は二人の少女が名乗りを上げた。
腰まで届きそうな長髪をおろしている少女と、サイドテールを結っているつり目の少女。
「これで四人ね」
サイドテールの少女がそう話す。
「うん。もし王様のおっしゃってたことが本当なら、ほかにあと一人いるはず」
「誰なんだろーな、最後の勇者!」
自分ではなかったことに落胆するものや、異世界と勇者というワードにいまだ胸を躍らせているもの、そしてすでに名乗った四人の勇者達の中で、未だ名乗らない最後の勇者に対する期待が高まっていく。
「それで、誰なのだ。そのーー最後の勇者は」
「ーー僕です」
多くの人が声のした方向へ振り返る。
「僕が、その最後の勇者みたいです」
蛍日 繋は、左手を小さく挙げながらそう答えたのだった。
@@@
「では、勇者達よ。お主らの名と、魔法の色を答えるがよい」
「十六夜 七夕……いや、ステータスに書いてたやつの方がいいのかな……タナバタ・イザヨイです。魔法は黒って書いてました。……えっと、よろしくお願いします」
七夕は抑えめな声でそう喋る。
ボサボサな黒髪が目に前髪がかかっていて、その髪質はあまり良くない。一眼見れば根暗な印象を受けられる少年だった。
実際、あまりポジティブな性格ではない。友人は少なく、積極的に発言することも少ない人間だ。
「宙 快斗っす。魔法は黄色でした。なんかよくわかんねーけど、よろしくです」
対して、明るい声色で自己紹介をする少年。
彼はいわゆる『陽キャラ』と呼ばれるようなタイプの青年だ。クラスの中でもかなりハイテンションな性格をしており、友人も多い。
七夕とは真逆の性格をした少年だが、なんの因果かともに勇者となったようだ。
「四季 美香です。力になれるかはわからないけど、できることは精一杯頑張るので、よろしくおねがいします」
謙虚な姿勢で答える美香。彼女は、別段特筆して変わったところはなく、あえて説明するなら『女子高生らしい』少女だ。
一定数の女友達があり、学力もそこそこな点数で安定させている普通な少女。彼女は、突然の普通ではない状況に置かれたことに、心臓をならして緊張していた。
「橘 樹恋、魔法は赤だったわ。まあ、どうせ拒否権なんてないだろうからやることはやるけど……でも、あまり期待はしないでほしいわ。もともとはただの学生だったのだし」
高圧的な態度を取る樹恋。彼女は誰に対してもこのような態度を取ることから、クラスメイトからは倦厭されることの多い少女であった。
サイドテールを振らし、そのつり目で騎士達を一瞥する。そしてそのあと、ふう、と息を吐いた。
そして、もう一人。
「ケイ・ホタルビです。魔法の色は青でした。正直、急に勇者っていう肩書が与えられて、だいぶ混乱してます。けど、ここの人たちを守ることができるなら、文句なんて言わずに頑張ります。……よろしくお願いします」
繋はそう言って、目の前に居座る王に向かって一礼をした。
「タナバタ、カイト、ミカ、キコイ、ケイ、か。お主らが、この伝承に描かれた勇者なのだな?」
「はい、多分」
人王は右手の親指を顎に触れさせながら、「なるほどな……」と呟いた。
「分かった。召喚魔法が失敗に終わらなかったのは幸先が良い。多少の誤算はあったが、それも致命的なものではなかろう」
ならばお主らは……と、その次の台詞を喋ろうとしたとき、「待ってください!」と声が聞こえた。
召喚者の一人……勇者として選ばれなかった者の一人が声を上げたのだ。
「私たちは……勇者じゃない、巻き込まれの私たちはどうすればいいんですか?」
もっともな懸念を口にしたのは、美月ーー執事長エルバスに対しても同じように懸念を投げかけた、真面目な少女だ。
「私たちも、その戦争に参加しなきゃいけないんですか? それとも……」
「……そうだな。そのことも話さねばなるまい」
人王はそう言うと、右手で口を覆い、右下の床を見つめているかのように視線をおろして考え事に耽っていると、
「人王、その先は私が」
「エルバス」
執事長は、王座の数歩手前に立って、王に代わって説明を始めた。
「この事態はまったくもって予想だにしていなかったものでございます。正直言って、この事態は我々にとって不都合であると言えましょう」
「なら、まさか……」
「いいえ、召喚者様。ご想像のようには致しませんよ」
何を想像したのか、美月は一瞬顔を青くするが、エルバスその先を遮った。
「不都合であるというのは、きっと皆様にとっても同じことだろうと思われます。急に呼び出されておきながら、用はないから放置する、などというのはあまりにも不条理が過ぎる。そのため私達は、皆さまに対して十分な賠償を支払わせていただきたいと思っております。……ですが」
エルバスはすこし間を置いて、
「戦争が直前に控えてる現状、金銭や物資を支払うことは難しい、というのもまた本音でございます。急な召喚に応じて頂いた矢先、このような答えしか差し出せないことをまずは深く謝罪いたします」
申し訳なさそうに、エルバスはそう語った。
なら、と他の少年が口を挟む。
「元の世界には帰れないんですか? 召喚魔法があるなら、送還魔法だってあってもおかしくは……」
「それも、我々は有しておりませぬ」
エルバスの回答に、その部屋が一気にざわつく。
騎士が静粛にするよう喚起するが、しかし彼らの動揺は治らない。
急に呼ばれ、急に使命を課され、急に用済みになり、それでももといた世界に帰ることさえできない。
それが不条理でなくてなんなのか、そんなヤジも聞こえてきた。
「だが」
一言、人王の年季の入った低い声が、そのひろい部屋に響いた。
「だが、方法が絶対にないとは言いきらぬ」
その言葉に、少年少女たちが人王の方を振り向いた。
「……方法が、あるんですか?」
「可能性ではあるが、ないと断定することはないだろう」
人王は再び先の石板を取り出した。
「召喚魔法についてが記されているこの石板だが、これは一枚の石板を分割させた破片でしかないのだ」
「破片?」
「つまりだ……。この石板の他の破片なら、送還の魔法が記されていてもおかしくない。そしてーー」
王は一呼吸置いて、話を次ぐ。
「ーーその破片の一つを、『獣王』が所持しているのだ」
再び、その場がざわついた。
それを遮るようにして、故にだーーと、人王は口を開き、
「最初の償いとして、まずはお主らの選択の自由を保証しよう。……我が国での平穏な暮らしを望むなら、その安全を保証する。元の世界の戻るため戦うことを望むなら、その成長を保証する」
「……」
「すぐに答えを出せとは言わない。それまでの間、しばらくは国兵団の予備兵舎で寝泊りしてもらうことにしよう。……もっとも、いつまでも泊めておけるほど、兵舎も広くはなくてな」
故に、決断までの猶予は五日。
その言葉を最後に、王の話は終わりを告げた。
ざわつく者はすでに誰もいなかった。皆が皆、今は自分の行先について思考を凝らすしかなかったのである。
悩み、選び、決断しなければならない五日間が始まる。
時刻は、もうそろ黄昏時を迎えようとしていた頃だった。