カシミアの回想・2
カァーーン!!
高い音を響かせて木剣が宙を舞う。
邪魔にならぬように後ろにゆるく束ねられたプラチナの髪がふわりと舞うのと同じように。
どよめきすら起こらぬ静寂の中、木剣の落ちた音に審判をしていた騎士はハッとなって慌てて右手を挙げた。
「し……勝者、カシミア・ロートシルト!」
時が動き出したかのように起こったどよめきの中、カシミアは構えていた静かに剣を降ろし一礼する。
相手の騎士は呆然とその様を見ているだけだった……
「うむ……これは……」
未だにざわつく訓練場を見渡す位置に立つ二人の男……その甲冑を身に纏った方が小さく唸り声をあげた。
「他ならぬお前の頼みだからと許可したものの……ちょっと早まったか?」
「……とか言ってる割に楽しそうに見えるけど?」
鳶色の目の神官服を着た男が、揶揄い交じりに返す。
騎士は、当然だ、と言わんばかりに腕組をすると、にやりと笑って頷いた。
「大事な学生をわざわざ危険に晒すような真似など、お前はしないだろう? なぁ……メッシュ・ブランゴーリュ?」
騎士の言葉は疑問形だが、単純な確認の響きが籠っている。
メッシュはちらりと悪戯っぽく肩を竦め、同じようににやりと笑い返した。
「ご明察。流石は騎士団長パイル・テキラス殿……」
フルネーム呼びされたお返しに芝居がかった調子で返してやると、ブン、と唸りをあげて鉄拳が飛んでくる。
それを一歩引くことで躱して、メッシュは笑い声をあげた。
「まあ、君ならいきなり無茶はしないって分かってたしね」
「それはそうだが……正直話を持ってこられた時にはどうするべきか悩んだぞ」
「そうかい? その割に即答だったような気もするけど?」
「悩んだぞ? 一秒間」
「おやおや……それはまた随分と悩ませてしまったね」
ごめんと謝るメッシュの顔はちっとも悪いと思っていない。受け止めるパイルの方も慣れてしまってそれ以上突っ込むような無駄な努力はしない。
「ああ、悩ませてくれたんだから、今度酒奢れ」
「はいはい……いい店見つけたから、今度連れて行くよ」
「フン……期待しているぞ」
二人の長が軽口を叩き合っている間に、またもや高く澄んだ響きと共に木剣が跳ね上げられる。
今度は宙を舞いこそしなかったものの、手が痺れたのか、騎士は無様に剣を落とした。
「ま……参りました!」
どよどよとした音の中に微かに「おーー」という響きが混じる。
「おーー、じゃないだろう……」
小さな声でツッコミを入れながら、パイルは深い溜息を吐いた。
「あいつら一から鍛えなおしだ」
「まあ、そう言わずに……と言いたいところだけど……」
メッシュは苦笑しながら肩を竦める。
みなまで言うな、とパイルは渋い表情で片手を挙げた。
うちの神官候補の実力を試させてほしい……君のとこの騎士たちで
いきなりのメッシュの無茶ぶりにパイルは一つ条件を出した。
騎士見習いを三人抜き出来たならば、と。
そして今、その神官候補は三人目と対峙している。
将来を有望視されている次期正騎士候補だ。
しかしその試合も長くは続かないだろう、と、パイルは冷静な眼で踏んでいた。
予想通り、先の二人ほどではないにしてもさほど時間もかけずにカシミアの木剣が三度相手の剣を弾き——
「——ッ!?」
反す剣が流れるような動作と共に騎士見習いの喉元に突き付けられた。
「! 勝負ありっ!!」
すかさず審判が右手を挙げる。
「…………おいおいおい」
予想していたとはいえ、あまりに予想通り過ぎる展開に、パイルは呆れたような溜息をこぼした。
「これで条件はクリアと言うことでいい?」
いささか同情を禁じ得ないような表情をしながらも、メッシュはしっかりと確認を取ってくる。
パイルはそれに向かって切り替えたように頷くと、神学生に向かって声を掛けた。
「見事な腕前だ、カシミア・ロートシルト殿」
名前を呼ばれて、カシミアが木剣を下げて頭を降ろす。
「学長から委細は聞いている……」
パイルはそう言いながらカシミアに向かってゆっくりと歩み寄る。ばつが悪そうに眼をそらす騎士たちの方には目も向けない。
パイルはカシミアの傍まで歩を進めると、頭を下げたままでいるその肩にぽん、と手を置いた。
軽く驚いて頭を上げたカシミアに小さく片眉だけを上げて見せ、カシミアにだけ聞こえるような声で続ける。
「……少しあちらで話をしないか? 君にも休憩が必要だろう」
顔の向きで方向を指し示し、パイルは神学校の二人を伴って訓練場を後にした。
いったん訓練場を出て、二人が通されたのは、すぐそばにある小部屋だった。
「先に入って待っていてくれ」
そう言ってパイルは少し離れたところで待機していた騎士の方へと向かう。
「僕たちは先に入っていようか」
メッシュに促され、カシミアは返事と共に頷くと部屋へと入る。
部屋は広くはないものの、小綺麗に整えられていた。
「うーん……言葉に違わない実力は持ってるみたいだね」
設えられた椅子に腰かけながら、メッシュが笑いかける。
「……まだ、見習い相手ですから」
カシミアは申し訳程度の会釈を浮かべながらも、淡々と事実だけを口に乗せる。
ここで負けているようであれば、初めから一人で旅に出るなどとは言いださない。
メッシュは、分かっているならいい、と頷いて、口元をキュウッと釣り上げた。
「ここからが本番、だよ」
「はい」
短く答え、カシミアはその隣に腰を下ろした。
それ以上はお互い口を開くことなく、しばし沈黙が横たわる。
「……待たせたな」
カチャリ、と音がして、パイルがドアの向こうから姿を見せた。
飲み物の盆を持って付いてきた騎士に眼だけで指示を送り、カシミアたちの前に腰を下ろす。
カシミアは何気なく重そうな鎧の音を響かせてグラスを置く騎士に視線を流した。
茶色の髪に茶色の瞳の、パイルと遜色の無いほどの体躯をしている。
歳はさほど変わらないくらいか……ぼんやりと思っていたら不意に眼が合った。
青年騎士は、一瞬驚いたように眼をぱちぱちさせたが、すぐににっこりと人懐っこい笑みを浮かべる。
(騎士……らしくない人だな……)
逆に面喰いながらも反射的に笑みを返すカシミアの耳に、パイルの声が入ってきた。
「デニム……少しそこで待機していてくれ」
「了解しました」
デニムと呼ばれた茶の髪の青年は、敬礼をしてから入口の傍へと下がる。
(あの鎧……重そうだな)
引き下がる騎士の動きを眼で追いながら、カシミアは何故かそんな奇妙な感想を頭に浮かべてしまった。
それが、デニムとの初めての出会いだった。
またもや短いです…
あと一話分回想が続きます(^_^;)
でもこれってカシミアの回想……と言うよりは団長と学長視点ですよね(^_^;)
今回もよろしくお願いします!