カシミアの回想・3
「君はかなりの腕前と見たが、誰かから剣術を師事していたのかね?」
目の前に置かれたカップを手に取りながら、パイルは単刀直入に訊いた。
「はい……以前、少しばかり」
隠すほどのことでもない、と、カシミアもまた短く答える。
いささかぶっきらぼうにさえ聞こえかねない口調だったが、パイルは気に留めることもなく頷いて続けた。
「君のその剣、少しばかり見覚えがある……誰から教えを受けたか訊いても?」
「残念ながら名前は……」
少し躊躇う様に、カシミアは視線を降ろす。
「教えられないか?」
淡々と尋ねてくるパイルに、カシミアは再び目を上げて小さく頭を振った。
教えたくないのではない……教えられないのだ……
「実は……存じ上げないのです」
「…………? 知らない、と?」
少しばかり面食らったようにパイルが目を見張る。
カシミアは初めてパイルに向かって苦笑らしきものを浮かべて見せた。
「訊かないことが、教えて頂ける条件だったものですから」
「……ふむ、そうか」
パイルは顎に手を当てしばし何かを考えているようであったが、やがて溜息を吐くと、切り替えたように頷いてカップに口をつけた。
コトリ、と意外なほどに静かにカップを置いて、口を開く。
「……実はな、一か月前、国の方から伝達があったんだ」
「…………」
「神官候補の最終課程に随行する騎士の選定の件だった」
再び眼を伏せたカシミアにパイルは微かに苦笑してから、ちらりとメッシュの方に視線を走らせる。
メッシュもまた、パイルと同じような表情を浮かべながら目線を合わせてきた。
尚も沈黙するカシミアに、パイルはゆっくりと言葉を続ける。
「もうぶっちゃけてしまうが……正直こちらも選定に苦労していたところなんだ」
「……苦労?」
パイルの口調が少しだけ崩れたのに引きずられるようにして、カシミアは顔を上げた。
そのカシミアに、パイルは肩を竦めて頷いて見せる。
「有体に言ってしまえば、君の共を“させたがっている”連中が煩いんだ」
「させたがっている……?」
訳が分からない、といった様子で鸚鵡返しをするカシミアに、パイルは心底困ったように頭を掻きながら唇を歪めた。
「まあ、暗黙の了解、というやつでな……教会と繋がりを持ちたい連中が居るということだ」
「連中、って……」
そこまで沈黙を保っていたメッシュが呆れたような苦笑いを零す。
パイルはメッシュにじろりと眼を向けるとふん、と鼻を鳴らした。
「取り繕ったところで一緒だろうが。実際自分のとこの子弟に、ってんでせっついてきてて煩いんだよ」
「だから、って、どこに耳があるかわからないんだよ?」
そこまで聞いて、カシミアはハッと思い当たる。
『連中』と言うのはつまり、貴族のことだ。
その話であればカシミアも小耳にはさんだことがある。
曰く、最終課程に随行したものは教会との繋がりを持ち、果ては聖騎士の地位を手にすることが出来るようになる……と。
しかし、最終課程に赴くものは殆どがカシミアと違って王都出身の貴族の子弟だ。貴族同士であれば当然かもしれないが、カシミアはそうではない。
それ故に自分の事とはどこか違う遠いところの話のように感じていた。
「メッシュから話は聞いている。君は騎士からの随行を断っているんだろう?」
パイルの声が耳に届き、カシミアは物思いから醒めた。
質問の内容に目の前の騎士団長を伺い見ると、怒った様子もなく目の前の男はこちらを見ている。
いったいどこまで話を聞いているのだろう……?
応えあぐねて、カシミアは思わず隣に座る学長へと眼を向けてしまった。
視線を向けられ、メッシュはにっこりと邪気の無い笑みを浮かべながら頷く。
「もう全部ぶちまけちゃっていいよ。こう見えて彼は心の広い男だから」
だから大丈夫、と肩を叩かれても、カシミアは少しも安心できない。
「こう見えて、は余計だ……」
ぶすっとした顔でぼそぼそ呟くパイルに、メッシュはさらに無邪気な笑みを向ける。
「じゃあ……顔は恐いけど……?」
「お前はもう黙れ」
無邪気に吐かれる毒にうんざりしたようにパイルが片手を振る。
そのやり取りに、とうとうカシミアは吹き出してしまった。
微かに耳に届いた金属音に顔を上げると、笑うに笑えず珍妙な表情になっているデニムと目が合ってしまう。
(大変だね……ご苦労様)
言葉にせずに視線だけで労うと、それを読み取ったのか、デニムが眼だけで笑い返してくれた。
何故か心のつかえが取れて、カシミアは大きく息を吐いた。
「本当に申し訳ありません……」
謝罪の言葉が自然に口をついて出てくる。
もっと早く彼らを知っていれば、もしかしたらカシミアもここまで騎士の随行を拒否したりしなかったかもしれない。
彼らを目の前にしてその理由を口にすることに、カシミアは申し訳なさすら感じ始めていた。
しかし、もう、隠していることもできない。
カシミアは重くなりそうな口を、開いた。
「私は、騎士と言う人たちをどうしても信用することができなかったのです……」
言葉が自然に過去形へと変わっている。
メッシュはそれに気付いて、微かに口元に笑みを浮かべた。
その顔は後続を見守る学長のそれだった。
パイルは表情を変えることなく深く頷くと、居住まいを正しカシミアを真正面から見詰めた。
「何か事情があるようだな……君が良ければ、何故か聴かせてくれないか?」
真摯に見つめてくるその瞳に、カシミアは初めて眼の前の男の瞳が深く澄んだ黒色だということを意識した。
この眼ならば信じていいのかもしれない……
カシミアは訥々と昔あった出来事を話し始めた……
……………………
「……そういうわけだったか」
深く溜息を吐き、パイルは椅子に深く沈みこんだ。
「…………」
メッシュもまた掛ける言葉もなく瞑目する。
デニムはじっと身じろぐこともせず、唇を引き結んでいた。
「……その件についてはこちらの方で調べることを約束しよう……カシミア・ロートシルト殿」
徐に口を開いたパイルが、深く頭を下げる。
「騎士にあるまじき恥ずかしい行い……同じ王国騎士団として心よりお詫び申し上げる」
「いえ……その……頭を上げてください」
カシミアは真剣に頭を振り、言い募る。
「団長のせいではありません……それに、もう、過ぎた事なので……」
そう、過ぎた事なのだ……カシミアは自分に言い聞かせる様にそう呟いた……
歩み寄りが見られたからと言って、すぐすぐに「では、そういうわけで」と簡単に話がまとまるわけではない。
しかし互いに落としどころを見つけ、結局、カシミアと試合して納得した者を随行者に選ぶ、ということで話は落ち着いた。
休憩の後、カシミアは二人の騎士と試合をした。
貴族の子弟と言うその騎士たちは流石に見習いよりも強くはあった。
しかし、それでもカシミアの相手にはならなかった。
初めからカシミアを見下してきた相手に遠慮する気など毛頭なかったのだ。
そういう相手には「持てる力のすべて」を使っていい、とパイルからの許可も得ていた。
そして、文字通り「全ての力」を使ってカシミアは相手を完膚なきまでに叩きのめした。
「…………仕方ないか」
その戦いぶりを見ていたパイルは諦めたように呟くと、後ろに控えていた栗色の髪の騎士に向かって声を掛けた。
「……デニム・ブルー、お前がやってみろ」
思ったより長くなってしまいました……
もう一話だけ続きます<m(__)m>
カシミアの過去話はのちの話で出てきます(^_^;)
次の回でお話が戻ります(^_^;)
よろしくお願いします!