カシミアの回想・4
デニムは一瞬驚いたように眼を見開いたが、パイルの鋭い視線に諦めたように敬礼を返し前に進み出た。
カシミアもまた少しばかり戸惑ったような表情で、眼の前に立つデニムに視線を向ける。
しかしこれは試合だ。
二人は言葉を交わすことなく対峙する。
流れるような動作でカシミアが木剣を構える。
カシミアの息がほとんど上がっていないことを眼で確認して、デニムは内心安堵を覚えながら木剣を構えようとした———その時
「……デニム、全て外してやってみろ」
不可思議な指示がパイルから飛んだ。
意味が解らず、カシミアは思わず構えを緩めてしまう。
その耳に周囲のざわめきが入ってきた。
訝しむような、驚きが含まれているような……
そのどよめきの中、デニムの顔に浮かんだのは心底困ったような苦笑だった。
「参ったなあ…………確かにカシミア殿は強いんだけど」
小さな呟きを漏らして、パイルの方へと振り返る。
「……本当によろしいんですか? 規約違反になるかもしれませんが」
「構わん。もうそろそろその鎧にも飽きてきただろう? 存分に楽しめ」
意味不明ながら、聞きようによっては相当物騒な言葉を吐きながら、パイルはカシミアの方へと眼を向けなおす。
にやり、と獰猛な笑みを浮かべて、片手に持っていた木剣をカシミアへと投げ渡した。
カシミアがその剣を受け止めると、徐に頷く。
「そいつを使いなさい。君の力が有効に使えるはずだ」
その言葉に、カシミアは手にした白い木剣に眼を落とす。
軽い……そして妙に手に馴染む……
「練習用だがな……聖騎士隊の方から借りてきた」
その言葉で合点がいく。
つまりこれは、魔法戦士用の……
「と、言うわけだ……これならば文句はなかろう」
最後の言葉はデニムへと投げかけて、パイルは腕を組んだ。
デニムは小さく頭を振ると、一歩下がり、木剣を傍らに寄ってきた騎士に渡し、小手に手を掛けた。
ガチャリ……
重々しい音を立てながら装備が外されていく。
「……えっ?」
その下から現れ出でたものを見て、カシミアは思わず眼を見張ってしまった。
「……よ、鎧?」
妙に重々しい鎧だとは思っていた。
他の騎士のものと比べると一回り大きいというか……仰々しいというか……
つまりは通常の鎧の上に、もう一層装備を身に着けていた、と言うわけだった。
「デニムは重騎士、と言うことになっているからな」
カシミアの表情を正確に読み取って、パイルは何でもないことのように言う。
その微妙に不思議な言い回しに引っ掛かりを覚えたものの、カシミアは問い返すことが出来なかった。
「お待たせしました」
身軽になったデニムが、木剣を片手にカシミアに再び向き直ったのだ。
「随分と身が軽くなられたようですね」
思わず軽口が滑り出てしまったカシミアに、デニムはポリポリと鼻の頭を搔いて、苦笑を浮かべて見せた。
「おかげで涼しいですよ」
「それはよかった」
言い合いながら、どちらからともなく剣を構える。
「始めっ!!」
「フッ————」
パイルの号令にまず踏み出したのはカシミアだった。
短い呼気と共に一歩踏み出しながら風のように剣を突き出す。
デニムは軽く後ろにステップを踏みながらその剣を弾かずに左方向へと回避する。回避の瞬間、更に後ろへと大きく跳躍して間合いを取った。
その空間を、カシミアの反す剣がわずかに遅れて切り裂いていく。
「——ッ」
躱したはずなのに感じた風圧に、一瞬デニムが息を呑む。
(風の魔法か——?)
カシミアが何らかの力を剣に乗せているだろうことは解っていた。
見習いとの試合では純粋に剣術だけで戦っていたようだったが、騎士たちとの試合から彼は容赦なく闘っているように見えたのだ。
そして必ず、カシミアはすべての試合で相手の武器を弾き飛ばしていた。
それは本来簡単にできるものではない。
細身に見えるのになかなかに鍛えているようだ。
カンカンッ、カーン
二合、三合と打ち合う響きが、軽いようで重い。
横薙ぎの一閃を躱せば、そのまますぐに翻る剣が反対側から迫ってくる。それを剣をくるりと滑らせることによって軌道を変えると、そのまま下から切り上げる。
カシミアはその剣を一歩引きながら横へと打ち払い、再び間合いを詰めてくる。
なるほどこれでは打ち負けてしまうだろうな……
そう思いながらも、デニムの口元には言い知れない笑みが浮かび始めていた。
カァァァーーン!!
一際強い力でカシミアの剣を弾き、デニムは大きく間合いを取る。
「ツッ……」
木剣を通じて走った痺れに、カシミアは喉の奥で呻き、自分も間合いを取り直す。
(強い…………ッ)
さっきまでの騎士たちとは段違いに強い……
攻撃が全て躱される。滑りの悪い木剣であるが故に、受け流されることの少ない力が直接腕を伝ってくる。
それが鮮明に眼の前の騎士の強さをカシミアに伝えていた。
風の力を加護として剣に纏わせてさえも、相手の剣を弾くことが出来ない。
そして何より……
「はぁ……はぁ……」
聞こえるのは荒くなった自分の息遣い……
「…………」
対峙するデニムは、ゆるりと剣を構えたまま、その息は一つの乱れもない……
(これが……本当の騎士……)
敵わない……
純粋にそう思う。しかし不思議と悔しさは湧いてこない。
「…………フッ」
口元に笑みを浮かべ、カシミアは無理矢理に息を整えた。
持てる力の最大の風を全身に纏わせる。
そのカシミアの様子に感じるものがあったのか、デニムは小さく頷くように唇を引き結ぶと、スッと音もなく腰を落とした。
この一撃でも届かないかもしれない……
しかし真剣に自分と向き合ってくれたデニムに、後ろを見せたくなどない……
「ッ————ハアァァッ!!」
「オォォォッ——」
ガツッ!!
気合と共に打ち合わされた剣が、木とは思えぬほどに重い音を響かせ——
カシミアの剣が、宙を舞った……
……………………
「……村まで後どのくらいだ?」
デニムの一言に、カシミアは物思いから覚めた。
自分の前を、相変わらず二人肩を並べて歩いている。
思いの外深く思考に沈み込んでいたらしい。
二人には見えないようにカシミアは苦笑を漏らした。
デニムの問いにコットンはにっこりと笑うと、進行方向を指さす。
「後もう少しだよ!」
しかし、その先や周りを見渡してみても、木ばかり茂って様子がわからない。
リュートも相変わらず後ろをついてきている。
デニムとカシミアが首を傾げるのを気にも留めず、コットンは迷い無く細い道を進みながら続けた。
「もう少しすると、森が開けてくるから。そこに村があるんだ」
そう言ってるうちにだんだんと木々がまばらになって行く。
……程なくして確かに森が開けてきた。
「あれだよ」
鬱蒼とした森が一部開けて、草地が広がる。
その先にその村はあった。
やっと回想終わり、戻ってまいりました(^_^;)
パイルとメッシュの会話、どこかで裏話として書こうかな、と思ったりしています……
その時は番外編って感じで(笑)
遅筆ですが、よろしくお願いします!