閉ざされたのは・1
翌朝、旅人たちが眼を覚ますと、コットンの姿は既になかった。
縦長の窓の向こうは薄っすらと明るくなってきているようだ。
まだ、時間的には早いようなのだが……
「出遅れてしまったみたいだね」
ベッドに腰かけながら、カシミアが笑う。
「ああ、早いな、コットン……ん~っ! でも久しぶりによく寝たかもなぁ」
同じように起きだして、デニムが大きく伸びをする。
「野宿じゃない時くらいはゆっくり休まないとね」
「つってもここんとこ野宿してないけどな」
「街道を行けば殆どしなくて済むからね」
「団長からも釘刺されてるからなぁ……野宿はさせるな、って」
二人はポンポンと会話を交わしながら着替えを済ませていく。
しかし、何故か二人とも昨日の汚れた服を身に纏い、ローブや鎧は身に着けない。
そして当たり前のように手に取るのは、カシミアが杖で、デニムは剣……
そこまで行動して、ハタと気付いたようにデニムが窓の外を見やる。
昨夜は暗くて気付かなかったが、どうやらこの部屋は森の方に面しているらしい。
まだ少し薄暗くはあったが、夜は明けているのだろう……嫌な気配はなさそうだ。
「……もう大丈夫そうだよな」
「うん、そうだね……」
何が、とは聞かない。
カシミアは杖を片手に眼を閉じ、少し集中するそぶりを見せてから頷いた。
「もう、魔物の気配は消えてるみたいだ」
「まあ、居たらいたで、良い訓練になるかもしれないけどな」
物騒なことを軽く呟くデニム。
その時、軽く扉をノックする音が響いてきた。
と同時にそっと開いたドアの向こうから覗き込む影……
「あ、おはよう、コットン」
カシミアが影に向かって気さくに声を掛ける。
「おはよう……お兄ちゃんたちもう起きてたんだ?」
起きているのが確認できたからか、コットンはにっこりと笑って入って来た。
「まだ寝てて良かったのに……朝ごはんもうちょっとかかるから」
「まあ昨夜は早い時間に寝たしな。それにいつもこのくらいの時間には起きるから……何か手伝おうか?」
乱れた寝床を整えながらデニムが尋ねると、コットンは笑いながら頭を振る。
「大丈夫だよ! お兄ちゃんたちはゆっくりしててっておじいちゃんが言ってたし」
そう言われてしまうと無理にとは言えないが……寝床を整えた後、カシミアとデニムは眼を合わせて苦笑する。
宿ならまだしも、個人の家に世話になっているのだ。全く何もしないというのも……
と、その時――――
カンッ――――カンッ――――
小気味いい音が外から響いてきた。
どうやらすぐ外で薪割りでもしているらしい……
「…………ちょうどいいな」
その音にデニムは二ッと笑うと、袖をくるくると捲り上げる。
それを見てカシミアもなるほど、と頷き、同様に袖を捲った。
「…………?」
ランプを片づけていたコットンが、二人の行動に首を傾げる。
デニムは剣を片手に持つとカシミアを促し……
「薪割りしてるんだろ? 鍛錬がてらだ……手伝うよ」
コットンに向かって頷いて見せた。
カコンッ――! カコンッ――!
小気味良いリズムで薪が割られていく。
先客は予想していた通り、怪力ファーゴだった。
デニムがもう一本斧を借り、二人(?)で家の横に積みあげられた丸太をどんどん割っていき……
跳ね飛ぶ薪に身の危険を感じたコットンがオロオロする傍で、カシミアが「もう少し手加減したら?」と呆れた声を上げながら散乱する薪をひょいひょいと纏めていく。
「手加減してるぞ?」
斧を振るう手を止めることなくデニムがうそぶく。
「ちゃんとお前が受けられるように跳ばしてる」
確かに三発に一発くらい、程よい大きさになった薪が、カシミア目掛けて飛んでくる。
チラチラとデニムと目が合うところからして……
(こいつわざとやってるんだな)
しかも隠すつもりは全くなさそうだ。
カシミアは大げさに溜息を吐いて見せて、
「はいはい……それはどうもごしんせつに」
完全に棒読みで返事を返した。
「どう致しまして……ッ」
言ってる傍から薪が飛んでくる。当然アイコンタクト付き。
カシミアは難なくそれをキャッチして、更に散乱しているものを拾い上げると一旦場外へと放る。
「ふごっ、ふごっ」
ファーゴもまた、妙に嬉しそうにデニムと一緒になって競う様に薪を割り続けた。
「あわあわわわわわ」
危ないから、と遠ざけられたコットンは、冷や汗を垂らしながら見守るしかできない……
って、いやいや!
そもそも薪を割るって、丸太割ってるし! ファーゴはともかく、お兄ちゃん人間だよね!?
何でファーゴと張り合ってんの!?
心の中で叫んでいたはずのツッコミは、知らない間に表へと飛び出していたらしい。
「薪割りは、ッ……小さい頃からやってたぞ? 良い鍛錬になるから、ッて、じいちゃんからやらされてたんだ」
コットンのツッコミにデニムが律儀に答える。
その間も斧を振るう手は止まらない。
「でも……ッ、流石に久しぶりだからちょっと腕が……鈍ってるか…なッ、と」
「……君の最盛期とやらを見てみたい気もするよ」
コットンの気持ちを代弁するかのように、カシミアが呆れ声で呟く。
呆れ三分の一、本気と興味合わせて三分の一、残りは皮肉だ。
それを感じ取っているのか否か……デニムは新しい丸太をゴツン! と切り株の上に置きながら爽やかな笑顔で、
「でもさ、良い鍛錬にはなるだろ? お前の方だって」
そういけしゃあしゃあと宣う。
かち割られた丸太がゴトリと切り株の横へと転げ落ちる。流石にこのサイズは跳ばすつもりはないらしい。
「おかげさまで回避能力が格段に鍛えられそうだよ」
軽口をたたき合いながら薪を割り、積んでいく。
空が朝焼けから青く変わり、森の樹々の瑞々しい緑がはっきりそれと判るころには……
近所に配って回っても良いほどの薪が積まれていた。
一仕事を終えた達成感に、にやりと笑い合いながらガツンと拳をぶつけ合うデニムとファーゴ……
それを呆然と見守り、声も出ないコットン……
そのコットンに、カシミアはふと思いついたように一言、声を掛けた。
「…………コットンは良い子だから、真似してはだめだよ?」
その言葉にハッと我に返ったコットンが、渾身のツッコミを放つ。
「で、ででッ、、、できるわけないでしょ!? ぜぇーーったいムリーーーーー!!!」
コットンの放った絶叫に、平和に囀っていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
汗を掻いて汚れた身体をさっぱりしてから服を着替え、カシミア達は居間の方へと向かった。
汚れた服は「洗濯するよ!」との言葉と共にコットンに分捕られ、どこかへ持っていかれてしまった。
居間では既に朝食が準備され、長老――モーメンが席に着いている。
「「おはようございます」」
二人が口々に朝の挨拶をすると、モーメンはたっぷりとした白髭をふぁさふぁさと揺らしながら挨拶を返した。
「昨夜はよくお休みになられましたかな?」
「はい、おかげさまでゆっくり休むことが出来ました」
席に着きながら返すカシミアに、モーメンは満足げに首を揺らし、オーボー達に合図をする。
そこに、洗濯ものを出してきたコットンがついでに、と飲み物を運んできた。
全員が揃ったところで朝食が始まる。
今朝は温かい野菜の汁物で……澄んだ琥珀色のスープの中に沈んでいるのは、卵色をしたぷりぷりとしたような何か……
口に入れると、卵色のものは見た目よりもモチッとしていて、程よい弾力が口を楽しませてくれる。
どうやら粉を練った物のようだ。
「うん、旨いな!」
相変わらず食べている時のデニムは幸せそうだ。
微笑ましい気もしなくはないが……眺めてばかりいる訳にもいかない。
カシミアはモーメンの方に顔を向け、口を開いた。
「長老様……昨夜の話の続きをよろしいですか?」
モーメンは真剣な様子で頷く。
カシミアはデニムと目配せを交わすと、こくりと一つ首を振った。
「今日は一応、村の人々に話を聞こうかと思います」
引き受けるような形になったとはいえ、まだ、何が起こっているのか情報が足りない。
どのくらいの成果があるかは図りかねるが……
まずは出来るところから始めるのがいいだろう。
村人たちが戦士を警戒していることを考えると、全く何も情報が無いと言う事もなさそうだ。
居間に来る前に軽くデニムと打ち合わせてそう決めたことを話すと、モーメンもそれに同意した。
「もしかしたら、わしが聞いたものとは違う話も聞けるかもしれませんしの」
「そうですね……それと出来れば幻獣のことももう少し……」
「では、村の者たちにも協力するよう図らいましょうかの……」
「よろしくお願いします……」
大人たちが話を進めていく中……
コットンは何か言いたげにもじもじとする。
「? ……どうした? コットン」
目敏くそれを目に止めたデニムが声を掛けると、コットンはピクッと肩を揺らして慌てて首を横に振った。
「いや、あの……その……、ぼ、くも、一緒に行きたい……なあ、って……」
言いながら、チラチラとモーメンの方をうかがう。
そんなコットンを見やりながら、モーメンはしばし何事か考えている様子だったが……
「そうじゃな……仕方ないか……」
口の中で小さく呟き、頷いてから続けた。
「案内も必要じゃろうからの……では一緒に行きなさい。村の衆への言付けも頼んだぞ」
長老から出たお許しに、コットンの眼がぱっと輝く。
「まあ、確かにコットンがいてくれた方が何かと助かりそうだよな」
「村人たちへの説明もだし、何より僕たちはこの村のことは不案内だしね」
デニムたちの同意も得られ、コットンは嬉しそうに思いっ切り両手を上に突き上げた。
「やったー! じゃあ、ぼく支度してくるね!」
言うが早いか、椀に残ったスープの最後の一口を掻き込み、自分の食器を以て居間を飛び出す。
その様を温かい眼で見守っていたモーメンが、つと、二人の方へと向き直り、改まった様子で頭を下げた。
「コットンの事……よろしくお願い申します」
その真剣な表情が、少し大げさに感じなくもないのだが……
「わかりました」
敢えて何も言わず、二人はどちらからともなくそう応えた。
その応えにモーメンは黙って頭を下げ、再び顔を上げると話題を変えるように、
「そういえばまだ、お礼の話をしておりませんでしたな」
と、切り出した。
二人はモーメンの意図に乗るように、顔を見合わせて苦笑する。
確かに報酬の話は全くしていなかった。
と言うか…………
「あーーーー、全く頭から消えてたわ」
「仕事、って感じもしなかったし……ね」
交わされるなんとものんびりした会話に、モーメンはしばし唖然としていたが……
「いやはや……なんとも」
ついには笑い声をあげて、頭を振った。
「欲の無いお人たちじゃ……しかし、こちらもそう言う訳には参りませぬよ」
笑いながらも言い募るモーメンに、二人は「でもなあ……」と異口同音に呟きつつ頭を捻る。
「ん~……やっぱこれといってなあ……どっちにしろ俺たちは元の所に帰らなきゃだしな」
そう言って唸るデニムに、カシミアが珍しくあっ、と声を上げた。
そう言えば、まだ帰る方法についての話も途中だった……
モーメンも同じことを考えていたのだろう。
「そのお話もしなければなりませんでしたの」
いささか申し訳なさそうに呟く声が聞こえた。
「帰る方法をご存じなのですか?」
カシミアの問いに、モーメンは長い髭を扱きながら重々しく頷く。
「はい、存じております……ただ……」
「ただ……?」
「任意の場所への“道”を開くのにはちと段取りが必要でしてな……」
久しく使っていない術と言う事で、モーメン自身確認をし直す必要があるらしい。
「ならばさ、それを調べてもらうお礼、ってことで俺たちが事件を調べるんで良いんじゃないか?」
のんきに茶を飲みながら話を聞いていたデニムがサクッとそう言い切り、カシミアが首肯したことで話は何となく決まってしまった。
今一つ釈然とせぬ様子のモーメンを見事に置き去りにして。
「…………」
言葉も出ないモーメンに、にっこりと陽気な笑顔を見せて、デニムは傍らの剣を手に立ち上がった。
「よっしゃ! そうと決まれば善は急げ、だ……行くぞ、カシミア」
「…………はいはい」
言ってる言葉は間違いではないのだが……
超マイペースなデニムに、カシミアは溜息と共に出る苦笑を抑えることができなかった。




