迷いの森・5
「それにしても、綺麗なとこだよなあ……」
「そう……? えへ、そうかなあ」
「ああ、いろいろ旅して回ったけど、こんなに豊かな森ははじめてだな」
コットンに案内されながら村へと向かう道すがら、デニムとコットンは、のんびりと取り止めの無い会話を続けていた。
カシミアは少し後ろを歩きながら、それを聞くともなしに聞いている。
リュートはさらにその後ろから、殿を務めるかのように続いている。
どこまでも深い森は、確かにデニムの言う通りとても『豊か』だ。
ざっと見渡すだけでも幾多もの種類の樹々が、あるものは太陽を目指すように上へと伸び上がり、あるものは低く茂みを作り上げている。
そして良く眼を凝らせば、そこかしこに多種多様の木の実や果実が実っている。その実りは見れば見るほど、季節というものをどこかへと置き去りにしてしまっているかのように見えてくる。
(いや、あるいは……)
むしろ置き去りにされているのは……
そこまで思考を巡らせ……カシミアはふっと一つ息を吐いて頭を振った。
考えるのをやめて、前を行く二人の後ろ姿へと眼を向ける。
樹々に圧されて狭く迷路のように入り組んだ道を、コットンが迷いなく先導していく。
躊躇うことなくその後を付いて行きながら、デニムはここに迷い込んだいきさつを話して聞かせていた。
その表情に不安そうな色は無い。
呆れ半分……感心半分……
カシミアの口元に、自然と苦笑が浮かんだ。
「そういや……コットンの村はこの森の中にあるのか?」
一通り話し終えて、デニムがコットンへと質問を投げかける。
「そうだよ! 森の中に大きな樹があってね、みんなその周りに住んでるんだ!」
明るい声と大きな動作でコットンが応える。
「……大きな樹?」
少し興味を覚えてカシミアが口を挟む。
コットンはカシミアのほうを振り返ると大きく頷いた。
「ウン! みんなは『神様の樹』って呼んでるよ」
「『神様の樹』……大事な樹みたいだね」
「うん、守り神だって言われてる。お祭りの時なんか、村のみんなが集まるんだよ!」
「……お祭り?」
「そう。神様の声が……」
そこまで言って、コットンははっと自分の口を抑える。
その様子を見て、カシミアとデニムは眼を見合わせた。
どうやら、よそ者にはあまりしてはならない話らしい……
「お祭りって、どんなことをするんだ?」
デニムがさりげなく話の方向をそらすと、コットンはあからさまにほっとした様に笑顔を見せた。
「あのね、いっぱいご馳走があって、みんなで踊ったりするんだよ。でね……」
コットンは拙い言葉で一生懸命に説明しようとする。その姿がなんとも可愛らしい。
思わずデニムとカシミアは眼を見合わせて微笑んだ。
「皆が集まる、ってくらいだからやっぱり賑やかなんだろうな」
何気ないデニムの言葉に、しかしコットンは、ちょっとだけ考え込む様子を見せる。
「うーん、でも大きな村じゃないから……みんな知ってる人だし……」
(つまりあまり大きな村ではない、と言うことか……)
カシミアは黙って、しきりに首を傾げるコットンの様子を観察する。
そこから幾つかの事が読み取れた。
第一に、村の規模がかなり小さいものであろうということ。
その為なのか、独特の風習と、因習を根強く持っていること。
そして、村ぐるみになって何かを隠しているのではないかということ……コットンのようなまだ小さいと言える子供までが、それをしっかりと守ろうとしている……
そこまで考えて、カシミアは再び思考をやめた。
これ以上は、今考えてたってただの憶測に過ぎない。全てはそこに着いてからの話だ。
ただ、今は頭の片隅に置いておくのがいい。
「ねえ、僕『外』の人と会うの、初めてなんだ」
唐突に話題を変え、コットンは溢れんばかりの好奇心を隠そうともせず、後ろ歩きになって話しを続けた。
「ね、お外ってどんな感じなの? やっぱりリュートみたいな幻獣もいるの?」
言われて、デニムは後ろのリュートをちらりと振り返ると、
「いや、幻獣は居ないなあ……実際、俺も見たのは初めてだよ」
「ふうん……」
「でも似たような奴なら居るよ。馬とか」
「馬? リュートに似てるの?」
「姿形はな……ただし、燃えてないけど」
後の言葉は口の中に消える。変わりにデニムの顔に苦笑のようなものが浮かんで来る。
コットンは「ふうん……」と小さく相槌を打つと、すぐさま次の興味へと気持ちを切り替えたようにデニムに向かって小さな身体を伸び上がらせた。
「ね、お外って、いっぱいの人が居るって本当?」
「いっぱい……?」
これにはさすがのデニムも返答に詰まってしまう。
(無理も無いよな……)
そんなデニムの様子を見ながら、カシミアもまた同じように苦笑していた。いっぱいと言われても、程度、と言うものがある。
果たしてどのくらいをもって『いっぱい』と言うべきか……
デニムは困ったように鼻の頭をポリポリと掻いた。
「いっぱいと言えば、いっぱいなのかなあ……」
「へえ!」
好奇心がいまや全開となって、コットンは眼を輝かせている。
「やっぱり千人くらい居るの?」
「へ!?」
「せ、千人……?」
コットンの言葉に二人は一瞬呆然とした。
いくらなんでも桁が違いすぎる……
しかしすぐにショックから覚めると、デニムは困ったように微笑んだ。
「いや、さすがにそれよりは多いな……」
「へえ! すごーい!」
コットンの眼が驚きでいっぱいに見開かれる。単純で、純粋なのだ。
カシミアにはその純粋さが好もしく映った。
その気持ちはデニムも同じなのだろう。会話を続ける横顔にそれははっきりと浮かんでいる。
コットンの方も、初めの警戒心は何処へやら、すっかりデニムと打ち解けてしまっていた。
それはある意味、デニムの特技と言っていいかも知れない。人の心を解かす天性の雰囲気めいたものを彼はその身にまといつかせているかのようだ。
しかし……それは、必ずしも彼が『天然』であることと一致はしていないようである。
デニムは請われるがまま、『外の世界』についてあれこれとコットンに話して聞かせていた。
「でな、市場には……」
「……うんうん!」
デニムの話に、コットンは一つ一相槌を打つ。デニムの話はいつしかアンサンブルのことにとどまらず、いろいろな国のいろいろな話に及んでいた。
ただし……
「そこのヴォルカッチャって言うのがまためちゃくちゃ美味くてな」
……話はほとんど食べ物の話ではあったが。
しかし、コットンにはそれでも充分に興味深いらしい。
(まあ、いいか)
無理して繕うことも無ければ、驚く話など選んで選べるものでもない。
(それにしても……)
確かにデニムが『いろいろな』所を旅して回っていたのは、本当らしい……カシミアは内心、舌を巻いていた。
そして同時に思い出したのは、神学校の学長の言葉……
(良いかね、カシミア……確かに君は優秀な学生だ。だが、知識だけが全てではない)
この旅に出ることが決まった時、一人で行くとどうしても譲らなかったカシミアに、彼は優しく諭したのだった。
少し短めですがここで投稿します。
相変わらずの不定期更新ですが、間を空けすぎないように頑張ります!